どんなに仲良い友達でも見せない一面はあるものだ
飯田智子は灯里の親友である。
灯里の交友関係はノリの良い「陽キャ」が多く、また、灯里自身も周りからはそのように見られている。
決してその交友関係を疎ましく思ったり、無理をして維持しているわけではないのだが、いわゆるオタク趣味をさらけ出せずにいるのもまた事実であった。
そんな中、趣味の話を唯一さらけ出せるのが智子である。
智子との出会いは中1の頃。
それまであまり漫画やアニメに興味のなかった灯里だったが、なんとなーく眠れず、深夜なので見たい番組もなくだらだらとテレビを垂れ流していたら、執事が戦うアニメが放送されていた。
何とな~くだらだらと最後まで見ていたが、続き物だったせいで話もわからないし興味もないし、で、特に大した感情もわき起こらず、深夜アニメってなんだか生々しいわね、とか思いつつ、その後の音楽番組までだらだらと流してそのまま就寝した。
翌日、陽キャの仲間達と登校し、ぼちぼちちゃんと授業を受け、やれ誰が好いた惚れたと恋バナで盛り上がったりと何となく1日を消化していた灯里は、たまたまトイレの帰りに、ノートにひたすら絵を描く女子の姿を見かけた。大きな丸メガネ、地味な三つ編み。
同じクラスだが話したことはない、確か飯田智子さん?だっけ?
何描いてるのかな?と、なんとなーくさりげなーく覗き込んで見ると、昨夜見ていたアニメの執事を描いていた。
かなり上手い。
「戦う執事じゃん」
と、独り言のようにボソッと呟いたのが聞こえていたのか、智子はバッと振り向くと
「しってるの!?」
と目を輝かせて話しかけてきた。
昨夜ちらっと見た、とだけ告げると
「絶対見るべき!!!」
から始まって
「執事のパトリックと主人のアレキサンダーの関係が尊くて云々…」
とか
「歴代執事シリーズで8作目だけど今作は監督が云々…」
とか
「18話のパト様が主人のためを思ってあえて身を引くところが切なくて云々…」
とか
「執事王選手権編は作画がクソ云々」
とか、大層熱心に語ってくれた。
正直、興味ないし、智子とも初めて話すのにグイグイ来すぎだしちょっと引いたところもあったのだが
「明日全巻持ってくるね!吉村さん!」
と嬉しそうに言う智子を見て
「う、うん、ありがとう」
と苦笑いを浮かべざるを得なかったのである。
さらに翌日、でっかいボストンバッグに全48巻の執事漫画とDVDBOXを持ってきた智子は
「返却はいつでもいいからね!」
と、カバンごと渡してきた。
持って帰るのに苦労したし、正直少し迷惑とくらい思っていたが、智子の善意と嬉しそうな顔を見ていると「NO!」とは言えなかった。
「感想とか言わないと悲しむかな…」
と、漫画版から義務的に取りかかったのだが、いざ読み始めるとこれが灯里の隠れていた好み、ひいては性癖にドがつくほどストライクだった。
2日で全48巻を読み終え、DVD視聴にに取りかかり、土日に徹夜で完走した。
『パトリック…命令だ、お前だけでも生き延びろ…』
今にも息が絶えそうなアレキサンダーをパトリックの腕が優しく支える。
『アレキサンダー様なくして生きることなどできません。』
冷静さを努めるパトリック、だが心情は冷静ではないことが手の震えからも伝わってくる。
『お前は本当に使えない執事だな…最後まで言うことを聞かないなんて…』
悪態をつくものの、その穏やかな表情はパトリックをただの家来以上に信頼していること、命の灯火が今、消えようとしていることを物語っていた。
『あぁ、主の体が冷えきっていく…せめてこの身で主の体を暖めねば…』
半裸の執事と抱き合う美少年アレキサンダー…
自然と灯里の頬には一筋の雫が伝っていた。
「尊い…」
週が明けると、真っ黒になった目の下で周りの陽キャ達を驚かせつつ、智子にボストンバッグを返し、そっと別室に連れ出して感想を捲し立てた。
普通なら引かれそうなところだが、同調、議論、解釈と見事に対応しきる智子。
自然と休日は智子の家に入り浸ることも多くなり、執事以外も色々な漫画やアニメを教えて貰った。
それから月日が流れ、2人とも高校2年生。
お互いの影響で、灯里は元々のパリピキャラよりはやや控えめになり、智子は最低限のお洒落は覚えたことに加えて胸も大きく成長し図らずとも高校デビューを果たしていた。
クラスでも実は隠れファンが多く
「灯里様にいじめられたい」派や「智子ちゃんをナデナデしてあげたい」派など派閥もできていた。
節度も覚えた2人は、恋バナならぬ、濃いバナは公の場ですべきではないと学習していたお陰もあり、放課後や休日にそういったオタク趣味の話に盛り上がっていのである。
ところが最近、その頻度もめっきり減ってしまった。
「最近あーちゃんあんまり遊んでくれないね~」
と、ちょっと寂しそうな子猫の目で訴える智子に胸がキュンとなりながら、頭をよしよしと頭を撫でてあげる。
そう言えば最近は颯士とばかり一緒で
あまり遊べてなかったな。
と、週末は久しぶりにお泊まり会を企画した。
日中はアニメショップをはしごしたり、ちょっとお洒落なカフェでなんとかフラペチーノでお茶してみたりと、久しぶりの友達との時間を大いに楽しみ、夜は智子の家へ行き、パジャマパーティが始まった。
二人でだらだらゴロゴロとしていたが、智子の部屋の落ち着く雰囲気と最近の事件の連続で磨耗していた心が癒しを求めて止まないモードになってきた。
「ともこぉ~」
と、猫なで声で腰に抱きつき胸の谷間に顔を埋める。
「どうしたどうした~?」
と、珍しく甘えたモードの灯里の頭をナデナデしてあげながら智子が尋ねる。
「なんでもないけど~甘えさせてぇ~」
と、胸の谷間で顔をグリグリと動かし感触を堪能する灯里。
「お~よしよし、おじさんが可愛がってあげるからねぇ」
と、冗談めかしておじさんキャラになる智子であったが、巨乳に顔を埋めながら内心「こりゃあたまりまへんでぇ~」とか思ってしまう灯里の方がよっぽどおじさんなのであった。
ひとしきり巨乳を堪能しきっておじさんエネルギーを養った灯里は
「あー、癒された!」
と、起き上がった。
「元気でた?」
と、続けて起き上がる智子のちょっとはだけたパジャマの胸元をみて、「こりゃあ元気でますわい」と口にでそうなのをグッと堪えつつ。
「あーちゃん、最近何かあったの?」
と、智子が尋ねる。うーん、さすがに能力のことを話すのはやめた方がいいかもなぁと思い
「ちょっと色々あってね~」
と、愛想笑いで誤魔化すと
「ほらー、無理してる時の作り笑いだー」
と、ホッペをプニっとつつかれた。
「さては恋をしてるな~?」
と、冗談めかして言う智子に、
「いやいや、そんな相手いないいない(笑)」
と、手を仰ぐようにして否定すると
「本当のこと言わないとこうだぞ~!」
とくすぐられた。
「ホント、ホントにそんな人いないから!」
と、笑いを堪えながらふりほどくと、今度は頭にぎゅぅ、っと抱きついてきて
「力になれることは何でも言ってね」
と、少し寂しげなトーンで言ってくれた。
「大丈夫、ありがとね!」
自分をこんなにも大切に思ってくれる友達がいる。
それが単純に嬉しかった。
それから一緒のベッドで眠くなるまで語り合った。
上級生にこの間告白されたこと、二次元しか興味ないから断ったこと、今期の執事シリーズはなかなか良作だ、とか将来は誰か理想の人と結婚するのかなぁ、とか
別々の大学に行ったり誰かと結婚したりしてもずっと友達でいてね、とか…
「当たり前じゃん」
と言いながらも、「隠し事してごめんね」と内心少し申し訳ない気持ちになった。





