【白紙の世界1】沢庵≠すき焼き味
東京が江戸と呼ばれていた頃。
が、もはや懐かしく感じるくらいには時が経っていて、来日する外国人も随分と増えてきたように感じる。
では私も近年になって日本に興味を持ってやってきた外国人かと言うとそうでもなく…。
遡ること300年ほど前にやれ魔女狩りだなんだと騒がれていた頃に、命からがら日本に逃げてきた魔女の曾孫の孫だかなんだか、らしい。
逃げてきた当時のご先祖様は純度100%のフランス人だったらしいが、今ではすっかり日本人の血が濃くなったそうで。
結果として出来上がった末裔である私は、高貴なフランスの貴族のような容姿はなく、かといって大和撫子のような艶やかさもない、なんとも中途半端な生き物となってしまった。
髪の毛は、赤毛と言うには黒すぎる赤。むしろ赤っぽい黒。
遺伝なのかなんなのか、頬にしぶとく残るソバカス。
そして、左目に宿る白銀の瞳。
右目は濃いブラウンの、極々(ごくごく)平均的な日本人らしい瞳なのだが、これまた中途半端にも片目だけ、ご先祖様の血がしぶとく生き残っていたらしい。
なんでも魔女の血を受け継ぐ者の証らしいのだが、奇異の目に曝されることは容易に想像がつく。
私は静かに過ごしたいのだ。
魔女の血を引いていることを証明されても迷惑でしかない。
だけど、魔女の血を引いていること自体には、実は感謝している。
『魔法』
なんと興味深い技術だろう。
物理的にあり得ない現象を実現することができる。
月夜の明るさをガス灯もなしに再現したり、ただの水を紅茶に変えたりできるのだ。
魔法を使うためには基本的には道具や材料が必要である。
それだと誰にでも道具があれば魔法使えるんじゃないかって?
ノンノン。
道具や材料だけあっても魔法は使えません。
魔法の完成には魔力が必要なのです。
頭の中で思い描いたイメージを魔力に込めて材料に流し込むことで魔法は完成する。
ここが先祖の血の素晴らしいところで、誰もが持ち得るものではない魔力を我が家は遺伝的に持ち合わせている。
例えばここにある材料。
トカゲのしっぽと牛の血液、蒸留水を混ぜ合わせ、頭の中でイメージを作り上げて…
魔力を注入…!
そうすると、あら不思議!
この沢庵がすき焼きの味に!!
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ポリポリ。
私、『相田恵美』は、この東京の町外れに小さな店を構えている。
店名はそのまんま『魔法雑貨屋』
『魔法のように生活が少しだけ潤う』と馴染みの間では通っているが、実際に魔法を使っていると言うと定番のキャッチフレーズかギャグくらいにしか思われていないようだ。
少し悔しいが仕方ない。
魔法なんてものが世間にとって突拍子もないものなのは分かっている。
信じて貰えても貰えなくても、お客さんは大事にしないといけないのだ。
本当は一日中、魔法の研究に費やしていたいのだが、生きていくためにはお金も必要だしね。
それにしてもさすがは金曜日。生きていくために必要なお客さんが全然こない。
店番中にご飯まで食べても余裕なくらい人がこない。
つまり働かないと生きていけないけれど、今日は働く意味はなさそうだ。
さーて、そろそろ店じまいして魔法の研究に没頭しよう。
白米を沢庵だけでどこまで楽しめるかシリーズの研究を進めてもよいかもなぁ。
そんなことを考えながら座りっぱなしの一日で凝り固まった体を伸ばしていると、ふいに扉が開く音がした。
『ガランガラン』
入ってきたのは、身なりの良いスーツの男性と、イブニングドレスを身に纏った女性だった。
女性は男性の左腕にもたれかかるように抱き着きながら言った。
「誠一郎さん、出ましょうよこんな怪しいお店」
薄暗い店内、ほこりを被った棚や木箱の上に所狭しと置かれた薬品や魔道具、申し訳程度に見やすく並べようとした机の上のアクセサリーは流行りの煌びやかなものとはかけ離れている。
確かに怪しいと言えばかなり怪しい。が、失礼な人だ。
「魔法雑貨だって、きっと面白いよ」
誠一郎さんと呼ばれた男性は、赤いテーブルクロスにざっくりと並べられた魔法石のネックレスを手に取って
「ほら、この海のように深いブルーのネックレスなんて、キミに似合っていると思うけど」
さりげなく女性に絡まれていた腕を抜きとり、ネックレスを両手で広げて女性の胸元に合わせて見せるが
「イヤよ誠一郎さん。貧乏くさいネックレスだわ」
と、女性の方は拒否して見せる。貧乏臭くて悪かったわね。
「『効果:少しだけ肌に潤いが戻る』だって。魔法って面白いな」
この男は男で、興味ない女に対して色々と取り上げては見せてみて、女から小言を受けている。
晒し者にされているようで正直不愉快だ。
そもそも店じまいを始めたタイミングで冷やかしにくるとは迷惑極まりない。
早く帰らないかな…
どうせカップルが話題作りに立ち寄っただけだろう。
ここはあんたらみたいなお金持ちが遊びにくる場所ではないんだよ。
こちらは眼中にもないようだし、満足したら勝手に去っていくだろうし、脳内は魔法の研究モードに入っておこう。
すき焼き味の沢庵は、味はすき焼きだが食感が沢庵だったからなぁ。
牛肉に食感も近づけるには沢庵では駄目かしら、いやしかし食材もそんなにはないしできれば沢庵で解決したい…
「これはどんな魔法がかかっているんですか?」
人が脳内研究をしている時に話しかけてくるとは本当に空気の読めない男だ。まだいたのか。
男が差し出したものは砂時計だった。
「あー、それは一度だけ時間を巻き戻せる砂時計ですね。」
男はオーバーなくらいに驚いた顔をして、
「え?時間を?それは凄い!」
と素直に驚いて見せる。
「ただし1秒だけですけどねー。それに1度使ったら壊れて使えません。」
今度は女性が口を出してくる。
「役にも立たないガラクタじゃない。こんなものが100円もするの?詐欺じゃない。大体、時間が戻るなんて言うのも嘘に決まっているわ。」
興味のないところに連れてこられて不機嫌だったのだろう。
女は一気に不満を捲し立てた。気持ちは分かるが八つ当たりはやめていただきたい。
「誠一郎さん、そろそろ出ましょうよ。辛気臭さが移るわ」
そうだそうだ、誠一郎さんとやら、早くその女を連れて出ていけ。冷やかしは帰れ。
「うーん、もっと見たいのだけど…じゃあ店員さん、これだけください。」
男が差し出してきたのは先ほどの『少しだけ肌に潤いが戻るネックレス』であった。
「はい、2円になります。」
「ぼったくりじゃないの~?」
ぼったくりではない、魔法にはそれだけの価値があるのだ。
だがそれはそれとして、2円もの大金が入るのは非常に助かる。
店じまいしていなくてよかった。
2円もあれば牛肉を買ってきて食感の研究もできる。
そんな胸中など知る由もなく、絡んでくる女を諫めながら男は財布からお金を取り出し、さっと支払いを終えた。
「お騒がせしました、また来ますね」
爽やかに言う男と
「もう、こないでしょうこんなところ」
嫌味に尽きない女。
巷ではこんなに正反対の人達でもお付き合いをして結婚をするのだろうか。
恋愛感情と言うものはどうにも分からない。知る気もない。
そんなことより今度こそ店じまいだ。
カップルが去るや否や入口の灯を落とし、扉の鍵をかけた。
さてさて、今夜も研究に没頭するかな。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
おかげさまで第100話!!
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