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別荘から出ると中世の感じが残った建物が立ち並んでいた。プラハ城に向かった。フラチャニ地区は丘にあって街いったいが見回せた。
「こう見ると、プラハって世界の小さな街よね。こんな小さな街に色んな建物があるんだから。」
「そんな小さな街でも知らないことばかりじゃないか。」
「これからどんどん知ってくから良いのよ。あなたのことはほとんど知りつくしたようなもんだわ。」
ハンネは軽く抱きついた。
「もっと新しい自分になるよ。」
飽きさせたくなかった。小説のように。
広場は観光客でいっぱいだった。
聖ヴィート聖堂に久しぶりに行く。入口付近にいるガーゴイルと目が会う。どう見ても怪物の顔だ。あんなものを入り口につけたなんて変わったセンスだ。ガーゴイルを見た後、ハンネの顔を見た。ガーゴイルとハンネを何故か交互に見た。
「さっきから何?変よ。顔に何かついてたら素直に言ってよ。」
「特に意味はない。気にするほどのことじゃない。」
流石に彼女は俺の様子を不審に思った。すかさず一緒に聖堂に入った。中は静かで、ステンドグラスが綺麗に光って、神聖なる雰囲気が漂う。ステンドグラスはチェコを代表する画家ミュシャが描いたものだった。礼拝堂にも立ち寄る。壁にはフレスコ画が描かれていた。聖堂の近くには宮殿もあった。ロマネスク様式のイジー教会もあってどこもかしくも見どころ満載だった。
「プラハ城の周り観光してたら結構時間たったわ。もうお昼にしない?」
「良いよ。」
近くのレストランにより、お昼を食べて。プラハの小地区を観光して一日が終った。
「もうプラハ観光しきった感じね。ここを宿泊先として違う所旅行行きたいわ。」
あれから1週間後、各自違う都市を観光することに決めた。ハンネは朝一でブルノに日帰り観光するため、もう別荘を出ていた。もうすぐ40手前なのに元気なやつだ。俺はカルロヴィ・ヴァリに行こうとした。9時15分のトラムに乗って駅まで移動した。トラムはそんなに人がいなかったので、奥の席に座ろうとした。その時、座席に妙な紙が数枚残されていた。それを手にとって見るとそこには物語が書いてあった。しかし作者が誰か分からない。男なのか女なのか、何歳なのか、どこに住んでいてどんな暮らしをしているかも分からない。おそらく忘れたことも忘れていったのだろう。俺は迷わずそれを自分のカバンの中に入れ、後で物語を読むことにした。
カルロヴィ・ヴァリにつくと、コロナーダにより飲泉するため、カップを買った。名物の温泉水を飲んだ。中々、慣れないない味だった。映画祭が行われる都市でもあり、セレブ達で賑わうこともある。街を一周りしたら温泉水をボトルに入れて、プラハに戻った。
「おかえり。早く戻ったから、ご飯作っちゃったわ。」
「ありがとう。ブルノはどうだった?」
「プラハより落ち着いてる感じだったわ。なにもないわけでは無いわ。お城とかもあったし。美味しいランチや独特な雑貨とも出会えたわ。」
「ボヘミアングラスは買わないのか?」
「もう家には食器だらけよ。これ以上買ったら食器博物館になるわ。」
俺は目の前に温泉水の入ったボトルを置いた。
「なにこれ?」
「見ての通り、温泉水だよ。」
ハンネはボトルを手にとり、一口飲んだ。
「悪くないわ。」
「俺は慣れないけどな。」
「カルロヴィ・ヴァリはきっと水の綺麗なところなのね。大都会じゃありえないわ。排気ガスと水質汚染のオンパレードよ。」
「全部がそうじゃないけどな。」
食前酒のベヘロフカを飲んで、ハンネを見つめた。
「どうしたの?」
「いや、何でもない。」
「何でもなくない顔ね。今日なにかあったんでしょ?」
「話すようなことじゃない。」
「そうやって話を無かったことにしないで。」
俺はゆっくりと立ち上がり、カバンの中から朝拾った数枚の紙を取り出した。
「朝、拾ったんだ。」
「なにこれ?何でこんなもの拾ったの?」
「ここには小説の一節が書いてあるんだ。」
「それを簡単に貰うもんじゃないわ。気味が悪いから早くトラムに戻してきて。きっと持ち主が失くしたの気がついて取りに行くわ。」
「そもそもトラムで落としたなんて思わないだろ。だからしばらく俺のものにしてくよ。」
「人の小説のただ読みね。読んで言いとも言ってないのに。」
タイトルに「白い家の仮面」と描かれていた。
「それが面白いんだ。どこの誰が書いたのか分からないんだ。性別も年齢も、出身も何も書いてなくて、情報ゼロの作者だ。面白いだろ。例えば、俺の作品と分かっていれば、もう知ってる人はどんな作風かも分かるから、読んでてある程度流れは想像出来るだろ。でもどこの誰かも分からない。SNSアカウントや個人情報もない人の小説なんて、どんなものか全く想像できないだろ?俺たちが想像の出来ない斬新なストーリーだろ。」
「紙切れに熱く語るのは良いけど、そんなのずっと持ってるなんて気味悪いわ。知らない人が家にいるみたいだわ。」
「人じゃなくて、紙だけどな。」
「今のは例えよ。」
夕ご飯を食べ終わって、洗い物をした。ハンネがパソコンを使って座っている所にトラムで拾った小説の一節を持ち出して、近づいた。
「どうやらこの作者、まだ書き始めだね。」
ハンネの周りを回って歩きながら小説を読み上げた。
「これは中々面白い。「小さな惑星で俺は一人住んでた。建物はたくさんあるはずなのに人は誰もいない。数年前のこの惑星の住民の大移動で皆いなくなってしまった。原因は大きな噴火で惑星ごとなくなるからだ。俺だけただ一人宇宙船に乗り遅れてしまった。
「カレル!!」
宇宙船が離陸した頃にはもう遅かった。両親や彼女が涙を流しながら、俺の名前を呼び続けた。しばらくすると、声も宇宙船と一緒に消えていった。この惑星は誰も入れないように見えないガードが張られた。しばらくしても噴火など起きなかった。あれから1年が経ったが、何一つ変わったことは起きない。誰もいない中ただ孤独の中を生きている。」」
「ストップ!私のまわりで聞きたいと言ってもない小説を朗読しないで!」
「聞けば興味がわいてくるかもしれんぞ。君も小説書くならどんなものでも読むだろ?」
「私は書くほうが好きなの。読むのは読みたいときに読むものよ。聞こうとも思ってない音楽聞かされる気分だわ。」
ハンネはそのままベットに向かった。後から横たわっている彼女に抱きついた。
「ハンネ、悪かったよ。俺はただこの不思議な小説をハンネと分かち合いたかっただけなんだ。」
ハンネの頭を撫でた。
「怒ってなんかいないの。」
「分かってるよ。」
「今日はもう疲れたわ。明日続き聞かせてくれるかしら?」
「良いよ。もう今日は寝よう。お休み。」
手元のランプが消えて、暗闇に包まれた。さっきの小説の書いてある紙ですら真っ暗で見えなかった。




