日常
俺もハンネもあの一件をもう忘れかけ平和な日常を過ごしていた。
「新作書いてるの?」
「ああそうだ。まだ書き始めだ。この後、プラハで知り合った青年と食事行くんだ。」
「私も半年間で色んな人見てきてたわ。それでどんな人なの?」
「旅行しながら写真家してる青年だ。写真のことはよくわからないけど、行動次第で成功するかもな。」
近くのレストランの席に座ると、パトリックが来た。
「お待たせ。待ちました?」
「ちょっと待ったな。」
パトリックは注文をすると、数枚の写真を見せてきた。俺が行った観光地を綺麗に撮っていた。俺の写真まで見せてきた。
「これを俺にプレゼントするのか?」
「受け取ってください。」
「今度はどこに行くんだ?」
「次はアルメニアに行ってみようと思います。まだ行ったことない国でも写真撮りたいので。」
「頑張れよ。」
昼食を食べ終わって、近くの公園を散歩した。今日も子供達で賑わっていた。
「よく行くんですか?」
「そうだ。公園もアイデアがごろごろ転がっているからな。散歩がてら、アイデア探しをしてる。」
「一枚写真撮ってもいいですか?」
「いいけど、何で?」
「数をこなしてスキルアップしたいので。」
パトリックの言われる通り、写真に写った。
家に帰ると今度自宅で行うマリーの誕生日パーティーの話をハンネとした。
「メンバーは今年もいつもどおりね。」
「ちょっと、待って。他に誕生日パーティーに行きたいやつがいるけど誘って良いか?」
「大丈夫だわ。たまには違う人が来るのもも良いわ。」
パーティーにはパトリックとハンスを誘った。
「誕生日おめでとう。」
ケーキの目の前でマリーは喜んでいた。
「マリー、これプレゼントだ。」
マリーは受け取るとすぐにプレゼントを開けた。
「香水だわ。これ私がずっと私が欲しかったのだ。ありがとう。」
マリーは数々のプレゼントで大喜びした。
ハンスは9歳の妹を連れていた。彼女は造化で自作の花かんむりをマリーにプレゼントした。
「これ、私が作ったの。被ってみて。」
「これ一人で作ったの?すごいわ。」
マリーは花かんむりをかぶりながらハンスの妹に笑いかけた。
「あんな小さな妹いるの、知らなかったよ。」
しかしハンスとその子は似ていなかった。
「あまり、ハンスに似てないな。」
「あまり似てなくても、立派な兄妹ですよ。」
ハンスはニッコリと笑った。
パーティーから2週間後、郵便物が届く。
「ケヴィン、あなた宛に手紙が届いてるわ。」
何気なく開けると、小説の原稿が入っていた。
「何だったの?私も見ていいかしら?」
「いや、見せるようなもんじゃない。」
その原稿を見て、これ以上ハンネを巻き込みたくないと思い、すぐに鍵付きの引き出しにしまった。原稿の内容は俺が書いた続きとまた違う最終回だった。カレルとイレナが結ばれる所は一緒だが、その後が違った。二人でラファエルを崖からわざと落として終る残酷な終わり方だった。ロレンツァがもうこの世にいないのに何故届いたのか分からなかった。それからもラファエルがカレルにひたすら追い詰められて、黒い家に閉じ込められてナイフで刺されたりする終わり方やラファエルが無理矢理危険な毒を飲まされて狂いまくる終わり方の小説が届いた。ロレンツァを調べ、親族に連絡すると、彼女はせいぜい死にことも頭に入れてて、既に遺言をしっかり残していた。原稿の続きを俺のもとに全て送るという遺言だった。
「お願いです。もうあんな気味が悪いもの受け取りたくありません。もしこれ以上送るなら、然るべき機関に通報します。」
電話で伝えたもののまだ原稿が届く。その原稿もラファエルがひたすら苦しむ残酷な終わり方だった。ロレンツァの親族を通報したりしたものの本当に原稿を送っていなかった。
そんなある日、ハンスを自宅に連れて一連の出来事を相談した。
「かなり悪質ですね。その犯人、親族ですよ。送ってないと言っときながら裏の手口を使って原稿を送ってるんですよ。」
「とにかくいち早く、あの原稿と離れたい。」
「もうここは安全じゃないです。今すぐ引っ越しましょう。」
結局、俺はハンネと一緒に少し離れた所に引っ越した。ハンスやパトリックがポストを見守ってくれたおかげで、しばらく何も起きなかった。しかしそれもつかの間で、原稿と一緒にダイヤモンドの指輪がポストに入っていた。俺はすぐに原稿を燃やした。そのダイヤモンドの指輪はどこか遠くに投げた。そしてまた原稿がポストに入っていた。それも読まずに燃やした。どんどん原稿はエスカレートしていった。ハンスにまた犯人の情報を特定して貰うようお願いした。
「調査したら、遺言にはダイヤモンドの指輪を送って欲しいと書いてました。犯人はあの親族一同ですね。ポストでたまたま写真を撮りました。」
ハッキリとは見えなかったが、ロレンツァ親族と思われる人がポストの前に写っていた。
また朝起きると今度は原稿と一緒にビデオが入っていた。俺はその様子を見て、ついに気味が悪いとも思わなくなった。ビデオを見るとロレンツァが映っていた。ひたすら俺の名前だけを呼んだ1時間のビデオだった。死んでいるのに、まるでまだ生きているような感じだった。原稿を読むと、ラファエルの妻ソフィアがカレルとイレナに樹海に連れてかれて、毒を飲まされた。少し飲んだあと、彼女は亡くなった。ラファエルは死んだことも気がついていない。そしてそのままソフィアを思いながらずっと彼女の帰りを待つ終わり方だった。それからも色んなラストが書かれている小説の原稿が送られてきては燃やすの繰り返しだった。そしてある日、作業するのに引き出しを開けると小説の原稿が入っていた。急いで捨てて戻ったが、また同じものが引き出しに入ってた。俺はどうすることも出来ず、すぐにベッドに横たわる。いつの間にかハンスが家を出入りする日々が続く。彼は家に来ては面倒な雑用を俺の代わりに全てやってくれた。たまにパトリックや彼のガールフレンドも手伝ってくれた。
ある日、家に帰るとハンネがいなかった。一日たっても、1週間経っても帰ってこなくて、連絡すら取れなかった。失踪してしまったので、警察に届け出を出した。
「残念ですが、あなたの奥さんは1週間前に離婚届けを出されてます。」
「何で?そんな感じ、一切なかったのに。デタラメ言うな!」
役所に行った所、彼女は離婚届を本当に提出していた。俺はもう何もしたくなくなった。小説を書きながらもハンスが家事をするようになった。彼は留学してるはずなのに、俺の手伝いをする。
妹のマリーが突然、俺の部屋に押しかけた。
「大変よ。郵便ボックスチェックしたら、壊れたアメジストの指輪が入ってたわ。お義姉さん、誘拐されてるかもしれないわ。」
様子を見ると本当にアメジストの指輪が入っていた。警察に捜査を依頼しても中々動いてくれなかった。そして俺は恐るべき事実を知る。
役所に行くと俺とロレンツァが死後離婚してることになっていた。何もしてないうちに手続きが進んでいた。家に戻ると、またポストに原稿とダイヤモンドの指輪が入っていた。どっちもすぐに捨てた。速やかにハンスとパトリックに電話をした。しかし何度かけてもつながらなかった。あれから彼らを見かけることは無かった。
俺が知らない間でロレンツァ、ハンス、パトリックは繫がっていた。彼らは元々俺のただのファンだった。しかしロレンツァが他の二人を操って、俺をひたすら追跡する読書クラブを作った。必ず俺のサイン会に毎回参加したり、俺のSNSに毎回コメントをした。ロレンツァの気持ちが強くなると、ストーキングや盗聴も躊躇しなかった。その後フローランスという女性もメンバーになる。俺がプラハにヴァカンスに出ると、読書クラブのメンバー全員は俺を追った。その時の四人の役割があり、ロレンツァが小説書いて、パトリックは俺の追跡と小説をトラムに置いて、ハンスもパトリックと同じ役割と別荘に盗聴器をつけた。フローランスも同じ役割だった。小説の原稿はコピーをたくさん作り、色んな路線や色んな時間に原稿を残した。俺が手に取ると、続きを作り興味を持たせた。ハンスが1駅前で原稿をいつもの同じ座席に置いていた。たまにわざとロレンツァの髪の毛を置くこともあった。俺やハンネが旅行に行ってる最中は別荘をを出入りなどすることもあった。突然物が無くなったり、ハンネの紅茶が減ったのもこのためだった。
俺が小説を発表して、ロレンツァが亡くなった後、ハンスとパトリックが俺に接近した。俺の家のポストに毎回原稿を入れたり、ダイヤモンドの指輪をしていたのもハンスやパトリックを中心とした読書クラブの人達だった。俺が弱り、家事を手伝うが、同時にハンス達の行為はますます過激化した。読書クラブの会員でハンネを毒殺し、誰も行かないような樹海に死体を埋めた。彼女の指輪を彼女を埋めた所で思い切り壊した。そして彼らは何も無かったかのように突然消えた。
俺の頭の中で「白い家の仮面」の内容や一連のストーカー行為が浮かび上がり、忘れることが出来なかった。妻の損失で心も空っぽになり、プラハに移住した。家では何故か妻のぶんまで料理を作っていた。トラムも毎日同じ時間に乗ったり、夜は「白い家の仮面」をひたすらベッドで朗読した。誰も聞くはずがないのに。小説を読み終わるといつも妻の写真を見た。ある日、一人の青年が俺に近づく。
「ケヴィン・デ・スメットですか?この前の最新作の「幻影」素敵な作品でした。ここにサインしてください。」
俺は躊躇わず、すぐにサインをした。
「名前は?」
「ニクラウスです。」
「仕事は何やってるんだ?」
「不動産の仕事してます。でもちょうど今、長期休暇です。」
ニクラウスはダイヤモンドの指輪をしていた。
「それどこで買ったんだ?」
「どこかで拾いました。俺、まだ結婚とかもしてないですよ。今は大事に使ってます。」
どこかで見たことある指輪だった。彼を昔、どこかで会った覚えがある。しかしニクラウスと言う知り合いはいない。
いつものように2人前料理を作った。するとニクラウスが家に入り、食卓に座る。もう一人前を彼と食べる。ベッドに寝ると、彼も隣に寝た。彼を追い払うこともせず、ひたすら小説を朗読した。次の日、カフェで雑誌に載せる記事を考えてると、ニクラウスが目の前に座り、数名の男女が近くの席に座って俺の様子を見た。彼らは皆、偶然ダイヤモンドの指輪をしていた。ニクラウスがコーヒーをこぼし、写真がどんどんコーヒーで消えていく。
今日も誰かに見られる一日が終わる。