危機
目を覚ますと黒ずくめの女性が目の前に立っていた。さらに一つの椅子に縛られていた。今俺は監禁されている。
「やっと目を覚ましたのね。待ちくたびれたわ。スウィートハート。」
「お前は誰だ?俺に何か恨みでもあるのか?あるんだったら謝る。心当たりがあるんだ。ちゃんと話し合いをしよう。手と足の紐を解いてくれ。」
俺の要求を無視して、女性は話し続ける。
「あなたに恨みもなにもないわ。あるとしたらあの女よ。」
「何の話だ?誰なんだよ。」
「あなたに付きまとうハンネという女よ。ケヴィンは私の者なのにあの女が手を出した。あんな淫乱女が私達の関係を邪魔したのよ。」
女性はきっと何かを勘違いしている。
「何言ってるんだ?ハンネは俺の妻だ。俺が28歳の時に結婚したんだ。それに君とは一度も会った覚えはない。俺と他の誰かを間違えてるんだろ?」
女性は俺の頬を引っ叩いた。
「あなたと他の男なんて間違えないわ。あなたのこと好きで好きでたまらないんだから。私のことを忘れたって言うの?」
「狂ってる。そんなことしても何もならない。解いてくれ。君と一度も会ったことないと言っただろ。」
彼女は素顔を見せると、怒鳴りながら泣いた。そして俺を殴り続ける。
「私達の初めて会ったあの時の時間忘れたの?10年前のサイン会で運命の出会いをした瞬間覚えてないの?写真も一緒に撮ったじゃないの。」
女性は写真を目の前で見せてきた。
彼女はロレンツァ。小さい頃から両親に見捨てられ、友達もいなかった。彼女は次第に自分は誰にも愛されて無いと思うようになった。本が大好きな女性で、俺のデビュー時からずっとファンだった。毎日俺の小説を俺の代わりとして抱いて寝ていた。時に俺の小説と会話することもあった。サイン会で実際に会うと、俺のさりげない笑顔で恋人同士になれたと勘違いした。そして彼女に頼まれて俺は一緒に写真を撮った。それを交際記念の写真だと勘違いするようになった。付き合ってもいないのに、彼女の妄想はどんどんエスカレートする。住所を特定したり、俺の知らない所で付きまとったりした。家にいる時は小説に俺の写真を貼り付けて会話をしたり、食事をしたり旅行をしたりした。
「それだけじゃないわ。これを見て。」
「何だ、これ…?」
一枚の写真を見ると、プラハ城の前で俺の顔写真の貼ってある小説を持った女性が写っていた。もちろん自撮りだった。彼女はニタニタしていた。彼女は他にも大量の写真を見せてきた。
「私達の新婚旅行の思い出も忘れたの?プラハの旅行楽しかったわ。」
さらにホテルで俺の写真つきの小説と一緒に寝てる写真も見せてきた。
「あの激しかった夜も忘れられない。あなたと何度もしたわ。」
彼女は狂っていて、気持ちが悪かった。しかし今その言葉を言えば俺は殺されてしまう。そして妻まで殺されてしまうかもしれない。
「プラハに半年間ヴァカンスに行くから、あなたが私のことどれだけ好きか確認したの。私の小説が読みたくて仕方ない。つまり私のことが好きでたまらないのね。トラムで原稿が踏まれてた時も私の小説を守った。私のこと大切なパートナーだと思っている証拠ね。それにあなたは私の小説に返事までしてくれたわ。一生私と人生を歩みたいとね。」
彼女は俺が小説の続きを書いたことが彼女は彼女へのラブレターもしくは婚姻届だと勘違いした。イレナとカレルが指輪をはめて、一生共に人生を歩む展開を見て、俺が一生そばにいると勘違いした。
よく彼女の指を見るとダイヤモンドの指輪をしていた。そしてあることに気がついた。小説ではエメラルド、ダイヤモンド、アメジストが出てる。つまりロレンツァという女性は俺だけではなく、ハンネのことまで把握済みだ。
「言い忘れたもうじき私達の関係を引き裂くあの淫乱女を始末しないと。」
彼女は俺に無理矢理睡眠薬を飲ませて眠らせた。
「そこまでよ。早くケヴィンのことを解いて。」
ハンネはロレンツァに拘束されていた。しかし、たまたま持ち歩いてた護身用のナイフでロープを切った。マリーやその旦那に今の状況を電話をした。
「何であんたがここにいるのよ?」
「残念ね。私にこんなことしても無駄なの。」
「は?何言ってるのよ?私に盾突くやつには容赦しない。」
「そこまでよ。」
マリーやその旦那やハンネの友人達が入ってきた。
「もう警察も呼んであるわ。もうここまで来てるの。もう逃げられないわ。」
女性は諦めて、2階から飛び降りた。打ちどころが悪くそのまま亡くなった。
俺は目を覚ますと目の前にハンネの顔が見えた。
「ここはいったいどこだ?」
「書斎よ。大丈夫、もう悪い見なくて良いの。」
「ハンネ、悪かったな。あんなもの拾って、お前まで酷い目にあうなんて。最初は俺の為に小説書いた人だと思ってし、読むの楽しみにしてたんだ。だけど相手はただの小説で俺を追う小説ストーカーだった。」
俺は半年間、小説ストーカーの小説に没頭して警戒心が薄まっていた。
「ただの逆恨みと妄想よ。」
ハンネは大量のトラムでの原稿を取り出した。
「これずっと所持してるのも、気味が悪いわ。ちゃんと捨てましょう。あの一件は忘れるのよ。」
その小説は夜中に焼いてあっという間に灰となり、一件落着した。シュレッダーにかけるつもりだったが、紙が残ることに変わりなかったから焼いて灰にした。
「とんでもないことになったけど、世間の誰にもこのことは秘密にしよう。」
「そうよ。ストーカーとはいえ、そもそもあなたが人の小説で発表したことがバレて、批判が殺到する未来が見えるからね。」
「俺達の記憶からも消そう。最初から無かったことにしよう。」
俺は一連の出来事を揉み消した。