スランプ
「新作、素敵で毎日この本と寝てます。ここにサインしてください。」
「ありがとう。名前は?」
「ジャックです。」
一人の文学少年の本にサインした。
「新作待ってました。私、あなたの作品好きで全作持ってるのよ。」
「ありがとう。」
「ここに書いて。」
彼女の本に自分の名前を書いた。
「サインがあると本当に魂が入ってるみたいね。」
「次に変わって!」
目の前に老夫婦が来た。
「夫があんたの本好きで来たんだよ。」
会場に集まってるのは熱狂的なファンばかりだった。俺の顔を見てはすごいはしゃぐ人もいる。もちろん、わざわざ俺のことを批評するのに来るやつなどいない。ネットでは批評どころか俺の存在自体否定するやつがいる。20代のときはたまにネットで否定されてはイライラすることがたくさんあったが、40になった今は大人の余裕か軽く流すようになった。
俺は20代の時から売れっ子の小説家として数々の作品をヒットさせていた。小説に興味ない連中からしたら俺の名前を知らない奴が多いだろうが、この界隈では知らない人はいない。2歳年下の妻も同じくかつて小説家だった。今は仕事がガラリと変わり週間雑誌のライターをしている。俺達は現在ロンドンに暮らしている。
「ケヴィン、小説いつなったら完成するの?あなたの作品待ってる人たくさんいるわ。作品はどんどん書かないとファンが離れていくわ。」
「ハンネ、良いか?かつて小説書いてたから分かると思うが、何でもはやくして良いことなんてない。雑誌の記事とは違うんだよ。文字の羅列の大量生産工場を目指せと言うのか?そんなの小説じゃない。文字を並べただけの代物だ。」
「何も書けないスランプなのね。正直に言えばいいのに。」
「そんな言い方はないだろ。」
ハンネの言うとおり俺はスランプ状態でペンを動かせていない状況だ。公演を開いたりで収益は貰ってるが、今はペンが動かない。そんな中電話が来た。
「よう。元気か?最近新作の話とか無いがそろそろ作品出しても良いんじゃないか?」
「今は休み中だ。ペンが休めと言ってる。」
「売れっ子がペンに振り回されるんだな。何か出来たらすぐに送ってこい。分かったな?」
編集者から電話が来たので、適当なことを言って流した。
夕飯を作りながら、次の小説に関して考えていたが、書きたいものが見つからない。俺は無意識に熱い鍋を触った。すぐに水で冷やしたため大事にはならなかった。リンゴの皮を向きながら、過去の作品を読んでいた。リンゴの皮が足に落ちて、新鮮さを感じる。リンゴの皮を向きながら呆然としていた。
「次の作品はどんなのですか?」
「新作楽しみにしてます。」
キッチンでサイン会で会った読者達の姿が目の前に現れる。どんどん彼らは近づいて来る。彼はひたすら俺に話しかける。
「ねえ、まだなの?」
「いつまで待たせるの?もしかして誰かに書いてもらってたの?」
彼らの姿はどんどんぼやけていく。そして目を開けたままそのままキッチンで倒れた。
ハンネが帰ってきた。
「ケヴィン、何寝っ転がってんのよ?」
「ああ、ちょっと考えごとしてただけだよ。」
「とにかくキッチンは寝る場所じゃないわ。ゆっくり作るという割には追われている感じがするわ。」
ハンネが話した瞬間俺は起き上がった。昔からファンがつくのは嬉しい反面、時には考えたことのないプレッシャーを感じることはあった。
「今度の休暇どこに行く?」
「パリとかどうだ?」
「パリなんてもう何回も行ったわ。もっと古い街並みを散策したいわ。」
「俺は何回行っても飽きないけどな。」
「パリは昔ながらの街並みもあるけど、ガヤガヤしてて人が冷たいわ。」
「それはロンドンも一緒だろ。都会はそういうもんだ。」
ハンネが俺の方を向いて話していたが、俺はずっと本棚や他の所を見ながら話していた。
「パリ行きは無しよ。」
ハンネはそのままトイレに行った。俺は料理を完成させようとしていた。あとからハンネも手伝い、料理はすぐに出来上がった。
「今度、半年間ヴァカンスしないか?」
「半年ね。それほどの資金はあるのかしら?」
「無くても大したことない。この身が存在してればな。」
彼女は耳を少しかいた。それからビールを飲んだ。
「結局どこなの?」
「まだ決まってない。先に期間だけ考えてる。」
「もしかして同じ所に半年間?」
「そうだ。小説のネタ探しに良いだろ?そこに半年間いればネタがゴロゴロ見つかるさ。」
ハンネは呆然して、ビールを何杯も飲んだ。
「ハンネ、相変わらずよく飲むな。」
「今日は特にお酒を飲みたいわ。何故か分からないけど。」
彼女は大きく口を開けて笑っていた。そんな彼女に後から抱きつき、おでこにキスをした。
「ケヴィン。」
彼女は俺の肩に手を回し、抱きついた。そのまま抱き合いながら一緒にベッドに横たわった。彼女は笑いながら話しかけた。
「今度、プラハで半年間過ごさない。」
「良いよ。ちょうど別荘もあるし。しばらくプラハには行ってなかったもんな。」
「ブルノとかも行ってみたいわ。」
ハンネと一緒に他にどこに行くか計画していた。チェコはプラハ以外行ったことないがプラハはいつ行っても美しい都市だ。今も古い教会や聖堂が立ち並んでいる。プラハ市内にはお城まである。ハンネは突然部屋から出て押し入れを漁っていた。
「何してるんだ?」
「もうすぐ分かるさ。しばらく部屋にいて。」
何も言わずそのまま部屋に向かった。しばらくすると彼女は戻った。彼女はベットにたくさんの写真をばら撒いた。
「何だこれ?何してるんだ?」
「写真よ。」
彼女は笑っていた。
「驚いた?」
「突然だったからな。」
思わず笑ってしまった。そして笑いながら写真を集めた。
「二人で初めてプラハ城に行った時の写真ね。近くにあっとヴィート聖堂も良かったわ。あっ、これ。ヴィート聖堂のステンドグラスよ。」
「綺麗なステンドグラスだったな。あれは画家のミュシャがデザインものなんだよな。」
「ミュシャの絵は昔にしてはデザイン的なものね。ヨゼフ・チャペックの絵も中々斬新ね。一度見たら忘れないわ。」
「誰だ?カレル・チャペックに関係あるのか?」
「彼の実兄よ。当時、ナチスにかなりきわどい批判をして捕まったのよ。私達の国も昔は家を失って難民になることだってあったわ。」
「カレル・チャペックの作品は読んだのはかじり程度だな。」
そう言ってるうちに遅くなったから電気を消した。暗闇がずっと続いた。




