第七話 小休止
数ある小説の中で、拙作を見つけてくれた方々、ありがとうございます。
悠希は最初に泣沢女神を神降ろしした。
二時間で高天原へ戻るとお言葉を賜ったので、その間に他の神についても神降ろししようと思った。
無駄を省くためである。
この世界に生きる巫であれば、愕然としただろう。
神降ろしは貴重な御業である。
それを無駄と評するのは、この世界の理に反する者といえる。
ともあれ、悠希は三柱の神を降ろした。
地属性の【神降ろし】大屋都媛命、陽属性の【神降ろし】奥津日子神、水属性の【神降ろし】少名毘古那神である。
大屋都媛命は愛らしさを感じさせる容貌で、人の身体に木の枝が何本も巻き付いていた。
人と樹木が融合しているような御姿だったが、女神の美貌はまるで損なわれていなかった。
彼女には食器作りをお願いした。
奥津日子神は寡黙な美青年だった。
竈を使用可能にしてもらいたい旨を伝えたところ、無言で頷くと竈へ向かった。
少名毘古那神は美少年だった。
竈神がいるので、風呂の湯を満たすよう頼んだところ、鼻歌まじりに風呂場へ向かっていった。
奥津日子神と少名毘古那神は着物姿で人がそのまま神格化したような御姿だった。
三柱とも泣沢女神と同様に、神々しい。
少名毘古那神は一見すると年下に見えるが、格上の存在だと肌で感じ取れたため、気安くお願いできずに、畏まりながらも願い奉った。
泣沢女神は畏まらなくてもよいとおっしゃったが、それはあくまで泣沢女神に対してだけと判断した。
初対面時はどの神においても畏まってお願いすることにした。
断られては元も子もない。
(それにしても、合計四柱も神降ろしをしたのに、力を奪われるようなこともない。体調も問題なし。勾玉の数だけ自由に神符を使いたい放題ってわけか)
神降ろしを試してよかったと思う。
知識として知っていたとしても、実際にやってみないと分からないことがあったり、手間取ったりもするだろう。
まだまだ検証は続けなくてはならない。
悠希は気を引き締めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
二時間が経過すると、降ろした神は全員いなくなった。
悠希の周囲を取り巻いていた神符が全て神書へ吸い込まれていったため、巫術が切れたことを確認できた。
大屋都媛命に作ってもらった木製のコップで、井戸の水を何杯も飲む。
「あー、美味い」
水で胃を刺激すると、今度は空腹感を覚えた。
起きて数時間も経てば、当たり前の話だった。
「我が巫術、今ここに発現せよ」
神書から山札へ設定している神符が飛び出す。
二度目の光景なので、悠希はもう驚かない。
一度目との相違点があった。
彼の周囲を舞う神符の数が二十七枚だった。
先ほど神降ろしした四枚の神符が神書の山札の中に残っている。
全ての神符は、再使用可能時間として二時間が設定されている。
再使用可能となるまでは、神書から出せない仕組みなのだろう。
今回発動する巫術は決まっている。
「我に恵みの食料を授け給え。【神降ろし】保食神」
緑色の勾玉――翠玉――が無色透明に変じるともに、カラフルな着物を着た女神が現れた。
女神と目が合ったので、悠希はお願いを口にした。
「畏れ多くも願い奉ります。五穀の神の御力により、私に食料をお恵みいただけないでしょうか?」
大屋都媛命が用意してくれた木製の食器類をそれとなく見せた後、大きく頭を下げる。
『いいでしょう』
了承の言葉を賜るも、悠希は頭を上げない。
日本神話において、保食神は月読命を接待したことになっている。
その接待は女神が口から食物を出して、相手に食べさせようというものだった。
月読命はそれを見て、激怒して殺してしまったという逸話がある。
(ちょっとそれは見たくない。これから食べなきゃならんから)
いかに腹が減っていようと、悠希にも見ないで済むならそれに越したことはなかった。
『顔が見えなくとも、何を考えているか分かりますよ。あなたの世界の保食神と私は別物です。口から食べ物を出したりしません』
悠希は身を竦ませた後、恐る恐る顔を上げる。
呆れた顔をしている保食神と目が合った。
保食神は手を振ると、食材が宙に現出した。
驚いたことに、調理された状態の食材だった
「……大変、失礼いたしました」
悠希は誠心誠意謝った。
保食神は許してくれ、浮いたままだった食材を神力で動かす。
ご飯、刺身、豆類が食器の中に吸い込まれるように入ってしまった。
保食神から許可されて食べてみた。
「美味しいです」
保食神は満足そうに頷いた。
『では、私も二時間後に戻ります。食事が終わったら、好きになさい』
悠希はもう一度保食神へ謝罪し、今後もよろしくお願いしたい旨を伝える。
食べ終わった悠希は、次に風呂に入ることにした。
悠希の本拠地となる木造家屋は中庭付きの平屋である。
居間、食堂、台所の三部屋と風呂場、便所、和室が三つだった。
彼が最初にいた部屋は、和室の一つであった。
風呂場はかなり大きい。
木造の風呂は、大人三人が入っても余裕があるほどの大きさだった。
石鹸もシャンプーも桶もないが、悠希は迷わず全裸になる。
湯気が立ち昇る浴槽に近づき、お湯の中に手を突っ込む。
(お、ちょうどいい温度だ)
手ですくった湯を何度か体に浴びせ、悠希は躊躇なく湯に浸かった。
絶妙な湯加減だった。
「はぁああ。生き返るー」
訳も分からず、いきなり異世界に放り出されて、激しい頭痛をお見舞いされ、生きるために固有能力や神符の検証を行い、さすがに疲れてしまった。
今だけは、何も考えずに湯船を堪能することにした。
「ふぅ」
心が洗われるようなひと時となった。
悠希は風呂から出ようとして、頭を抱えた。
「……タオルがない」
お読みいただき、ありがとうございます。
少しでも興味をお持ちいただけたら、
ブックマークと星を入れていただけると、嬉しいです。