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第六話 神降ろし


 神降ろしを執り行うためには、山札設定を行う必要があった。


 半透明の分厚い本、神書に意識を向けると、自動的に山札設定のページが開かれる。


(俺の思考と連動してるんだよな。一々、ページを開かずに済むのはいいんだが)


 悠希が山札設定をする意思を察知したのか、神書から――より正確にいえば、神書の所持神符一覧から――三十一枚の神符が飛び出し、彼の周囲を視界の範囲内で静止する。


 悠希が対象の神符を眺めながら山札に入れると思っただけで、その神符が山札設定のページへ吸い込まれていった。


(よかった。山札設定と所持神符一覧のページを行ったり来たりじゃ面倒くさすぎた)


 山札の上限は四十枚である。

 よって、手持ちの三十一枚を全て山札に設定した。


 準備は整った。


「我が巫術、今ここに発現せよ」


 悠希の言葉が言霊となり、山札に設定されている神符が神書から一斉に飛び出す。

 三十一枚の神符が渦巻くように彼の周囲を回り続ける。


 大部分の山札が裏側表示のように図柄と説明文が見えないが、六色の勾玉は見えている。


 悠希は十二枚の勾玉が全て表示されている状態に、ため息をつく。


(ゲームだったら、勾玉は一ターンに一度しか出せない仕様になっている。にもかかわらず、全て表示されている。これが意味するところは――)


 ターン制という概念はない。

 悠希の中で疑念が確信に変わった。


 試してよかったと思いつつも、神降ろしの儀式を継続する。


「我に恵みの水を授け給え。【神降ろし】泣沢女神」


 表側表示の蒼玉は二つあるが、その片方の輝きが薄れていき、無職透明な勾玉に変化する。


 それに対応するように、【神降ろし】泣沢女神の神符が形を失う。


 神符があった場所に、湖面に落ちる直前の水滴を幻視した。

 人の大きさほどの巨大な水滴が弾け、湖面に波紋が広がる。

 水滴が影も形もなくなった瞬間、入れ替わるように水色の着物姿をした女神が降臨した。


(これが、巫術……。巫としての、俺の力)


 悠希は神秘的な現象に、心から感嘆する。

 神符の一枚が消失したかと思ったら、泣沢女神と呼ばれる神が現れたわけである。


 無論、神符は失われたわけではない。

 神降ろしを解いた場合は、女神は神符に戻る。

 同時に、無色透明になった勾玉も青色の輝きを取り戻す。


 憂いを帯びた表情を浮かべながら瞑目していた女神がゆっくりと目を開く。


 絶世の美貌を誇り、神々しさを感じさせる目の前の女神から目が離せない。


『あら、神使君ね、何かご用かしら?』


 憂いから一転して喜色へ変じた女神からかけられた言葉に、悠希は動揺して固まる。


(――って、会話できるのかよ!?)


 神降ろしとは、勾玉を憑代に、神を降ろす巫術だが、降ろされた神はその力を宿すものの心や感情はないはずだった。

 現にゲームのストーリーにおいても、そんな会話シーンなど存在しなかった。


 あり得ないことが起きている。

 しかし、いつまでも硬直してはいられない。


 女神さまから話しかけられているのに、無視するなどあってはならない。

 悠希は顔に出さないよう細心の注意を払いながらも、内心は焦りまくっていた。


 頼みたいことはあったのだが、告げられた言葉にハッとした。


「貴方様が、我が神ということよろしいでしょうか?」


 女神――泣沢女神――は、可笑しそうに笑う。


『いいえ、違うわ。でも、誰がとは言えないのよ。ごめんなさいね』


 何かしらの制約が働いているのではないかと、悠希は漠然と推測した。

 問いかけたい衝動はあるが、格上の存在に対して食い下がる行為は、明らかに悪手である。

 悠希はすぐさま承知した旨を伝える。


「いえ、問題ございません。……畏れ多くも願い奉ります。井戸の神の御力により、私に飲み水をお恵みいただけないでしょうか?」


(目上の人程度の敬語なら問題ないが、神様とかこんな感じで大丈夫だったっけ!?)


 義務教育では習えない――習ったかもしれないが、記憶に残っていない。結論として、習っていない――ため、間違っていないが、彼の焦燥感が止まらない。


 いきなり呼び出して、何の対価もなく力を寄越せと言っているのだ。

 格下の人の子にそんなことを言われて、内心穏やかな神がいるだろうか?


 悠希が逆の立場だったら――

①怒る

②無視する

③呆れる

④笑って許す


(ああ……④であってほしいとは思うけど、俺だったら①か②だな)


 悠希は絶望しかけた。

 やるべきことを順々にこなそうと思っていて、こんな落とし穴があろうとは予想もしていなかった。


 しかし、女神はその心を見透かすかのように微笑んだ。


『そんなに畏まらなくても平気よ。八百万の神々を代表して伝えます。我々は、異界の邪神に憑依されて、自由と尊厳を奪われてしまった神々の解放を切に願っています。その役目を与えられたのが、他ならぬあなた。なればこそ、あなたが生きるために必要な物資は委細滞りなく提供しますよ』


 どうやら、神に雑用をさせることに対する罰はないようだった。

 悠希は己の心配が杞憂であることに安心する。


(神世大戦とは、違うよな?)


 本来であれば、八百万の神々は調和がとれている。


 しかし、キャラクターの立場によって、八百万の神々は善神とも悪神ともなる。

 神世大戦の主人公には善神であろうとも、ライバルとなるキャラクターでは悪神となる神がいる。

 悪神である神を討伐すると、報酬としてその神降ろしの神符が獲得できるというイベントが多々あった。

 そして、善神を討伐するイベントなどなかった。


 しかし、邪神――悪神と同義だと悠希は思っていた――が異界の存在であるとは知りもしなかった。

 神世大戦は、あくまでその世界観にて完結する。

 異界なんて単語も、八百万の神々が何者かに憑依されているなんて事実も悠希には初耳だった。


 泣沢女神はこれ以上語ることはないのか、別れともとれる言葉を口にする。


『では、二時間後に井戸の中を確認してください。時間経過とともに私は高天原へ戻りますので』


 部屋の外に出て、中庭にある井戸の前まで移動した泣沢女神は、そう言い残して立ち去って行った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 宣言通り、女神はきっかり二時間後に消えていた。元の世界――高天原――に戻ったのだと悠希は推測した。


 井戸の桶を苦労して引っ張り上げると、その中には濁りのない綺麗な水があった。


 試しに手ですくって一口飲んでみるが、普通に美味しかった。

 悠希は飲み水を確保することに成功した。


「この世界は、放置ゲーの要素もありってことか」


 女神が神力を行使している間、悠希は待っていただけだった。

 神降ろしを完了した後、他の神符の神降ろしを実行しただけで、泣沢女神に対しては何もしていない。

 力――西洋ファンタジーでいうところの、MP――を奪われた感覚もない。


 待機していただけなのに、井戸の神は宣言どおり飲み水を用意してくれていた。


 悠希は安堵の笑みを浮かべる。


(これは助かるぞ。いつ終わるかも分からん戦いを続けなきゃならんのに、生活環境の改善も自分でやるのは辛すぎる)


 悠希は他の神降ろしが成功した段階で、挨拶もそこそこに放置した。

 不敬と言われれば弁明の余地なしと即座に反応するが、どうしても確認しておく必要があった。


 放置した結果の正誤を確かめるべく、家屋の中へ戻っていった。


お読みいただき、ありがとうございます。

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