第三十二話 第一幕
「揺蕩うゆえ、閃くゆえに見極めること叶わず、ゆえに汝らが我に触れること能わず。【加護】陽炎稲妻水の月!」
悠希に周囲を取り巻く紅玉、黄玉、蒼玉、白玉が一つずつ輝きが失せて無色になる。
彼はまず身の安全を確保する。
しかし、それだけではない。
【加護】陽炎稲妻水の月を発動すると稲妻が走り、水音が鳴り、悠希の声が聞こえなくなる。
つまり、これから悠希の詠唱が神に聞こえなくなるのだ。
ゲームではあり得ない、現実ならではの事象だった。
『ほほっ。そうきたか。流石よの』
大直毘神が感心する。
「【神降ろし】黒之小鬼!」
悠希は黒玉を一つ消費して、黒之小鬼を神降ろしする。
黒之小鬼はわざと大直毘神の視界に入る場所に出現させた。
まだまだ彼は止まらない。
「荒ぶる神々よ。今こそ、その真価を見せつけ給え。【加護】大禍時!【神降ろし】黒之鬼!」
黒玉を一気に四つ消費して、【加護】大禍時を発動し、黒之鬼を神降ろしする。
ゲームでは、【加護】大禍時を発動した際には、黄昏時に変わる演出があった。
しかし、悠希にとっては幸いなことに、ここは室内である。
大直毘神は【加護】が発動したことに気づかない。
「言霊の神よ。その力で言の葉を操り給え。【神降ろし】天児屋根命!」
天児屋根命は悠希の背後に神降ろしした。
大直毘神に、その姿を見させないためである。
悠希は戦闘準備を整えながら、同時並行で神の言葉を反芻する。
(巫は、神の力を一割しか使えない。ただ、それは、単純に攻撃力や防御力が十倍になるってわけじゃない)
それは、彼の今までの戦闘経験からも分かる明らかな事実である。
彼の知識と異なる能力はあっても、攻撃力や防御力が変動したことはなかった。
(つまり、他の神符を使えるってことじゃないのか?)
悠希は眼前の神を見据える。
大直毘神の周囲に八つの白玉が揺れ動いているが、悠希とは異なって勾玉以外の神符が見えない。
しかし、白之小鬼が神降ろしされた。
その証拠に、白玉が一つだけ輝きを失っている。
大直毘神には秘められた能力として、神に関連した【神降ろし】や【加護】、【禁厭】が備わっていると悠希は推測した。
(幸いなのは、この神様には【呪詛】の類いはなかったはず。頼むから、そこはゲームと同じであってくれよ)
《禊祓の神》の神格を持つ大直毘神は、神世大戦ではこの神固有の【加護】や【禁厭】はあっても、【呪詛】は一切なかった。
悠希は対峙する神の手札に呪詛がないことを切に願う。
また、白之小鬼の知識を思い出す。
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【神降ろし】白之小鬼
神格《鬼神》
属性《和魂》
白玉《一》消費。
攻撃力《一》。防御力《一》。
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(緑之小鬼と黒之小鬼はゲームと同じだった。白之小鬼も同じとみていいはずだ)
悠希は白之小鬼が自分の知識と同じステータスであると確信している。
不意に、大直毘神が口を開いた。
『さて、まずは小手調べといこうかの』
神が白之小鬼を前進させる。
「望むところです」
白之小鬼へ対抗するため、悠希も黒之小鬼を前に出した。
『ふむ。相打ちで構わぬと』
(いいや、違う)
悠希は神の言葉を心中で否定する。
『『ギャッ!ギャッ!』』
黒之小鬼と白之小鬼がお互い叫びながら激突した。
本来であれば相打ちなのだが、大禍時のおかげで黒之小鬼は生き残り、白之小鬼は幽世へ落ちた。
『ほっ?』
大直毘神が疑問の声を上げる。
『白之小鬼を討伐しました。固有能力【弱肉強食】が発動しました。神符を一枚獲得しました』
獲得したのは白之小鬼だった。
(今までは邪神と言われてきたが、今回はなかった。大直毘神がまだ邪神になってないからか?)
悠希は気になるが、今は戦闘の方が大事である。
彼の脳裏の片隅に留めておくことにした。
白之小鬼が場にいなくなったことで、大直毘神を取り巻いている一つの白玉が輝きを取り戻す。
『……なるほどの。何らかの属性相剋を発動しておったか。そして、今のが神使の固有能力というわけか。見事じゃ』
大直毘神が推測と称賛を口にする。
(正解です。言わんけど)
悠希は無表情を保つ。
『【神降ろし】白之鬼』
大直毘神の白玉が二つ輝きを失い、白之鬼が顕現した。
一対二本の角を生やした筋骨隆々な大男の鬼神が顕現した。
髪も肌も白い巨漢だった。
悠希はその鬼神のステータスを即座に思い浮かべる。
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【神降ろし】白之鬼
神格《鬼神》
属性《和魂》
白玉消費。
攻撃力。防御力。
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『続くぞよ?【加護】疫病平癒』
「……なるほど」
悠希は思わずといった調子で唸る。
その神符の内容も彼は覚えている。
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【加護】疫病平癒
属性《和魂》
白玉消費。
自陣の神を一柱指定する。その神は敵陣の【加護】、【呪詛】、【禁厭】から受ける効果を無効化する。
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(やべぇ……常闇や影武者も入れるべきだったか!?だが、まだ問題ないぞ!)
【加護】大禍時は、和魂属性の攻撃力は《一》減少するだけではなく、荒魂属性の攻撃力は《一》増加する効果を持っている。
【加護】疫病平癒により、和魂属性の攻撃力は《一》減少するという効果は無効化されてしまうが、荒魂属性の攻撃力は《一》増加する効果はまだ有効である。
白之鬼と黒之小鬼が対戦する。
結果は相打ちであった。
黒之小鬼も白之鬼は幽世へ落ちる。
役目を全うした疫病平癒も幽世へ移行した。
『なんと!?……こりゃ、まさか』
大直毘神が驚嘆の声を上げる。
同時に、彼の神の白玉が四つ輝きを取り戻す。
また、悠希の黒玉も一つ、無色から黒色に変化した。
『白之鬼を討伐しました。固有能力【弱肉強食】が発動しました。神符を一枚獲得しました』
悠希が手に入れた神符を確認すると、【加護】疫病平癒だった。
(クソ!白之鬼は健在ってことか!?)
悠希は内心で毒づく。
しかし、白之鬼はリポップしなかった。
(ん?)
悠希は鉄面皮を保ちつつも、疑問を抱く。
今までは即座にリポップしていたのに、白之鬼は幽世に留まっている。
(まさか、大直毘神はリポップするが、神に神降ろしされた神は、リポップしない!?)
悠希は希望を見出す。
幽世から場や手札に戻す神符は存在するが、大直毘神はそれらの神符と関連性がない。
『仕方ないの。【禁厭】大祓い』
「なっ!?」
大直毘神の言葉に、悠希は驚愕する。
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【禁厭】大祓い
属性《和魂》
白玉《三》消費。
自陣、敵陣問わず、全ての加護、呪詛、禁厭を祓う。
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祓うということは、強制的に幽世へ送られることを意味する。
悠希の陽炎稲妻水の月も、大禍時も消えてしまう。
(どうする?天児屋根命を使うか?万一、神直毘神を呼ばれた時の保険として温存したかったが……いや、迷ってる暇はない!)
悠希は背後の神へ振り返ると、天児屋根命が無言で頷く。
『言霊の神が命ずる。その発言は無効なり』
白玉三つが無色に変わろうとしたところで、瞬時に輝きを取り戻す。
大祓いは無効化され、効力を発動しないまま幽世へ移行した。
『グウッ……』
突如として、大直毘神が苦悶の声を上げた。




