第三十一話 大直毘神
大直毘神は悠希の記憶通りであれば、和魂属性の神である。
ただし、その神が悠希の知る記憶の属性と異なる可能性はある。
しかし、彼にはもはや賭けるしかない。そうしなければ、堂々巡りしか待ち受けていないのだ。
(仕方ないか)
悠希は対和魂属性を前提とした山札を構築することにした。
(そうなると、属性相克を鑑みて、荒魂属性は全部入れるべきだな)
悠希は即決する。
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荒魂属性
【勾玉】黒玉 八枚
【神降ろし】黒之小鬼
【神降ろし】黒之鬼
【神降ろし】黒之妖鬼
【神具】黒金棒
【加護】大禍時
【禁厭】影武者
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(これで、十四枚。残りは二十六枚か)
山札にセットできる神符は最大で四十枚である。
悠希は一旦、昨日まで山札に入れていた神符をリセットして、十四枚の神符を入れた。
ただし、術士型能力【快癒】は外さない。悠希が外すわけがない。
(他の能力を獲得することがない限り、こいつは外せないな)
彼は山札の残りの枠を埋めていく。
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天属性
【勾玉】黄玉 三枚
【神降ろし】金鵄
【神降ろし】建御雷之男神
地属性
【勾玉】翠玉 三枚
【神降ろし】緑之小鬼
【神具】銅剣
【加護】鉄壁
陽属性
【勾玉】紅玉 三枚
【神降ろし】奥津日子神
【呪詛】鬼火
水属性
【勾玉】蒼玉 二枚
【神降ろし】夜刀神
和魂属性
【勾玉】白玉 四枚
【神降ろし】天児屋根命
【加護】癒しの霊薬
【加護】陽炎稲妻水の月
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神書の山札の枠が全て埋まった。
(これで完了か……)
新たに獲得した神符、天児屋根命も山札に入っている。
その神は和魂属性ではあるが、大直毘神との戦いには役に立つと確信しているからである。
最終チェックを終えた彼からため息が漏れる。
終わってしまったという思いと、これから待ち受ける試練に戦々恐々としているのだ。
「ふう……やるか」
悠希は告知ページを開く。
昨日、盛大にノーを叩きつけた挑戦券に、ドキドキしながら指を当てる。
『邪神に取り憑かれ、自我を奪われかけている大直毘神に挑戦することができます。勝てた場合は必ず大直毘神を獲得できますが、負けた場合は死にますのでご注意ください。大直毘神に挑戦しますか?』
悠希は深呼吸した後に覚悟を決めた。
「はい」
覚悟を確かに決めたのだが、続けられた言葉に悠希はすぐさま顔面蒼白になる。
『これから、あなたをとある場所へ転移させます。痛みを覚えるかもしれませんが、気を失わないようご注意ください』
悠希は猛烈に嫌な予感がした。
思い出すことさえ忌々しい、この世界へ転移した初日の記憶が無理矢理呼び起こされた。
「まさか……また?う、嘘だよナ――ァッアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
悠希が言い終わらることを待たずに、全身を貫くような激痛が襲いかかる。
彼は声も枯れよとばかりに絶叫して、あっという間に意識を失った。
◇◆◇◆◇◆
悠希は仰向けに倒れた状態で目を覚ます。
どれくらい意識を失っていたのかと腕時計を確認すると、三十分ほどだった。
(気を失わないようにって、無理だろ!?あんなもん耐えられるような生活してないっつーの!)
悠希は内心で悪態をつく。
「……はぁ。ここは?どこだ?」
まだ残る微かな頭痛を堪えながらも、彼は身を起こす。
薄闇の牢獄を連想させるような室内だった。
悠希があちこち視認すると、体育館ほどの高さと広さがあり、彼はちょうど真ん中のあたりにいた。
建物内を用心深く観察している彼に、背の方からいきなり声がかけられた。
『こんな場所に客とは珍しいの。ここは、高天原と大和の狭間、神界でも下界でもない異界とでも呼ぶべき場所じゃよ』
悠希が振り返ると、壁際に糸目の老人が座っていた。
より正確には、老人の姿をした神がいた。
その姿は、神世大戦の神符に大直毘神として描かれている姿と一致していた。
あろうことか、その神は罪人のように両手を金属の鎖に縛られて座っていた。
(何だ?これは)
悠希には目の前の光景に対して、まるで理解が追いつかない。
彼が困惑していると、老人が顔を上げる。
『……ああ、お主が噂の神使じゃな?』
「え?ええ、そうです」
捕縛されているにも関わらず、悲壮感が感じられない。非常事態なのに、なぜかその神から平穏な印象を受けてしまった。
「……俺を、知っているのですか?大直毘神様」
悠希の問いかけに、大直毘神は鷹揚に頷いた。
『無論じゃ。お主がいるからこそ、儂はまだ希望を持って耐えられておるのだからの』
神の言葉に、悠希は驚きを隠せない。
『未来ある若者に、こんな体たらくは見せたくはなんだが。儂の力が至らぬばかりにすまんの』
老人が微かに頭を下げて謝罪する。
(俺は……この神様を見捨てようとしたのか)
悠希は無表情を保ちつつも、内心で悔恨する。
『お主、今まで邪神に支配された神と会うたことはあるかの?』
悠希は八雷神、八岐大蛇、大禍津日神を思い出す。
ただ、彼にはその神々が邪神に支配されいるか分からない。
悠希はその三柱の名を口にした。
彼の返答に、大直毘神は重いため息をつく。
『そうか……いずれの神も支配されてしまった同胞じゃ。じゃが、どうか、その神々を厭わんでくれ。森羅万象に宿る神々は善悪と区別されることあれど、己が神格に誇りを持っておった。その尊厳を踏みにじられ、自我と記憶を奪われ、邪神の道具となり果てる。かく言う儂ももうすぐそれに堕ちてしまうわい』
大直毘神の頬を涙が伝う。
しかし、それは自身へ降りかかる災いに対してではなく、他の同胞の無念に対する涙だろう。
なぜか、悠希にはそう感じ取れた。
やがて、大直毘神は複雑そうな眼差しで悠希を見据える。
『邪神はお主とは、ある意味では同類と呼べるかもしれん。この世ならざる異界の存在という意味においてはの』
悠希の心臓がドクンと跳ねた。
(俺と同じ、この世界に転移した巫がいる――!?)
『さて、早速ですまぬが、第一幕じゃ。これにて死ぬようなら、これ以上の情報を与えても無益となる。儂の言っとる意味が分かるかの?』
悠希に分からないはずもない。
大直毘神から尋常ならざるプレッシャーを感じたからである。
「ええ。始めましょうか」
悠希は緊張感を伴いながら首肯した。
「我が巫術、今ここに発現せよ」
悠希の言葉が言霊となり、山札に設定されている四十枚の神符が神書から一斉に飛び出す。
彼の戦闘準備が整うと、大直毘神を縛っていた鎖が木っ端微塵に砕け散る。
『よっこらせっと』
その神がゆったりと立ち上がる。
大直毘神を囲むように、八つの白玉が出現する。
『【神降ろし】白之小鬼』
全身の肌が白色の子供くらいの身長の小鬼が顕現した。
「神降ろし!術士型!?」
『不正解じゃ』
身の危険を感じた悠希は咄嗟に一歩後退る。
次の瞬間、悠希がいた地面が陥没していた。
大直毘神が老人とは思えぬ強烈な拳打を悠希の目前で振り下ろしたのだ。
その破壊力に悠希は戦慄する。
(落ち着け。老人の姿をしているだけで、相手は神だ。他の神と比べて腕力がないと思っちゃいけない。そして、気にするべきはそんなことじゃない……!)
彼は不正解と言われた真意を必死に考える。
『神に武士も術士もない。人間である巫は神の力を一割程度しか引き出せぬ器じゃから、武士型、術士型とならざるを得なかった。仮に十割の力を引き出し、その身に神憑りすれば、木っ端微塵じゃし、神降ろしすれば精神がもたぬじゃろう』
「そう……ですか」
言われてみれば、悠希には納得しかない。
『さて、続けるぞよ?』
神の宣言に、悠希は意識を集中させた。




