第三十話 五日目の朝
大直毘神への挑戦を断固拒否してから一夜が明けた。
悠希に対するログインボーナスの報酬内容が響き渡る。
『五日目の特典として、金銀財宝其壱を獲得しました』
『神書に贈呈品一覧を反映中です。しばらくお待ちください』
悠希はそれを受けて目を覚ます。そして、寝惚け眼で神書が開けないことを確かめてからすぐ二度寝した。
新書を読めないのであれば、寝ていても問題であるはずがない。
眠気がまだまだ残っていた彼は即断する。
(お休みなさい……)
悠希はあっさりと意識を手放すのだった。
『神書への反映が完了しました。現在、神書は閲覧可能です』
一時間ほど経ち、声によって彼は再び覚醒する。
「……はぁ。読めるようになったか」
目覚まし代わりとなってしまった声かけに、思わずため息が漏れた。
昨夜、彼は布団に入って神託の内容を流し読みしていたら、いつの間にか寝てしまった。
神書は付近に見当たらないため、悠希が寝たタイミングで消えたようだった。
ともあれ、悠希は今の通知内容をほんの少しだけ考察する。
(金銀財宝其壱って何だよ?其二、其三もあるってことだよな?……全く、いくつまであるんだか)
悠希は欠伸を噛み殺して起き上がる。
布団を片付け、着替えて身なりを整えた。
「よし」
両手で頬を軽く叩いて意識を切り替える。
手早く朝食を済ませた悠希は、昨日起こったことを思い返す。
大直毘神への挑戦をしないことを全力で選択した。
その返事として了承とともに明後日、つまり今日でいうところの今日の正午になると挑戦券が消滅すると告げられた。
おそらく今日の正午になってしまうと、大直毘神が邪神の手駒に堕ちるのではないかと悠希は推測している。
もっとも、何の確証もないため、その仮説は保留するしかなかったが。
結局、悠希は挑戦券の使用を一日延期しただけになるが、強制されるよりはマシだと判断している。
ともあれ、彼の所持する神霊玉が五つになったので、昨日のうちに神々之恩寵を回している。
取得した神符は神降ろしだった。
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【神降ろし】天児屋根命
神格《言霊の神》
属性《和魂》
白玉《二》消費。
攻撃力《一》。防御力《二》。
十秒間に一度だけ、以下の効果を発動できる。
・神の効果、加護、呪詛、禁厭の発動を封じる。
・勾玉の消費を《一》減少させる。
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「ウルトラレア、来たぁあああああああああああ!?」と、悠希は長いこと狂喜乱舞したのだった。
当然ながら、悠希の知識ではこの天児屋根命の効果は十秒間ではなく、一ターンに一度だったのだが、もはや気にしないことにした。
回想を終えた悠希が神書を開くと、驚くべき事態に見舞われた。
一ページ目の告知の文字が光り輝いており、それをタップするとページが自然と開ける。
そこには以下のように記載されていた。
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【勾玉】黒玉を三枚獲得しました。
【神降ろし】黒之妖鬼を獲得しました。
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「は?」
悠希は困惑の声を上げてしまう。
彼の戸惑いに答えるように、告知ページには次の文書が書かれていた。
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【弱肉強食】が発動しました。
恍月の巫である夏月には荒魂属性の適性がないため、保持できません。
神使である悠希へ還元されました。
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「……つまり、夏月が倒して手に入れた神符が俺の物になったってわけか……って、俺がいなくなっても弱肉強食が発動していたってことか!?」
悠希は鳩が豆鉄砲を食ったような表情になる。
(思わぬラッキー!必ずしも俺が倒す必要はないのか!?ただ……)
悠希が夏月と共闘した当初では、弱肉強食は発動しなかった。
それは間違いなく事実である。
悠希がいなくなってから発動した理由があるはずだ。
(胸を揉んだから――もとい、接触したから?)
悠希は固有能力について検証の必要性を感じた。
ただし、今すぐできるわけでもないため、心の片隅に置いておくことにした。
その後、気持ちを切り替えて手に入れた黒之妖鬼の神符を確認する。
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【神降ろし】黒之妖鬼
神格《鬼神》
属性《荒魂》
黒玉《三》消費。
攻撃力。防御力《三》。
十秒間に一度だけ、敵一体を魅了できる。
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(まぁ、そうだよな)
昨日、魅了されたばかりである。
彼がその魅了という能力を忘れるはずもなかった。
(手に入れられて幸運だった。今はそれだけでいいとしよう)
悠希は現実逃避気味に結論付けた。
次は、今日は手に入れたばかりのログイン報酬の使い道を模索する。
折角手に入れた物を死蔵させるつもりはなかった。
果たして誰に渡すべきか。まず、最後に会った人物を思い浮かべる。
その人物からの別れ際の罵声が頭に浮かんでしまい、思わず嘆息した。
言うまでもなく、夏月である。
「はぁ。明日またとか言っちまったけど、殴られるの分かってて行くわけないよなぁ」
彼女の怒りが鎮まっていなければ、刀を向けられる可能性だってあった。
悠希は仕方なく夏月を候補から外す。
(でもなー。他に俺が会ったことあるのって、重兵衛、氷見華、小百合だけなんだよなぁ)
八雷神との戦闘時におけるその他大勢は勘定に入れない。悠希は三人以外については、顔も名前も覚えていないのだから当然であった。
三人の中から誰を対象にすべきか考えを巡らせていく。
重兵衛という男はまだ少ししか会話できていないが、金で心を動かすとはとても思えなかった。
小百合は姉の氷見華を差し置いて自分が選ばれることを是としない性格に見えた。
消去法で一人に絞られてしまった。
(となると、氷見華のところへ行ってみるか?)
悠希は外出する準備を始めようとした。
『大直毘神へ挑戦しないのですか?』
ログインボーナスの時に聞こえてくる女性の声に、彼は顔を上げる。
「俺に死んでこいと?冗談じゃない」
悠希は馬鹿馬鹿しいと一蹴するが、次にかけられた言葉によって無視することができなくなる。
『大直毘神へ挑戦すれば、報酬とは別に神々之恩寵十連券が用意されております。挑戦しましょう』
謎の声が悪魔の囁きのように彼を惑わす。
「そ、そんな言葉に乗ると思うなよっ!」
悠希は動揺しながらも拒否の叫びを上げた。
◇◆◇◆◇◆
一時間後、悩みに悩みぬいた悠希は、山札を再編成することを決定した。大直毘神と戦うことを決心したのだ。
(……仕方ない。仕方ないんだ。神々之恩寵十連券は喉から手が出るほど欲しい!)
心中で言い訳を繰り返しながらも、所持する神符を見比べていく。
同時に、彼は神世大戦における大直毘神の能力を思い浮かべる。
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【神降ろし】大直毘神
神格《禊祓の神》
属性《和魂》
白玉《四》消費。
攻撃力《四》。防御力《四》。
一ターンに一度、自軍の防御力を《一》回復する。
手札に神直毘神がある場合、勾玉を使用せずに、神降ろしできる。
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続いて、大直毘神に関連する神直毘神の能力を思い出す。
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【神降ろし】神直毘神
神格《禊祓の神》
属性《和魂》
白玉《四》消費。
攻撃力《四》。防御力《四》。
一ターンに一度、自軍の攻撃力を《一》回復する。
神直毘神と大直毘神が場に存在する場合、全ての呪詛を無効化する。
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ゲームと現実で差異はあるかもしれないが、この情報は役に立つと悠希は確信している。
(神直毘神が呼ばれたら、シャレにならんぞ……)
彼は懸念を抱きながらも、対大直毘神用の山札を構築していった。




