第三話 固有能力
悠希はまず固有能力を閲覧することにした。
生活に直結する山札の内容も気にはなるが、見たこともない能力名が気になって仕方がなかった。
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固有能力(神使):【弱肉強食】
巫として命を賭けた戦いをした場合、敗者は巫としての力を失う。
巫が相手の場合、相手の神符を一枚奪う。
邪神が相手の場合、倒すと必ず神符化する。
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命を懸けたという文言に、恐怖を感じて身震いする。
悠希は今までの人生において、喧嘩でさえほとんど経験がない。
そんな彼にとって、説明文の内容は過酷過ぎた。
(だが、これは今後の活躍を期待してるってだけじゃなく、神からの保険の意味合いもあるんだろうな)
悠希が現地人と接触した際、神使と名乗ったとしても素直に敬ってくれるかは怪しい。
下手をすれば、捕らえて己の野望を叶える手駒にしようなんて輩がいるかもしれないのだ。
(そもそも名乗るべきか、隠すべきかも分かってないしなぁ)
この世界を救ってほしい。しかし、何が起きても自己責任で頼む。
悠希にはそんな思惑が透けて見えた気がした。
人類を救ってほしい。そのために、神使にして固有能力を与える。
しかし、救うべき対象が牙を剝く可能性がある。
ゆえに、神は救済措置としてこの能力を彼に与えた。邪神だけでなく、この世界の巫とも戦う可能性を考慮して。
悠希にはそんな印象を抱いてしまった。
「考え過ぎなのかねぇ?まあ、いい。問題なのはそこじゃない……」
悠希は「敗者は巫としての力を失う。」の一文を何度も読み返す。
(俺が敗者となった場合は、俺が巫としての力を失うんだろうな)
例えば、生殺与奪のような能力名称であれば、悠希はそのような推測を立てない。
ただ、与えられた能力は弱肉強食である。能力保持者だからといって、そのルールが適用されないと捉えるのは早計と思われた。
彼は危ういなと思いつつも、もう一つの固有能力に意識を向ける。
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固有能力(異界の巫):【強制回帰】
森羅万象は原初に回帰する。進化も退化も等しく無効となる。
再使用可能時間:二時間
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説明文は至極簡潔だった。
(分かりにくい――が、これはリスタートって意味で合ってるのか?)
悠希は自身の推測に確信が持てない。
(いや、待てよ。ゲームの世界に転移したからって、そのゲームの仕様が適用されてるって決めつけるのは危険じゃないか?)
悠希はターン制ありのカードゲームをやり込んでいた。
しかし、現実で敵と戦っている最中に、今は自分のターンであるから、敵は攻撃できないなどということが本当にあるだろうか。
何らかの不思議な力が働いて、戦いは双方交互に動くことを強制されるという可能性もないこともないが、その可能性を期待してはいけないのではと悠希は考える。
「もし、ターン制がないなら、納得の能力か。ターンが進み過ぎて強化されまくった邪神となんて戦いにもならないだろうし」
この仮説が正しいのか否か悠希にはまだ分からないが、初戦闘を行う前に必ず検証するべきであると認識した。
本来であれば、労せずして固有能力を二つも手に入れることができて、ラッキーだと思う性格である悠希だったが、初日の記憶の上書きが効きすぎた。
良く言えば慎重、悪く言えば臆病になった。
何かしら裏があるのではないか?
色々を考えた末での結論だった。
ひとまずの結論を下した悠希は現状を鑑みた。
「……面倒」
彼は率直な思いを口にした。
(一度でも負けたら、The Endかよ。何回負けても、最終的に勝てばいいって話はないのかよ!?)
厳密にいえば、リスタートによるコンティニューが一回可能なのだが、強化された敵と戦っても普通に負けるだろう。
リスタートは最初に実施するしかない。
しかも、再使用可能時間が設けられているため、戦闘では一度きりしか使えない。
負ければ、一巻の終わり。
「こんなん、勝てる勝負にしか挑まなくなるぞ!ロードしてコンティニューもできないなんて」
今の悠希では凶悪な邪神はもとより、現地人の巫にさえ負けるだろう。
今まで生き抜いてきた巫は、手札切り札をいくつも揃えているだろうし、戦闘経験も豊富とみた方がよい。
対する悠希は、初期山札を持ってるだけのゲーム経験者でしかない。
敵対は当然ながら、示威行為も控えるべきだろう。
もっとも、ボッチの悠希にはそもそも他人と接触することさえしたくないのだから、あまり注意する必要はなさそうであるが。
悠希はため息をつく。
「ガチャでも回すか」
気分転換には最適な方法だった。
山札を確認することを優先するべきとは思ったが、三十枚を検証するのは疲れる。
少し気分を落ち着かせたかった。
神書は悠希の考えが分かるらしく、自動的に神々之恩寵のページがめくられる。
そのページには、必要な神霊玉の数と所持数が記載されていた。
選択肢には、悠希の記憶どおり、一回と十連の二つがあった。
(この辺はゲームの仕様どおりか)
神世大戦というカードゲームは他のアプリゲームと同様に、ガチャは一回ずつ回せるし、十連で回すこともできる。
悠希は本来であれば、必ず十連で回すタイプの人間だった。
理由は単純に爽快感だったり、期待値が上がるというだけだったのだが。
しかし、さすがに異世界では、そのスタイルは貫けない。
今は少しでも手札を増やさなければならないから当然の判断だった。
悠希は迷わず、一回をタップする。
五つあった神霊玉がゼロになり、代わりに新たに獲得した神符のページが開かれる。
神書が自動的に所持神符一覧のページに移ったのである。
できれば戦闘に役立つカードが欲しい。
そう考えていた悠希だったが、カードの図柄を見てあんぐりと口を開ける。
日本神話には絶対に登場しない、現代の自動車が描かれていた。
「そんな、アホな……」
絵札はスマートフォンくらいの大きさで、上部と中部に絵が描かれており、下部には説明文が記載されていた。
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【神具】神気自動車
属性《全》
種類《機具》
紅玉《一》消費。
蒼玉《一》消費。
翠玉《一》消費。
黄玉《一》消費。
白玉《一》消費。
黒玉《一》消費。
攻撃力《零》。防御力《四》。
神の力で動く車。道の神のみ装備可能。
装備機能
・地形表示機能
・冷暖房機能
・照明機能
・後方画像撮影機能
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「知らない……こんなカード、知らないんですけど……」
悠希が初めて回したガチャ――神々の恩寵――から得た結果は、彼の知らない神符があるという驚愕の事実だった。
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