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第二十八話 予期せぬ固有能力

 夏月は怒りと屈辱に、身体を震わせていた。両手で刀をきつく握りしめており、あまりの握力に剣先までもが揺れている。


 その理由は明白だった。

 好きでもない男にいきなり己の身体をまさぐられたにも関わらず、そいつに報復するどころか取り逃がしてしまった。


 未知の巫術で上空へ消えてしまったという事実など、彼女には何の気休めにもならない。


 何の根拠もないというのに、仇敵が告げた現人神という言葉に感銘を受けてしまった。


 孤独な闘いを強いられてきた夏月には、救世主が現れたのかと希望を抱いてしまった。


 現人神が黒之妖鬼の魅了にかかるはずがない。

 現人神が自分に下卑た真似をするはずがない。


 そう思い込んでしまった過去の自分を深く恥じた。


(あのクズ野郎、明日来ると言ってたな。必ず……斬り飛ばしてくれる!)


 どこを斬り飛ばすとは言わないが、夏月は固く決意した。


 この時、異界に帰還した悠希の背筋に悪寒が走ったことを夏月は知る由もない。


 ともあれ、この場は戦場である。

 気持ちを切り替えなければならない。


 幸いなことにこれからやるべきことは、はっきりしている。

 目の前に、夏月を本気で怒らせた元凶がいる。


 夏月は一歩前に踏み出す。


「貴様が、あの馬鹿を魅了したせいで――」


 怒りをぶつける相手が消えてしまったため、夏月は八つ当たりする相手が必要だった。

 そして、それは目の前に七柱もいる。

 大変、結構なことだった。


 彼女は多少の疲れなど気にも留めない。

 その全身は強大な神気に満ち溢れていた。


「楽に死ねると思うな」


 夏月は虐殺を始めることにした。


 夏月の獲物を狙う表情を見た美貌の鬼神たちが、一柱残らず恐怖に顔を歪めた事実を悠希は知らない。


 疾風の如く手近な黒之妖鬼へと距離を詰め、敵が対処する間もなく一太刀浴びせる。

 袈裟切りにされた鬼神は鮮血を迸らせながら倒れ、その場から消滅する。


 一柱の鬼神を一刀のもとに斬り伏せ、次の標的を見定めていたその時、夏月の予期せぬ出来事が起こった。


『邪神黒之妖鬼を討伐しました。神代悠希の固有能力【弱肉強食】が発動しました。神符を一枚獲得しました』


 辺りに聞いたことのない女性の声が響いたかと思うと、黒之妖鬼が消滅した場所に神符が一枚落ちていた。


「…………は?」


 夏月は間の抜けた声を漏らす。


 彼女は主属性が陽、副属性が和魂とニ属性の巫である。

 自身の扱えない属性の神符を手に入れることは可能ではある。

 神を倒した場合、倒した巫に所有権があり、他の巫が手にしようとしても弾かれる。倒した巫のみが自身の神書に神符を収納することが可能である。

 他の巫がそれを欲した場合は戦って相手を倒した後に神書の中身を全て奪うか、神書を出し合ってお互いの神符を交換するというのが通例である。


 しかし、神符はそもそもとして、一度や二度の戦いで獲得できるものではない。


 何十回も神を倒せば、ようやく一つの神符を獲得できるかもしれない。

 それが、この世界の常識だった。


 夏月は落ちていた神符を拾い上げる。

 【勾玉】黒玉だった。


 常識を覆す事象が起きている。

 そして、その非常識は神代の悠希が引き起こしたということで間違いない。


 黒之小鬼、黒之鬼を神降ろししていたため、神代悠希の特殊な能力でそれが可能であるとは認識していたが、他人である夏月にも適用できるなどあまりにも異質過ぎた。


(奴は一体、何者なのだ?)


 神代の悠希はただ者ではなかった。


 その事実を認識して、冷や水を浴びせられたかのように夏月の頭が冷静になる。

 怒りに任せて突き進もうとしたが、待機状態になる。


 どの道、黒之妖鬼たちも大禍津日神に必ず殺せと命令されていながら取り逃がしてしまったため、せめて夏月だけでもとにじり寄ってくる。


 夏月はニ柱の黒之妖鬼を立て続けに返り討ちにした。二太刀振るえば、鬼神は呆気なく消え失せた。


 夏月は油断なく他の鬼神を警戒しながら、倒した敵に視線を投げる。

 彼女の予想通り、二柱が消えた場所に神符が一枚ずつ落ちていた。


『邪神黒之妖鬼を二柱討伐しました。神代悠希の固有能力【弱肉強食】が発動しました。神符を二枚獲得しました』


 拾った神符はどちらも【勾玉】黒玉だった。これで三枚の【勾玉】黒玉を獲得したことになる。


(どうして私にも適用されるになった?共闘したからか?いや、違う。共闘を始めてから、黒之鬼を倒した時にこんなことは起こらなかった。まさか、女の胸を揉むのが条件とか言わないよな!?)


 思わず怒りが再燃しそうになったが、夏月は何とか堪えた。

 感情で動いてはならない。理性をもって今そしてこれから起きる事実を受け止めなければならない。

 そうしないとこの場を乗り越えたとしても、その先で破滅してしまうような予感が夏月には沸き上がっていた。


 先ほどから聞こえる固有能力【弱肉強食】という能力には気掛かりしかない。


 勝てば神符を獲得できるようだが、その名称からして負けた場合に何らかの代償を支払わされる可能性が否定できない。

 それにその効果はいつまでなのかも気になる。この戦闘限りなのか、まさかとは思うがこの効果は死ぬまでなってしまったのか。


 負けるつもりは毛頭ないが、激情に駆られて特攻するよりも慎重に戦うべきであると武士としての直感が働いている。


 斬り飛ばす前に、あの男の正体を知らなければならない。

 固有能力【弱肉強食】について詳しく聞き出す必要性ができてしまった。


 夏月は悠希の手を取って、一本背負いをかました。

 肌と肌の接触が原因ではないかと推測できるが、確信には至らない。


 こうして夏月の心境は変化した。


 もし、この場に悠希がいれば、大いに喜んだことだろう。

 問答無用で斬りかかられることがなくなり、釈明の余地が残ったのだから。


 その後、夏月はさらに二柱の鬼神を仕留めた。


 一柱は神符を残したが、もう一柱は神符を残さなかった。

 その代わり、残存していた黒之妖鬼が一斉に現世から消失した。


 夏月が手に入れた神符は、【神降ろし】黒之妖鬼だった。


 彼女は戦いが終わった後も、しばらくの間その場に立ち尽くしていた。

 不完全燃焼といった感じで不機嫌さが隠せていなかった。


◇◆◇◆◇◆


『位階が上がりました。神霊玉を一つ獲得しました』


 そんな言葉を聞きながら、悠希は異界へ戻った。


「あー、そうですか。そりゃ、よかったですよー」


 戻ってからしばらくは落ち込んで、何もする気が起きなかった。


(あーあ、やっちまった。もはや体面もクソもない)


 ただ、いつまで落ち込んでいても過去は変えられないため、泣く泣く神書を開く。

 何故か戻ってきてすぐに言いようのない悪寒に襲われたため、何かをしなければならないという謎の使命感に駆られてもいたりする。


========================================

荒魂属性

 【加護】大禍時

 属性《荒魂》

 黒玉《二》消費。

 周囲一帯を神域化し、その内部を黄昏時に固定化する。

 この神域内にいる荒魂属性の攻撃力は《一》増加する。また、和魂属性の攻撃力は《一》減少する。

========================================


 悠希は戦いの最後に手に入れた神符の効果を確認した。

 この神符については、悠希の知識と変わらない内容だった。


(属性相克の神符、効果は俺の知ってる通りだな。はぁ、やっちまったことはもうどうしようもねえしな。今、確認できることは確認しとくか。明日のことはその後に考えよ)


 このまま引きこもっていてもしょうがない。後、問題は先送りするに限る。

 悠希は憂鬱な気持ちを抑えて、神託一覧を確認する。


========================================

・【神降ろし】を二十枚獲得せよ

・≪完了≫【加護】を五枚獲得せよ

・≪完了≫【神具】を五枚獲得せよ

・【呪詛】を五枚獲得せよ

・【禁厭】を五枚獲得せよ

・所持神符数につき八十枚を超過せよ

========================================


 星一つの神託につき、二つを達成していた。


(少しずつ、使える手札が増えてきたか)


 さっきは危うかったが、何とか戻ることができた。

 彼が今後も生き残るためには、神託をこなして手札を増やし続けなくてはならない。

 ただ、手札が増えた実感が持てたため、しばし感慨に浸った。


========================================

★の神託を達成しました。≪報酬:神霊玉一つ≫

★の神託を達成しました。≪報酬:神霊玉一つ≫

========================================


 当然ながら、報酬を獲得したのだが、報酬一覧から神託のページへ戻った際に悠希は我が目を疑った。


(ん?)


 神書は荒狂河専用の神託が追加される前までは、神託のページは左側に星型の記号が一つから四つまで、右側のページに星五つから八つまで記号のみ描かれていた。


 追加されてからは、星型の記号一つから四つが右側に移動しており、左側には荒狂河専用の神託が記載されている。


 その状態で、次のページが微かに輝いていた。

 一枚捲ると、星七つの神託の欄が輝きを帯びていた。

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