第二十四話 大禍津日神
悠希が自失している間でも、戦況は変わっていく。
戦巫女はさらに黒之鬼を二柱、黒之妖鬼を一柱仕留めた。
今の戦果は黒之鬼が四柱で残り六柱、黒之妖鬼が二柱で残り八柱となる。
見事という他ない技量だった。
彼女は少し息が乱れているようだったが、彼女にはまだ余力がありそうだった。
(敵が全然リポップしない。戦巫女も倒した敵を気にする素振りがまるでない。……これは、つまり、即座リポップは俺だけに適用されるとみた方がいいかもだな)
なんて面倒な仕様と思う反面、この場で確認できた意義はとても大きいと悠希は感じる。
もしかすると、固有能力として手に入れた弱肉強食の弊害かもしれなかった。
必ず神符を獲得させてあげる代わりに、邪神に憑依された神を確実に救ってほしいという切実な願いがあったのだろうか。
悠希に弱肉強食を与えた神の真意は、まさに、神のみぞ知る、であった。
悠希が考察している中、事態を一変する何者かが忽然と現れた。
突如として空中にいきなり闇が広がったかと思うと、その闇の中から謎の男が姿を見せる。
全身を漆黒の着物で纏い、そこから見える肌は黒とは対照的に病的と思えるほど青白い。
しかし、その眼差しは禍々しさを秘めていた。
その男は悠希がこの世界へ来た時のように、ゆっくりと身体が降下していく。
やがて、音もなく着地した。
その男を、いやその神を悠希は知っていた。
「大禍津日神……」
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【神降ろし】大禍津日神
神格《厄神》
属性《荒魂》
黒玉《四》消費。
攻撃力《四》。防御力《四》。
一ターンに一度、勾玉を使用せずに呪詛を発動できる。
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神世大戦における大禍津日神の能力である。
戦巫女の表情が激変していた。
冷静冷徹だった顔つきが瞬時に憤怒に染まってしまった。
その変化に、悠希は戦慄を覚える。
(待って!あんたがそんな表情したら、こっちの余裕が消失するんですが!?)
戦巫女が冷静沈着に戦えているからこそ、悠希は高みの見物を決め込んでいたのだ。
その状態が崩れてはかなり困る。
さすがに、神託もあるから見殺しにする気はないが、下手に加勢できない事情が発覚したのだから。
悠希の願いは叶わない。
戦巫女は怒りを隠す気もないようだった。
戦巫女の様子を見てあからさまに嘲笑する大禍津日神に、悠希は違和感を覚える。
(顔見知りだな。もちろん、悪い意味で)
それほどまでに因縁のある相手ということなのだろう。
本能のまま暴れ回っていた黒之鬼、黒之妖鬼たちが戦巫女から距離を置く。何柱もの鬼神が大禍津日神に向き直ると一斉に跪き、首を垂れる。
(……マジか)
この状況はどう見ても、大禍津日神が鬼神を支配下に置いている。
こうなると、先ほど戦った黒之小鬼も大禍津日神の配下である可能性が高い。
(その小鬼を倒して神符化したことで、ここには他の巫がいるかもしれないって――)
悠希の思考が強制的に止められた。
大禍津日神の眼光が彼の姿を鋭く射止めていたからである。
「ば、バレてる!?」
悠希は焦る。
大禍津日神の視線が向く先を怪訝に思ったであろう戦巫女にも同時に部外者が存在することを察知されてしまった。
「何者だ!?」
戦巫女の鋭い誰何の声に、悠希はどう答えるのが正解か迷う。
しかし、荒狂河の時のように、彼の言い分を聞かずに不愉快な思いをさせられるかもしれない。
悠希は開き直った。
「風来坊」
「……貴様、ふざけているのか?」
「大真面目」
戦巫女が顔を引きつらせているが、どうやら敵意を抱くほどではなかった。
因縁のある大禍津日神を目の前にして、むやみに敵を増やしたくないのかもしれない。
「まさかとは思うが、瑞流波の手の者ではないだろうな?」
悠希にとっては聞き馴染みない言葉だったが、戦巫女には重要な確認のようだった。
「知らん。何で、俺が瑞流波ごときに従わなきゃならん」
瑞流波という國か地域か判別できないし、そこがどの程度の戦力を備えているかも知らないが、悠希は正真正銘、孤独だった。
荒狂河には手を貸す方針となったが、瑞流波には従った覚えはないし、今後従う予定もない。
開き直りを続けた。
しかし、返答に対する戦巫女の反応は効果覿面のようだった。
「なっ!?」
(ん?効果ありすぎ?まぁ、いいか)
不確定要素を掘り下げても、意味はない。気にしないことにした。
「風来坊なら、ここに立ち寄る理由はないな?去れ!見ての通り、ここは戦場だ」
「まぁ、そうなんだけど」
悠希は言葉を濁す。
(嘘です。立ち寄る気満々でした)
「私に関わるな」
悠希の思惑など一考することなく少女の口から放たれたのは、はっきりとした拒絶の言葉だった。
(いっそ清々しいほどの拒絶っぷりだわ。そりゃ、そっちが協力を拒否したから、神託は達成となるなら喜んで消えるけどさ)
「貴様が何者であろうと、ここへ立ち入ることは禁ずる。速やかに立ち去れ!」
「あ、すまん。そりゃ無理だ」
大禍津日神を視界から外さないように警戒しながらも声を荒げる戦巫女に対して、悠希もまた拒絶の言葉を返す。
意外だったであろうその返事に、戦巫女が僅かな時間言葉を失う。
「……なぜだ?」
「俺に関わる気があろうがなかろうが関係なく、知らぬ間に関わっちまってたんだよ。おかげで、あの厄神に目を付けられた」
大禍津日神は悠希に注目しているため、動かない。
それを悟った戦巫女は臨戦態勢のまま、しばし考えを巡らす。
「……少し前に、黒之小鬼が全て消えた。さっきまではあの忌まわしい神が何らかの目的のために撤退させたと思っていたのだが」
「まさに、それだな」
悠希は黒之小鬼の神降ろしを発動した。
「今は、俺の手札ってわけ」
「なるほど。合点がいった。己の手駒を奪った貴様に、敵意を抱いているというわけか」
悠希を守るように前に出る黒之小鬼の姿を一瞥すると、彼女は得心したように頷いた。
黒之小鬼の瞳には憑依されていた時にはなかった理性が確かにあった。
「それで、貴様はどうするつもりだ?」
悠希は正直な気持ちを伝えながらも、最善の選択肢へ向けて誘導することにした。
「お互い不本意だが、共通の敵ができた。が、かと言って、俺らは出会ってばかりで味方でもない。だから、それぞれを干渉しない範囲で共闘しないか?」
「……そうするしかないか」
嫌そうに告げられると、悠希もムッと文句が出そうになる。
(ちょっと美人度が高過ぎるからって、断腸の思いみたいな感じで答えるな!)
心中では文句を言ったが。
大禍津日神が残存する鬼神の中で、黒之鬼と黒之妖鬼を一柱ずつ悠希へ差し向けてきたため、即座に内心を切り替える。
悠希は現在、六色の勾玉を四枚ずつ所持しており、全て山札に組み込んでいる。
(今、使用しているのは、大口真神用に白玉を二つ、黒之小鬼に黒玉を一つ。最優先にやるべきことは――)
黄玉、紅玉、蒼玉、白玉を一つずつ消費する。
それぞれの勾玉の色が失われる。
「揺蕩うゆえ、閃くゆえに見極めること叶わず、ゆえに汝らが我に触れること能わず。【加護】陽炎稲妻水の月!」
悠希は我が身の安全を確保した。




