第二十二話 恍月へ
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「我が巫術、今ここに発現せよ。我が道を示し給え。【神降ろし】道俣神。我が道を走れ。【神具】神気自――」
『お待ちなさい、神代悠希』
「はい?」
地上へ降り立つと、悠希はすぐに道俣神の神降ろしを発動した。
そのまま【神具】神気自動車を装備させようとしたところ、その女神から待ったが入った。
『先に、道標の杖をお試しなさい』
助言された悠希はなるほどと納得する。
確かに、知らないカードを検証しておいた方がいいだろう。
巫術の源であり言霊となる呪文はカードを手に入れた瞬間、不思議と頭の中に入り込んでいる。
さっそく、その言葉を紡いだ。
「道の神に確かな道筋を。【神具】道標の杖」
道俣神の手の中に、純白の杖が顕現する。杖の上端は勾玉のような形をしていた。
道俣神が右手にある道標の杖の下端を地面に触れさせる。
そして、道標の杖から手を離した。
杖の下端は丸く加工されているため重力の影響を受けて、道標の杖がバランスを崩す。
カランと軽快な音が鳴る。
悠希から見て、道標の杖の上部の先端が右に倒れた。
道俣神がその方向を指し示す。
(んん?)
悠希に嫌な予感が浮かぶ。
『神代悠希、あなたが目指すべき道はあちらとなります』
「えぇ?」
真面目な顔つきで断言されて面食らうしかなかった。
「……………………これだけ?」
『はい』
女神様の即答に、眩暈を覚える。
「……神気自動車のカーナビの方がより精確なんじゃ?」
『その通りですね。あえて言えば、あなたが手に入れる順番を間違えただけかと』
女神の糾弾ともとれる言葉に、悠希は脱力して両手、両膝を地面に着かせて崩れ落ちた。
(いやいやいや!間違えたって何?神々之恩寵じゃ選んだカードなんて手に入らないんだぞ?ガチャだぞ、ガチャ!ランダムに決まってるじゃん!?)
女神様に面と向かって抗議する勇気もないため、悠希は心の中で盛大に愚痴る。
【神具】道標の杖が、二度と使わないであろうゴミカードに確定したひと時だった。
悠希は何度も深呼吸を繰り返し、何とか平常心を取り戻す。
「我が道を走れ。【神具】神気自動車」
気を取り直して女神様に神気自動車を装備してもらった。
一瞬の後に助手席に座っていた道俣神に若干顔を引きつらせながらも会釈して運転席に座り、車の電源を入れてカーナビを表示させる。
「恍月ってのは、どの辺なんだ?」
神世大戦では、大和の巫としてオンラインプレイヤーと戦うゲームである。
位階を上げるためにNPCと戦うことも可能であるが、『流離の巫』や『山賊の巫』などのように固有名称がない。
また、期間限定のイベントとして地名が出てくることもあるが、大和全土において一番偉いとされる國皇が直接統治する天都やその周辺地域の地名が多少出てくるだけであり、荒狂河や恍月という地名は悠希にとって知らない情報だった。
荒狂河周辺をしばらくドラッグしてみたが、恍月は見つかっても天都は見つからなかった。
なお、道標の杖が示した通りの先に、確かに恍月はあった。もっとも、悠希がその点に触れることはなかったが。
ともあれこの地域は、恐らく天都から遠く離れた辺境に位置するのだと悠希は推測した。
(まぁ、見つけたとしても行くかは微妙だしな)
成り行きとはいえ、氷見華と小百合、重兵衛に対して悠希はあからさまに見栄を張ってしまったのだ。当然ながら、彼は荒狂河専用の神託をこなすことを優先しなければならない。
(あそこまで大見得切っておいて、やっぱ無理でしたなんて言おうものなら……問答無用で殺されかねないな……)
あってほしくない未来を想像して思わず身震いしてしまった。
悠希は雑念を振り払いつつ、ナビを再確認する。
「さて、行きますか」
悠希がこの大地にいられる時間は二時間しかない。道標の杖の検証と、カーナビの確認によってあと一時間半くらいになっている。
目的地に少しでも近づけるように悠希は神気自動車を発進させた。
◇◆◇◆◇◆
車の運転は三十分で終わってしまった。
木々の間隔が狭くなり、行く先が車では通れない獣道になってしまったからである。
【神降ろし】道俣神、【神具】神気自動車に対する巫術を解除した。
敵に倒されない限り、巫術は何度でも発動できる。
しかし、己の身体一つでこの先を進む勇気など悠希には全くない。
どこに邪神が潜んでいるか分かったものではない。
万が一、奇襲でもされたら人生が終わってしまうという確信がある。
奇襲されても悠希の身ごと守ってもらえそうな神を降ろすことにした。
「誇り高き白狼の神よ、我が呼び声に応じ給え。【神降ろし】大口真神」
【神降ろし】大口真神の神符が形を失う。
味方を鼓舞し、敵を威圧する強烈な咆哮をあげる犬神の姿を幻視した。
真っ白で巨大な狼が悠希の目の前に現れた。
睥睨するように、悠希を見つめている。
「あ、あのー、御身の背中に、私を乗せてもらうことは可能でしょうか?」
その見た目から下手に命令すれば、頭から丸かじりされるかもしれない。
悠希は少しばかりの恐れを抱きながら、できるだけ下手にお願いしてみる。声が震えてしまったが、今回ばかりは仕方がない。
ゲーム時代は何度も使ったカードだが、現実で狼と遭遇した経験など今回が初めてなのだから。
大口真神は道俣神と異なり、声を出さないが、大きく頷きを返してくれた。
悠希の口から安堵の息が漏れた。
大口真神の背にまたがると、犬神はゆっくりと移動を開始した。
大口真神の体毛はフワフワの滑らかだった。
揺れを最小限に抑えるように、一定の速度で走ってくれている。
威圧感溢れる大口真神だが、優しさを伴っているようだ。
(ありがたい。これで奇襲されたとしても、この神様なら俺ごと背負って回避してくれるはずだ)
悠希が大口真神を選択した理由である。
それからしばらく探索を続けた。大口真神は徐々に速度を速めていく。
(ああ、巨大な狼に乗って、獣道を駆け上がる。まさか、妄想じみた夢の一つが叶うなんて……)
悠希は周囲を警戒しつつも、秘かに感動していた。
しかし、その感動を味わえる時間は短かった。
『ギャギャギャッ!』
不意に上がった大声に、大口真神は即座に足を止める。
その反動で宙に放り出されそうだった悠希は、全身で白狼に抱き着いて何とか堪えた。
「あ、危ねぇ」
少し動揺してしまったが、それと同時に図らずも大口真神の抱き心地が最高であることを知ることができた。
そんな悠希を余所に、全身の肌が黒色の子供くらいの身長の小鬼がこちらににじり寄ってきた。
(黒之小鬼)
以前、手に入れた緑之小鬼の荒魂属性版である。
神世大戦におけるオリジナル要素の鬼神だった。
攻撃力、防御力ともに《一》であり、大口真神の敵ではないのだが、黒之小鬼の歩みに迷いはない。
理性があれば勝ち目がないと威嚇の声を上げて近寄るどころか、そもそも姿を現さないはずだ。
これが邪神に憑依されてしまった結果ということに他ならない。
憐れみを抱いた悠希は黒玉を一つ使用して、【神降ろし】八十神を発動した。
黒之小鬼と八十神は攻撃力、防御力が同じであるため、相討ちとなる。
その予想通り、黒之小鬼と八十神は双方戦いを挑み、諸共に幽世へ落とされた。
八十神が幽世へ移ったため、輝きを失っていた黒玉が元に戻る。
『邪神黒之小鬼を討伐しました。固有能力【弱肉強食】が発動しました。神符を一枚獲得しました』
(さて、連戦か?それとも――)
新たに獲得した神符は、【神降ろし】黒之小鬼だった。
黒之小鬼に取り憑いていた邪神は常世へ落ちた。つまり、死んだのであった。




