第十九話 災禍に至るまで
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地属性
【神降ろし】矢乃波波木神
神格《屋敷神》
属性《地》
翠玉《一》消費。
攻撃力《一》。防御力《一》。
屋敷内を祓い清める。
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悠希は本日のログインボーナスの内容を確認し、検証した。
その結果、矢乃波波木神の能力は掃除とゴミ捨てであることが判明した。
屋敷内で埃一つ残らず、便所の中身も消失したようだった。
生活するうえで大変重要な神符であると、悠希は打ちのめされてしまった。
ともあれゴミがどこに捨てられるのか疑問に残るが、悠希は深く考えずに謎は謎のままにすることにした。
朝食をとった後は、重兵衛に会うために大和へ移動した。
「よぉ、来てくれたか。待ってたぜ」
悠希が舞い降りると、重兵衛が当然のように待ち構えていた。
二度目とはいえ、人が宙を浮かんでいる姿に顔を引きつらせていたが。
悠希としては一応の約束はしたものの、すっぽかされることも考慮していたため、ひとまず安堵した。
「ああ。神酒は美味かった。またほしいくらだった」
「そうか。そりゃ、良かったぜ。今日の帰りにも渡すことにしよう」
重兵衛も悪い気はしていないようだった。
重兵衛は会話が途切れると一度瞑目し、深呼吸した。
彼が目を開けると、その眼差しはギラギラと猛っていた。
突然の変貌に、悠希は無意識に身構える。
悠希の様子に気づかないまま、重兵衛が語りかける。
「会ってほしい人がいる」
重兵衛のただならぬ気迫に、悠希は思わず頷いてしまった。
「助かる。では、案内する。付いてきてもらいたい」
二人は荒狂河の中へ足を踏み入れた。
村人たちから好意的とはとても思えない視線が悠希へ次々と突き刺さる。
彼が歓迎されていないことは一目瞭然だった。
悠希はそんな人々の様子を一瞥した後に、無表情のまま重兵衛に顔を向ける。
「帰っていいか?」
「頼む、待ってくれ」
重兵衛は懇願で応じる。
悠希はため息を一つつくと、重い足取りで先導する重兵衛に付いていった。
村の中央にある、神社の中へ入る。
とある部屋に入室すると、二人の女性がいた。
「紹介する。こちらが荒狂河の長で氷見華嬢、こちらがその妹君の小百合嬢だ」
重兵衛は悠希に二人を紹介すると、今度は二人に向き直る。
「二人とも、こちらが昨日我々を助けてくれた悠希殿だ」
悠希は氷見華と呼ばれた女性の美貌に目を奪われる。
しかし、彼女の眼差しが他の村人と同類だったため、露骨にげんなりした。
氷見華の顔つきが険しくなるが、悠希は取り繕う気も起きない。
「……外の人間がここに何の用かしら?」
氷見華が苛立たしそうに質問する。というよりも、詰問だった。
「こんな場所に用なんて一切ない。そこの男が頭を下げてきたから、しょうがなく来ただけだ」
悠希は自分でも驚くほど冷淡な声で答えた。
二人の間に緊張が走る。
「氷見華嬢、彼は俺の客人だ。喧嘩腰はやめてもらいたい」
重兵衛が即座に介入した。
氷見華は重兵衛を不服そうに睨むが、重兵衛は動じなかった。
「何が目的か分からないけれど、化けの皮が剝がれる前に、退散した方が身のためよ」
氷見華は言い終えると、悠希の反応を待つこともなく歩き去ってしまった。
「……帰っていいよな?」
悠希は目元をピクピクと引きつらせながら重兵衛に問いかける。
彼はもう帰る気満々だった。
「頼む。頼むから、待ってくれ!」
重兵衛が勢いよく頭を下げる。
「不愉快な気持ちにさせてしまったのは、本当に悪かった。だが、お前さんの助けがなぜ必要なのか分かってもらうためには、あの方に会ってもらう必要があったんだ」
悠希の渋面は変わらない。
なぜ、こんな苦行を続けなければならないのか?
そんな彼に、もう一人の少女が話しかけてきた。
「あ、あの、昨日はすみませんでした」
小百合が悠希に話しかけてきた。
彼女は他の村人のように不快そうな表情をしていなかった。
ただ、悠希が視線を向けると、怯えたように身を縮こまらせてしまう。
(……なんか、俺が苛めてるような感じになってないか?)
「し、失礼します」
小百合は足早に立ち去ってしまった。
昨日のことを謝罪されるということは、小百合もあの場にいたということになる。
ただ、それについて何かを言う前に、小百合も退室してしまった。
訳が分からないが、悠希は気持ちを切り替える。
「……で、会ってほしい人ってのは、あの高慢ちきな女で合ってたのか?」
悠希は半眼になりながら、重兵衛に問いかける。
「氷見華様で間違いなく合っているとも。ただ、彼女があんな態度をとるのは余所者に対してだけであり、それには相応の理由があること。身内にはとても優しいということを頭の片隅にでも留めておいてくれると助かる」
重兵衛は嚙み砕くようにゆっくりと言葉を重ねた。
小百合が目に見えて怯えた理由も同じで、身内にはそうでもないが余所者には心を開くことが難しいと説明する。
悠希には全く理解できないが、話を進めることにした。
「で、いい加減話してくれないか?余所者である俺に何をさせたいのかを」
悠希は本題に入ってほしいと切り出すと、重兵衛は重々しく頷いた。
「ああ、そうだな。だが、その前に、見てもらいたいものがある――と、今から巫術を発動してもいいか?無論、攻撃ではなく、見てもらいたい神符があるのだ」
重兵衛の意図が悠希には分からないが、頷きを返す。
重兵衛は巫術を発動し、彼の神書が宙へ浮かび上がった。
八雷神との戦闘時は気づかなかったが、重兵衛の神書は悠希のそれより厚さが半分もなかった。
(俺のは辞書とか大事典とかくらい分厚いんだが。属性の数が俺より少ないからか?)
重兵衛は宣言どおりなら二属性の巫となる。
一方の悠希は六種類、全属性の巫である。
その差なのかと咄嗟に仮説を立てるが、重兵衛が差し出してきた神符の内容に興味が移る。
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【呪詛】八塩折之酒
属性《水》
蒼玉《幾重》消費。
敵を昏睡状態にする。
勾玉の消費数によって、対象数が変わる。
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悠希はしばし沈黙する。
「……これを使いたい相手がいるのか?あの女?」
「使いたい敵がいるが、氷見華嬢ではない。これを使うことによって敵を鎮め、彼女は救われる、はずだ。お前さんの助けを得られればだけどな」
悠希は真意を窺うように重兵衛を見つめる。
重兵衛は目を逸らすことなく、堂々と悠希を見据える。
悠希が根負けしたかのように話を促すと、重兵衛は一礼する。
「もう一つ、案内したい場所がある」
悠希は言われるがまま階段を上り、襖を開ける。
開けた先は渡り廊下だった。
一階が見通せる位置にいた。
「ここは?」
「……楔の間と、呼ばれるようになった」
重兵衛が顔を強張らせていた。
彼の視線の先には、一階で氷見華が懺悔するように両手を胸の前で組んでいる。
つい先ほど悠希と会った時の態度が虚勢であったかのように、彼女の全身が震えていた。
そして、彼女の目の前には蠢く何かがいた。
その正体を悟った悠希は絶句した。
よろしくお願いいたします。