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第十七話 重兵衛の思惑

 重兵衛は呆然と悠希を見送った後、すぐに荒狂河に戻った。


 無知なる巫は、常識の外にいる存在だった。


(神からお告げされるから、普通の巫ではないと思っていた。思っていたが、まさかこれほどとは……)


 彼は長年苦楽を共にしてきた仲間たちの制止を振り切って、無知なる巫と思われる青年と接触を図った自分を盛大に自画自賛した。


 悠希という名の青年は、彼の予想を遥かに超える人物だった。


 荒狂河に愛想を尽かした巫がどこに向かうのか手がかりだけでも回収しておきたい。

 そう思っていたが、まさか天に帰還するとは夢にも思わなかった。


 想像の埒外の存在だった。


 今日の出来事を思い返しながら、自身の主の家にたどり着く。


 彼が来訪を告げると、使用人によって主人の居室に案内される。


「入りなさい」


 恐ろしく冷たい女性の声が響いた。


 しかし、重兵衛が取り乱すことはなかった。

 彼が平静に部屋に足を踏み入れると、中には二人の女性がいた。


 一人は気の強さが前面に出ている美女だった。

 身長が高く、長い黒髪を無造作に後ろに流している。

 両手首には金属製の腕輪が、首元には青い宝石がそれぞれ光沢を放っている。

 露出が多く、彼女の胸元には豊かな谷間が見え隠れしている。

 自身の美貌に絶対の自信を誇っている女性だった。


 もう一人は内気な童顔の美少女だった。

 小柄な身長で、黒髪を三つ編みにしている。

 こちらの少女は装飾品を一切付けていなかった。

 彼女の服装は露出こそ少ないが、服を押し上げる豊かさは姉と同格だった。


 派手な美女と清楚な美少女。

 見た目も印象も対照的で似ていないが、二人は仲の良い姉妹だった。


 姉の氷見華と妹の小百合。

 どちらも重兵衛が仕える主人にあたる。


 氷見華こそ先代である荒狂河の長の息女であり、また現在の長であった。


 重兵衛は荒狂河の中で、二番目に強い巫である。

 一番目は、術士型の氷見華である。


 そして、一位と二位の戦力差は圧倒的だった。

 重兵衛は年下の女に負けていることになるのだが、悔しさはまるで感じない。


 氷見華は神に愛されている。

 そう思えるほどの天性の才能があった。


 彼女は主属性が水、副属性が荒魂である。

 彼女であれば、属性相克で不利であったとしても、八雷神とも互角の戦いに持ち込むことはできただろう。


(彼女が、万全の状態であればな……)


 重兵衛は内心で嘆息する。

 彼は二人の主に表情で悟られないよう、会う前から気を引き締めている。


 小百合は姉と同じく術士型の巫であるが、回復や防護の面で力を発揮するため一人では戦えなかった。

 重兵衛と同じく、彼女は主属性が水、副属性は地であった。

 心優しく、争いを好まない彼女が回復や防護に特化することは自然な流れだった。


 先ほど冷然とした口調で命令した氷見華が再度口を開く。


「負けそうになったと聞いたわ。そして、外の巫が出しゃばったとも」


 氷見華は不機嫌そうに問いかけてきたが、重兵衛には敗北を責められているわけではないと知っている。

 彼女は外の巫が気に入らない。

 身内である荒狂河の人間には優しく接するが、外の人間は信用しない。

 先代である彼女の母が災禍の楔とされた時、彼女は心を凍てつかせてしまった。


「負けそうになったところで助けられたな。でも、お嬢、瑞流波みずるはの連中ではなかったぞ」


 重兵衛はかつての自分たちの政争相手を引き合いに出した。


「瑞流波は私たちの物だったのに、あの薄汚い裏切者のせいで……」


 氷見華が端正な顔立ちを歪めて、吐き捨てるように呟く。

 小百合は悲しそうに俯いてしまった。


 相手が卑怯な手を使ったとしても、過去は変えられない。

 自分たちは敗者として、瑞流波から荒狂河に追い出されてしまったのだ。


 二人には思い出したくないことだろう。

 彼自身思い出したくもなかったが、悠希という巫の比較対象にはもってこいだった。


「それで、何で奴らじゃないって分かるのかしら?」


 氷見華が話を切り替える。

 重兵衛もいつまでも過去の話をする気はないので、それに応じる。


「そりゃまあ、とんでもないものを見せつけてくれたからな。あの男は、瑞流波に使われる程度の男じゃない。逆に、瑞流波を顎で使うぐらいの器量の持ち主だ。実際に見てみれば分かるぞ」


 重兵衛の言葉に、姉妹は軽い驚きを見せた。

 彼は小百合へ問いかける。


「お前さんも見ただろう。あの男が、瑞流波の奴らと同類に見えたか?」


 氷見華はやむを得ない事情があったがゆえに八雷神を見ていないが、その他の巫は全員八雷神を迎撃するためにあの場にいた。

 当然ながら、小百合も現場にいた巫の一人だった。


 残念ながら、荒狂河の巫の大多数は、瑞流波に所属する巫だと捉えてしまった。


(小百合嬢もあいつらと同じ意見なのか、確認しておかないとまずいからな)


 一人を説得するのか、二人を説得するのかで重兵衛の対応は異なってくる。

 彼は小百合の意見を聞いておきたかった。


「……見えなかったです」


 小百合は姉を気遣いながらも、自身の考えを口にした。

 氷見華は妹の発言に目を疑うような表情になり、小百合は申し訳なさそうに眉根を寄せた。


 重兵衛は秘かに安堵した。


 彼は事代主神から授かった託宣について、氷見華と小百合には知らせていない。


 いかに神の御言葉であれ、安易な希望は失敗した際に、より深い絶望に変わる。

 二人は今でさえ絶望感に囚われないよう健気に振舞っているのだ。


 二人は過酷な運命を背負ってしまった。

 重兵衛はこの二人に憐れみを抱き、二人に背負わせてしまった自分自身に屈辱を覚えている。


 重兵衛は確証が持てるまでは、お告げを話すつもりはなかった。


 しかし、託宣を話していないゆえに、二人は重兵衛がなぜ悠希にこだわっているのか理解できなかった。


 重兵衛は目的については曖昧なまま、二人に友好を求める必要があると諭した。


「それじゃ、重兵衛さんはあの人に協力を求める必要があるって言うのですか?」


 小百合が心配そうな顔をしながら、重兵衛の答えを待つ。


「あるな、大ありだな」


「なぜ、そんな会ったばかりの奴を信じられるっていうの?」


 氷見華は苛立ちを覚える。小百合は不安を覚える。


 対して、重兵衛の言葉は簡潔だった。


「明日、彼と会えば全て分かる」


 重兵衛は笑みを浮かべた。

 今までは二人を心配させないよう余所余所しい笑みだったかもしれない。

 無力感に苛まれて弱々しい笑みに見えたかもしれない。


 しかし、今日からは違う。

 希望の光が灯ったのだ。


「ところで、お嬢、俺らが八雷神と戦ってた前後で体調に変化はなかったか?」


 氷見華は心当たりがあったのだろう。重兵衛の質問に瞠目していた。


「……おぞましい神気がほんの一瞬だけ消えたわ」


 小百合が姉の言葉に目を見張った。


「そうだろう!そうだと思ってたぞっ!お嬢!」


 重兵衛は会心の叫びを上げる。


「あんたには……あれが、なぜか、理由が分かるって言うの?」


 氷見華の言葉は震えていた。

 理由を知りたいが、あまりにあり得ない現象だった。

 彼女は自分では知り得ることではないと無理矢理納得していたのだろう。


「あの男を味方にできれば、荒狂河の歴史は変わる。荒狂河は流刑地の名ではなくなるかもしれん」


 重兵衛は重々しく見解を示した。


 美人姉妹は仲良く絶句した。


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