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第十六話 重兵衛


「俺には話すことがないんだが?」


 悠希は冷ややかに答える。


「頼む!聞いてくれ!」


 重兵衛がいきなり土下座した。


 さすがにそこまでされるとは思っていなかった悠希は面食らう。

 重兵衛は頭を地面につけたまま、上げようとしない。


「確か、重兵衛だったよな?分かったから、頭を上げてくれ」


 重兵衛が顔を上げ、安堵したような表情になった。

 彼は立ち上がりながら、悠希に話しかけてきた。


「まずは、自己紹介からさせてくれ。俺の名は重兵衛。武士型の巫だ。主属性が水、副属性が地だ」


(この男は、二属性の巫ってわけか。ってことは、全属性の俺は異常になるのか?そうなるとしたら、さすがにチートか。……知ったことじゃないな。神世大戦を知ってて、特定の属性しか使えないなんてことになってたら発狂ものだからな)


 悠希は訳も分からないまま異世界転移したため、チートの可能性を割り切る。

しかし、同時に知らない単語が出てきて首を傾げる。


(それにしても、武士型?何だ?それ)


 考え事をしている悠希の様子を重兵衛が真剣な面持ちで窺っていた。


「頼むから挑発として受け取らないで聞いてほしい」


 重兵衛が妙な前置きをした。


「巫であろうがなかろうが、武士型が何か分からない奴はいるわけがない。にもかかわらず、あんたは武士型の意味が分からない。違うか?」


 悠希は口を閉じるしかなかった。

 しかし、沈黙は肯定となる。


「あんたが他所の間者なら、そんな下手過ぎる真似はしなかっただろう。だが、我が神の一柱、事代主神ことしろぬしのかみが俺に乗り移ってお告げをくださった」


 悠希は事代主神の神格は託宣神だったことを思い出し、続きを促した。


「お告げの内容は『無知なる巫を求めよ。さすれば、災禍を鎮められよう』だった。それを今朝くださったんだ!正直、さっきまでまるで意味が分からなかった。でも、今なら分かる気がするんだ!」


 重兵衛が熱弁を振るう。


「どうなんだ?俺が武士型の巫で、あんたは術士型の巫だってこと、知らなかったんじゃないのか!?」


 悠希は情報を整理するために一度頷きを返す。


(武士型が重兵衛。俺は術士型。うん、そんなことは知らん。神世大戦じゃ巫に区分けなんかなかったし。しかし、託宣とくるか。災禍ってのは八雷神のことか?いや、違うか。八雷神なら、この男が俺を追いかけてくる理由がなくなるはずだ。つまり――)


 悠希は彼に問いかける。


「神憑りをするのが武士型。神降ろしをするのが術士型ってことで合ってるのか?それと、あんたは災禍とやらを鎮めるために俺に協力しろと?」


 重兵衛は激しく首を横に振る。


「ち、違う!あ、いや武士型と術士型はその理解で問題ない。荒狂河の脅威を退けてくれた恩人に協力しろなんて命令できるはずもない。ただ、厚かましくも頼みたいんだっ!このままじゃ、俺たちの旗印が――」


 重兵衛は言葉を続けなかったが、悠希には死ぬと読み取れてしまった。


 悠希はどうしたものかと思案する。

 率直に言えば、もう関わりたくなかった。


 そんな悠希の心情を察したのか、重兵衛が何度も頭を下げる。


「改めて謝罪する。村の連中には厳しく言っておく。ただ、あいつらがなぜ命の恩人にあんな対応をしたのか説明させてほしい」


 この世界の情報は少しでも取得した方がよい。

 そう判断した悠希は不機嫌さを隠そうともしないが、渋々了承した。


「荒狂河の村民は皆、敗北者たちなんだ。とある勢力との権力闘争に敗れ、先代の村長は騙し討ちに遭い、無理やり災禍を鎮める楔にされてしまった」


 重兵衛の口調に諦観が滲み出る。


(楔?)


 悠希にはその意味が不明だったが、彼は構わずに話を続ける。


「荒狂河とは先代の墓標にして、その一族を縛る牢獄になってしまった。だから、この村の人間は余所者を信じない。……俺自身、お告げがなかったら、連中と同じ対応をしていた可能性が高い」


 重兵衛は罪を告白するように囁いた。


禍津神まがつがみが襲来しても、余所からの援軍は期待できない。自分たちだけで戦うしかない。お前が来てくれなかったら、今日で滅ぼされ、災禍も復活したかもな」


 重兵衛は自嘲を滲ませながらそう締めくくった。


 禍津神とはいわゆる悪神とされる神々のことである。

 この世界の人々は邪神とよばれる存在に神々が憑依されていることを知らない。


(それはこの際どうでもいい。問題なのは、この男に協力するか否か)


 話を聞いた限りでは、同情すべき点はありそうだった。

 しかし、悠希からすれば、どんなことであっても知ったことではなかった。あくまでも他人事だった。


 重兵衛は協力を求めたい理由を説明する。


「神は俺たちを見捨てなかった。なぜ神が無知なる巫を求めよとおっしゃったのか、その理由も判明しているんだ。あんたが見せてくれた、恐らく固有能力!あれこそが紛れもない救世の御業だ!」


 重兵衛が興奮した叫びを上げているが、悠希は逆に顔を険しくする。


(強制回帰のことか。効果は絶大だけど、あれが必要ってことは災禍は相当やばいんじゃないのか?)


「ところで、あんた――、すまん。気が急いて、こちらの事情ばかりだった。名前を教えてくれないか?」


 悠希としても、情報を引き出すばかり考えており、今更ながら名乗っていないことに気づかされた。


「悠希だ」


 悠希には苗字が通じるか判断が付かなかったため、省略した。

 また、偽名を名乗ることも一瞬考えたが、この世界で悠希を知っている者は彼らだけであるため、本名を名乗ることにした。


「そうか、悠希という名か。覚えておく。協力してもらえるか、考えてもらえると助かる。ところで、悠希殿は酒は好きか?」


 唐突な質問に、悠希は咄嗟に答えられなかった。


 悠希は十九歳の未成年である。

 彼にはまだ酒を飲む機会はなかった。


「……分からない」


「そ、そうか。じゃあ、この機会に試してみないか。我が神の一柱に少名毘古那神すくなびこなのかみという酒造りの神がおられてな。助けてくれた礼として、神酒を贈らせてもらいたい」


 悠希は当然ながらその神を知っている。

 何せ、神格が別とはいえ、その神符を保持しているのだから。


 そして、彼は受け取ろうと思った。

 酒にはあまり興味が持てなかったが、神酒となると話は変わってくる。

 日本にいた頃には飲めるはずもないものをもらえるなら、是非とももらいたい。


「ありがたく、いただこうかな」


 重兵衛は安心したように微笑し、神憑りを発動した。


 見覚えのある少年の神が重兵衛の中に入っていった。


 神を憑依させた重兵衛が両手を前方へかざすと、徳利と水の塊が音もなく出現した。

 宙に固定された徳利に、清水のような水の塊が形を変えて吸い込まれていく。


 水の塊――恐らく酒なのだろう――がすべて徳利の中に消えると、徳利の蓋が自動的に栓をした。


 徳利がゆっくり移動し、悠希の眼前に浮かぶ。

 悠希がそれに落ちないよう両手で触れると、重力が舞い戻ったかのように重みが戻った。


「もし気に入ったなら、いつでも言ってくれ。いくらでも用意するから」


 神憑りを解除した重兵衛が話しかけてくる。


 悠希はそれに頷くと、間もなく緑之小鬼が前触れもなく消えた。


 重兵衛は何事かと慌てるが、悠希にはその理由が分かっていた。


「時間か」


 悠希の身体が宙に浮き始めた。


 驚いて言葉もない様子の重兵衛に、一言伝える。


「明日、この時間、この場所に」


 我に返った重兵衛が何度も頷いた。


 悠希は異界へ帰還した。


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