第十五話 強制回帰
「強制回帰!」
悠希を中心として、無色透明の球体が形成される。
それは瞬く間に広がり、荒狂河全体を覆うほど巨大な範囲となる。
八雷神の身体を、巫たちの身体を何の抵抗もなく透過した。
効果は誰が見ても覿面だった。
悠希が降ろしていた道俣神が神符に戻っている。
彼が素早く視線を走らせると、巨漢の男自身に降ろされていた天手力男神も同様に消えていた。
そして、八雷神はあからさまに弱体化した。
頭部の大雷神を除く七つの鬼面が消えた。
神降ろし前の状態に戻ったのだ。
予想を遥かに超えた効果に、悠希は会心の笑みを浮かべた。
『キ、貴様ッ!何ヲシタ!』
如何に邪神とはいえ、大雷神は悠希が異界の巫であることも異界の神使であることも知らない。
弱者を蹂躙しようと思ったら、その力があからさまに減衰されてしまった理由が全く分からない。
当然ながら、悠希に説明する気は毛頭ない。
敵が混乱している間に、終わらせるつもりだった。
(さて、敵の能力が俺の記憶どおりなら助かるんだけどな)
悠希は八雷神の能力値を思い返す。
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【神降ろし】大雷神
神格《雷神》
属性《天》
黄玉《二》消費。
攻撃力《二》。防御力《三》。
自身への攻撃を他の八雷神へ分散することができる。
【神降ろし】火雷神
神格《雷神》
属性《天・陽》
黄玉《一》消費。紅玉《一》消費。
攻撃力《二》。防御力《二》。
一ターンに一度、地属性の神の防御力を《一》減少させる。
【神降ろし】黒雷神
神格《雷神》
属性《天》
黄玉《一》消費。黒玉《一》消費。
攻撃力《二》。防御力《二》。
一ターンに一度、和魂属性の神の防御力を《一》減少させる。
【神降ろし】拆雷神
神格《雷神》
属性《天》
黄玉《一》消費。
攻撃力《一》。防御力《一》。
一ターンに一度、敵の加護を破る。
【神降ろし】若雷神
神格《雷神》
属性《天》
黄玉《一》消費。
攻撃力《一》。防御力《一》。
一ターンに一度、八雷神の攻撃力または防御力を《一》回復させる。
【神降ろし】土雷神
神格《雷神》
属性《天・地》
黄玉《一》消費。翠玉《一》消費。
攻撃力《二》。防御力《二》。
一ターンに一度、天属性の神の防御力を《一》減少させる。
【神降ろし】鳴雷神
神格《雷神》
属性《天》
黄玉《一》消費。
攻撃力《一》。防御力《一》。
大雷神が場に存在する場合、黄玉を消費せずに神降ろしできる。
【神降ろし】伏雷神
神格《雷神》
属性《天》
黄玉《一》消費。
攻撃力《一》。防御力《一》。
攻撃不可。
一ターンに一度、八雷神の攻撃力または防御力を《一》増加させる。
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悠希は自身が所持する神符の効果から、一ターンに一度、を十秒間に一度と仮定する。
あまり猶予はない。
「【神降ろし】緑之小鬼。【神具】銅剣」
悠希は翠玉を二つ消費し、降ろした緑之小鬼に銅剣を装備させた。
緑之小鬼は攻撃力《二》、防御力《一》となる。
狼狽していた大雷神は悠希の意図を悟ると、さらに慌てた。
『クッ!出デヨ、若雷――』
「遅い。【加護】癒しの霊薬」
緑之小鬼はすでに大雷神に斬りかかろうとしていた。
大雷神の攻撃力《二》、防御力《三》であるが、緑之小鬼の攻撃力は属性相克により《三》に増加する。
このままでは相打ちになるが、癒しの霊薬を発動したことにより、敵一柱の攻撃を「二」軽減される。
その結果として、大雷神は倒れ、緑之小鬼は生き残った。
『大雷神を討伐しました。固有能力【弱肉強食】が発動しました。神符を一枚獲得しました』
悠希には何を獲得したのか確認することはない。
大雷神が憤怒の表情を浮かべてリポップしたからである。
悠希は余裕をもったように振る舞い、再度緑之小鬼に攻撃させようとする。
大雷神はまたも自分だけ倒されると思ったのだろう。戦おうともせずに、一目散に逃走した。
悠希は油断なく大雷神を見送る。
余裕を崩さなかったが、実のところ賭けでしかなかった。
癒しの霊薬の効果は一度きりである。
場に残り続ける加護もあるが、癒しの霊薬はその類ではない。
もし、あのまま戦闘が続行されていれば、緑之小鬼は今度こそ相打ちとなり、消耗戦に突入するところだった。
「ふぅ」
ひとまず危機は乗り越えたため、悠希は安堵のため息をつく。
脅威は去った。
後は荒狂河の面々と顔つなぎしておこうと思い、悠希は振り返る。
なぜか嫌悪感を滲ませた一人の男性と目が合った。
「く、来るな!俺には、分かってるんだ!」
悠希は何を分かっているのか怪訝に思う。
「あの雷神はお前の神符で、さっきの戦いは茶番だ!全部、お前の自作自演だろっ!」
「……はぁ?」
悠希には村人の喚き散らしている内容がまるで理解できなかった。
「重兵衛を含めた俺たち全員が束になっても勝てなかった相手に、お前一人で勝てるわけがない!絶妙な機会に割り込んで、手柄を主張して、あの方を奪うつもりだろう!」
男の言葉に、何人かはハッとした表情を浮かべ、何人かは険悪な顔で悠希を睨みつけた。
悠希が単独で邪神を追い払ったことが、村人のあり得ない妄想に確信を抱かせたのだろう。
事実は村人の男性が言っている内容とはかなり乖離しているのだが、男性にはそれを知る由もない。
しかし、悠希にしてみれば堪ったことではない。
助けてやったというのに、くだらない冤罪を叩きつけられたのだ。
それに、悠希にはあの方がどの方か知りもしない。
「これ以上、私たちから奪うつもりか!?」
「俺たちは騙されないぞ!」
村人たちが一致団結し、口々に罵倒の言葉を彼に浴びせる。
悠希の心が一瞬で冷えた。
悠希のゴミでもみるような目つきに、双子が怯える。
しかし、悠希の表情は揺るがなかった。
彼の知っている双子とこの二人は違い過ぎると再認識した。
これ以上ここにはいたくないと彼は神気自動車を出した。
「黙れ!この、恩知らずども!!」
巨漢の男――確か、重兵衛という名前だったはずだ――の大音声に、荒狂河の人間はおろか、悠希さえ驚いた。
「すまん、命を救われたにもかかわらず、無礼の数々、しかとお詫びする」
重兵衛が大きく頭を下げた。
他の村人が絶句していたが、悠希にはもはや気にかける価値さえなかった。
悠希はまともな人間もいたのかと評価を改めはしたが、歓迎されていない場所からは早々に立ち去りたかった。
悠希は反応を示さずに神気自動車に乗り込み、車を発進させた。
彼はひどく不快な気分だった。
命を懸けて人助けをしたというのに、助けた人々は感謝せずに拒絶してきた。
(何なんだ?あの馬鹿どもは)
彼らは見捨てるべきだったと悠希は、己が行動に嫌悪感を抱きながら後悔した。
彼がふとバックミラーに視線を向けると、巨漢の男が写っていた。
息を切らしながら、懸命に走っている。
神気自動車に追いつけるわけがないのに、必死な顔で追いすがっていた。
悠希は面倒に思いながらも、車を止める。
彼は神符に戻していた緑之小鬼を再度降臨させて、銅剣も装備させる。
車から出ると、緑之小鬼を前面に立たせた。
重兵衛が肩で息をしながら、近づいてきた。
重兵衛が戦闘の意思がないことを表明するために、両手を挙げながら口を開いた。
「は、話がしたい」
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