第一話 異世界転移(神隠し)
初投稿となります。
ご一読いただけると幸いです。
とある青年が一人、己の見知らぬ部屋で立ち尽くしていた。
「どこだ?ここは?」
今時珍しい、古びた木造の部屋だった。
彼の名前は、神代悠希という。
日本史を専攻しており、特に日本神話に興味を抱いている大学生だった。
卒業論文には八百万の神々を題材としたいなと漠然と思っている。
興味を持った理由といえば、日本神話を題材としたスマートフォンアプリのトレーディングカードゲームをやり込んだためであったが。順番としてはゲームにどハマりし、どうせ大学に行くならと日本史を専攻したことになる。
そんなわけで、八百万の神々を祀っている神社を巡ることも趣味となった。
今時の若者とは言い難い趣味であることは理解していたから、誰かと一緒に訪れることになるわけもない。
仮に誰かと一緒に行動したら、じっくり眺めることができないだろうから、一人で行動することが多かった。というか、彼にはそれしかできなかった。
彼は普通の学生ではあるが、いわゆるボッチと呼ばれる人種だった。
両親はいわゆる仮面夫婦であった。夫婦の関係は完全に冷え切っており、一人息子である悠希としてもどちらの親とも絶縁状態といえた。
そんな家族環境であったがために、悠希は大学入学を機に一人暮らしを始めた。
一人暮らしは誰に気兼ねする必要もない。実家暮らしの頃とは比べ物にならないほど、実に快適な生活だった。
そんな境遇が影響してか、彼には親しい友人がいない。
いや、言い訳だなと彼は自省する。
作ろうと思えば、流石に一人二人は作れただろうが、悠希は大学に入る頃には様々なことに熱意を失ってしまった。
孤独な現状に時折虚しさを感じるも、情けないことにカードゲームに依存するだけの変わることができない毎日だった。
このまま無為に生き続けるのだろうかと少し不安に思いながらも、ただただ漫然と日々を過ごしてきた。
それが災いしたのだろうか?
神社巡りをしていたところまでは記憶にあった。
我に返った時には、景色が一変していた。
彼の一人旅であり、その時間は誰も悠希の周囲にいなかった。だからこそ、彼が消えたことに気づいた者もまたいなかった。
「どこだよ?ここ……」
確かに神社にいたはずなのだ。どこぞの部屋に入った記憶など全くない。
「夢?」
すぐに自身の言葉を否定する。悠希は夢を見ている中で、これは夢であると認識できたことなんて人生で一度もなかった。
何かしらの理由で意識を失った悠希を、誰かが誘拐したのだろうか?
だが、悠希は縛られていないし、荷物を確認してみると盗まれた物はなさそうだった。
そもそも、悠希を誘拐する理由もわからない。身代金を要求されたとして、あの両親が素直に応じるかすら怪しかった。息子である悠希が疑問を覚えるほど、二人には家族の情がない。
ふとスマホを見ると、圏外と表示されていた。
「嘘だろ!?」
悠希は思わず声を上げる。
(あと一時間以内にクリアしなきゃならんイベントがあるってのに)
オンライン対戦をあと一戦だけすれば、問題なく報酬のカードが手に入るという状況だったため、神頼みする時間くらいはあるだろうと高を括っていたのに、こんな目に遭うとは思ってもみなかった。
「マジで勘弁してくれよ。起動さえできないなんて――」
悠希はログインできない状況に苛立ちながら、言葉が続かない。
彼の目の前に神書というタイトルの半透明の分厚い本が、何の前触れもなく出現したからだ。
あろうことか本は自動的に一ページ目を開いた。悠希に読ませるように。
「……」
言葉もなかった。
物理現象を無視している。
あり得ない現象に目を疑いながらも、現状を把握することを優先して告知と記載されている点滅アイコンのような箇所をクリックしてみた。
本のページがめくられていく。
『大和への転移が確認されました』
幻聴が聞こえたのかと眉根を寄せる悠希だったが、謎の声は彼の心情など気にせず続く。
『初回転移報酬として、異界の巫としての固有能力が付与されました』
声の内容が、そのページに自動で書き込まれていく。
「……………………はい?」
突如脳内に響いた女性の意味不明過ぎる声に、悠希は随分と間の抜けた声を上げてしまった。
『一日目の特典として、初期山札を獲得しました』
神書、大和、そして、山札。
(もしかして?え、マジか!?そんなことって)
それらは悠希にとって馴染みのある単語だった。
何故なら、課金までしてのめり込んでいるカードゲーム、神世大戦に登場する言葉だったからである。
神世大戦とは、神符と呼ばれるカードを駆使して、大和という名の島国で邪神となってしまった八百万の神々と戦うゲームである。
ゲーム上では、神符を使える者は巫と呼称され、一般人と区別されている。
巫は人として優れた上位種であるという設定だった。
また、神符を使う術を巫術と呼ぶ。
一般人は巫に畏敬の念を抱きながら、他國や邪神から我が身を守ってもらっているということになっていたはずだ。
オリジナルストーリーを進めるためのCPU対戦もあるが、オンライン対戦も当然ながらある。
ゲームの内容を思い返していて、しばらくフリーズしていたが、やがて悠希は一つの仮説にたどり着いた。
「……ゲームの、世界に、転移しちまった?」
悠希は途方に暮れるしかなかった。
だが、謎の声は悠希に戸惑う猶予も与えてくれなかった。
『これから、この世界の知識をあなたの頭脳に強制的に上書きします。痛みを覚えるかもしれませんが、気を失わないようご注意ください』
彼が言われた内容を理解するより早く、それは始まった。
「は?――ぐっ!?――ガッアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
彼の疑問の声は、すぐに絶叫に変わった。
拷問と言えた。痛みなんてレベルではない激痛が頭に走る。
脳みそを直接かき乱されているのではないかと錯覚するほどだった。
そんな痛みに、抵抗などできようはずもない。悠希は両手で頭を押さえながら転げ回った。
彼は泣き叫びながら、ただ無様にのたうち回る。
『上書き――カんリョう――ました。どうぞ、こノ世界ヲお楽しみクダさい』
実際にはほんの数秒だったが、彼には永遠の責め苦に感じられた。
激痛が少しずつ薄れていくが、涙は止まらない。発狂してもおかしくなかったが、幸か不幸か彼は狂わなかった。
薄れゆく意識の中、悠希は心中で悪態をついた。
(気、失うに決まってるだろ。クソ野郎――)
彼の意識は闇に沈んだ。
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