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二柱の少女

作者: 妖叙 九十

 全ての始まりは二柱の少女だった。


 最初に、無から一柱の神が生まれた。

 厳密には、生まれたのではない。忽然と姿を現したのだ。

 少女の姿を持った神は、何も思考せず、何も感じず、時空の存在しないその場所を見る事すら出来なかった。

 時は経たない、空間は動かない、それでも少女は存在していた。


 それから、もう一柱の神が姿を現した。


 それは少女の写し鏡のような少女だったが、最初の少女よりは小さな姿をしていた。

 その時初めて少女は思考をし、感情を宿した。

 他を認識した事で、自我が芽生えたのだ。


 少女は自身が姉であると思い、小さな少女を妹だと思った。


 姉はただ一柱で存在していたのが孤独だった事を知り、妹に触れたいと願った。

 しかし、姿はあれど魂だけだった姉は、妹に触れる事が叶わなかった。

 

 そうすると、姉と妹は体を得た。

 同時に時間が生まれ、空間が生まれた。


 姉と妹は、同時に手を伸ばし触れあった。


 姉は、妹に対する愛おしさを伝えたいと思うと、言葉が作り出された。


「ボクは君を愛してるよ」


 姉がそう言うと、


「僕も愛してる」


 と妹も返した。


 それから姉と妹は、無限に近い時間を共に過ごした。

 時に触れあい、時に語り合った。

 名前が生まれ、あらゆる概念が生まれ、夢が生まれた。


「あらゆる命が過ごす場所があったら、きっと楽しいんだろうね」


 妹は空想をし、その話を姉にするのが好きだった。姉はそんな妹の話を聞くのが好きだった。


「じゃあ、創ろうか」


 軽い気持ちで、姉は提案した。

 それから二人であらゆる事を考えた。


 空間を司る世界、時間を司る運命。

 宇宙、星、鉱物、自然、水、魂、精神、肉体、人、獣、魚、虫。

 全てを二柱で決めた。


「最初の世界を創ろう」


 妹には何かを創る事は出来なかったが、姉には出来た。

 姉は、妹の笑顔を見る為に最初の世界を創造した。


 それは後に、神世界と呼ばれる原初の世界。

 全ての大陸が浮かぶ星。


 原初の世界では天人や天獣、幾多の命が生まれた。

 二柱の少女はそれらにあらゆる事を教えた。


 人間や獣や虫、魚もその通りに動いたが、妹が思い描いていたのはもっと違う世界だった。

 彼女が夢見ていたのは自由な世界だったのだ。


 姉妹は自由の為には、ルールが必要だと知った。


 生命に生きる知恵を与え、神が存在する場所、神域を創る期間を創った。

 それを神話時代とし、それが終わった時姉妹は世界の外から、観測者となる事を決めた。


 ただ、全能だと思われていた姉とて出来ぬ事はあった。

 それは創造したものを終わらせる事だ。


 姉はどうしても終わりという概念を創り出せず、神話時代が続いた。

 そんな姉を見て、妹は初めて自身に眠っていた力を使った。


 姉は虚無と創造を司り、妹は終焉と再生を司っていた。


 神話時代が終わると、魚は海を泳ぎ、虫は自然の中で暮らし、天獣は空を駆け、天人たちの集落はいつしか国となった。

 だが天人も天獣も全ての生物はそれぞれ姿が違い、種族が違う事もあった。


 そうすると、種族ごとの国々が戦争を始めたのだ。


 姉は孤独、心の痛みを知っていたが、妹は愛しか知らなかった。

 そんな妹は争いを知り、酷く傷ついた。


 姉はそんな妹を励ます為に、新たな神を創り出した。


「こんな感じにしようかな、でもこれだとボクと変わらないかな?」


 試行錯誤の末創り出された神は、世界や運命や魂を作り出す事は出来たが神を作る事が出来なかった。

 そうすると、新たな概念が生まれた。


 姉のように神を創り出し、あらゆるルールを制定出来る上位存在。

 世界や運命や魂を作る事は出来るが神は作り出せず、ルールを作る事が出来ない神や世界、運命といった中位存在。

 そして人や獣、世界と運命の中で暮らす下位存在。


 新しく生まれた、中位存在の神が創り出した世界は、獣だけの世界、獣世界だった。

 その神は獣神と呼ばれた。


 そこには争いは無く、運命に導かれた獣たちが自由に過ごしていた。

 妹は喜び、姉に感謝した。妹の笑顔がもっと見たいと思った姉は、それから次々に神を創り出していった。


 だが、再び悲劇は起きた。


 獣世界で突如、食欲という概念が生まれたのだ。

 飢えた獣たちは他の獣を食い、縄張りが生まれ、天人たちの様に戦争が始まる。

 獣神は自身を守る為に、王獣という守護者を生み出した。

 だがその王獣すら食欲を覚えてしまい、星、宇宙、世界や運命、そして獣神すら食らってしまったのだ。


 獣たちや王獣たちは収まらぬ食欲を満たす為に、他の世界へ侵攻を始めた。


 他の世界では、食欲を持った獣を食獣と呼び始めた。

 神を食らった食獣は、神の力を得ていた。他の世界の神を食い殺す事が出来たのだ。

 神々は会議を始め、獣神に習い己の守護者を創り出すルールを設けた。


 神託王。

 神が創り出し、例外的に干渉が出来る存在。


 だが、神話時代に力のほとんどを使い尽くした神も多くいた。

 それらの神は神託王を創り出せない。


 神託者。

 神託王を創り出せぬ神は、世界に生まれた生命をそう任命する事で干渉を許された。

 神託者として神の力を分け与えられた者、卓越した能力を持つ者。

 

 多数の世界が神託王や神託者によって、食獣の脅威から救われた。


 だが、妹は再び陰った表情で世界を眺めるだけになっていた。

 結局は生物同士の争いが、食獣と神の争いに変わっただけだ。


 それでも妹は、世界を見守る事をやめなかった。

 姉が止めても、辛いだけだとしても、やめなかった。

 それが世界を夢見た自分の責任だと思っていたのだ。


 それから妹は多くの惨劇を見た、彼女の心は壊れる寸前にまで追いやられる。

 それでも神は世界の内側への干渉は許されない。

 食欲という概念が生まれ、他の命を摘まねば自らが死ぬ。そういう世界になってしまったからには、争いは決して消えない。


 それでも、運命は更に彼女を追い詰めた。


「お姉ちゃん……見て」


 ある日妹がある世界を指差し言い、姉は言われるがままにそれを見た。

 妹は争いを見る度に口数は少なくなり、荒んでいった。だからこうして言葉を投げかけてくる事は滅多に無かったのだ。

 姉は少し喜ばしく思いながら、それを見た。


 喜びはすぐに消えた。


 妹が指差した先に見えたのは、世界を跨ぎ召喚された少年。

 その少年は運命と強く結びついていた。

 特殊な能力を持つ生物、特に人は多かったが、中位存在と結びついた生命はかつて居なかった。


 運命に見定められた少年は、多くの世界の時間を巻き戻した。

 その結果、生み出されず消えた世界、歴史が変わった世界、何も起こらなかった世界……あらゆる世界の歯車が狂い始めた。


 それでも、少年は何度も世界を無意識に巻き戻し続けた。


 全ての世界に影響が出る程、全てが狂った。

 空間が歪み神ですら知覚出来ない世界が生まれ、一生命(いちせいめい)が神に匹敵する能力を持ち、世界は無限に分岐し、時間の同期が維持出来なくなり、空想が魂となり、姉妹ですら影響を受けた。

 それはまさに、混沌と呼ぶに相応しい有り様であった。


「……このままじゃ、全て消えてしまう」


 全ての時空間は不安定ながらに、成り立っていた。

 だがそれも、恐らく次の巻き戻しで崩れ去るだろうと姉は理解していた。


「僕がやるよ」


 妹はそう言い、姉を抱きしめた。


「どうして……」


 中位存在や下位存在と同じように世界を見る為に全能性を封印した姉妹には、自分たちがどうなるかわからない。

 封印を解く事は、責任を果たさぬ事と同じだった。

 自らの身が危険に晒されようと、それは変わらぬ事であった。

 もっとも姉は、妹の決心を支える為にだったが。


「世界を夢見たのは僕だ」


 妹は続ける。


「世界も、彼も、僕が救う」

「でも……具体的に、どうするの?」


 姉妹は自然と抱き合っていた体を引き離し、見つめ合う。


「神の居ない世界を創造して、そこに代理として神託王を創り僕の魂を入れる。生命が持っている特殊な能力は魂に刻まれたものだから、僕の力も行使出来るはず」

「なら、ボクの力も持っていってほしい。きっと力になるはずだから」

「お姉ちゃんも、この世界を守る為に僕の力を使ってね」


 姉妹は神の力を瞳に宿していた。姉は右目を捧げ、妹も同じように右目を捧げた。


「お姉ちゃん、必ず帰ってくるね」

「うん、行ってらっしゃい……最愛の妹よ」


 これが、少女の旅立ち。


 そして──彼の最初の約束であった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 頑張ってくだされ^_^
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