近くて、遠い(幼馴染男子高校生ふたり)
「……」
学校から帰ったら、幼馴染がすやすやと人のベッドで眠っていた。
この公彦とは、家がお隣同士の同い年、生まれたころからの付き合いだ。
(……帰ったら他人にベッドを占拠されてるのって地味に腹立つな)
鞄を下ろしながら、寝顔をのぞき込む。
短く切り揃えられた焦げ茶の髪。垂れ目の三白眼は、今は瞼に遮られて見えない。
これだけ眺めていても、起きる気配は一切無かった。
……熟睡じゃないか。
幼稚園のガキかよ、と呆れる。
思えば、こいつは昔からよく寝ていた。そして一度寝ると、なかなか起きない。
まったく、人のベッドで。腹立たしい。
「……」
(いや、違うか)
──腹が立つというよりは。
手を伸ばして、頬に触れた。そのまま、ペタペタと額や鼻、反対側の頬も触っていく。
(……マジで起きないな)
「んむー……」
眉は寄せるが、振り払おうとはしない。
ふっと思わず、笑いが漏れた。
公彦の前髪を、さらりとかきあげる。
「……」
無抵抗のこいつを見ていると湧き上がる、もの。
──そう、怒りじゃない。人の気も知らないでっていう八つ当たりみたいな気持ちだ。
ゆっくり顔を寄せる。
人の気配がするというのに、まったく起きない。
このままこいつが起きなければ、俺はこっそりこいつの唇を奪うことが出来る。
「……」
けれど、唇まで行かず……頬に当たる直前で、俺は止まった。
「……」
触れられたら、
「んー……」
いいのに。
昔みたいに。
無邪気に。ただ手を繋いだり、じゃれついたり、出来たらいいのに。
俺は、ふ、とため息を吐くとそのまま公彦から離れた。
(……好きになるってのは、本当に厄介だ)
*
「……あれ?」
公彦が、起き上がる気配がした。
俺はゲーム画面を見たまま、振り返らなかった。コントローラーを握る手も、離さない。
「帰ってたんだ、唯行」
「勝手に人のベッド占拠してるなよな」
「ごめんごめん。……おかえり」
おかえり、の声は、柔らかく、胸の奥から甘やかな気持ちが立ち上りそうになる。
俺は、慌ててその気持ちを押し込めて、
「……ただいま」
返事をした。
頬が熱い。
ふり返れない。
今の顔を、見られたくない。
「ただいまくらい、こっち向いて言いなよ」
「ゲームがいいところなんだよ」
「これ、ホラー?」
「……ドッキリゲー」
「好きだねぇ」
そう思うことが、何だかとても、哀しかった。
(昔よりもずっと、お前が遠い)
END.