表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

98/120

六話 危険②

「父親……?」


 目の前にいる男が妙な言葉を連発してくるのは、これまでの会話の中でも承知済みだ。ゆえに、予想外な問いかけもすることは予想できていた。

 だがしかし。

 流石に、この場面で父親の話を振られるとは思っていなかった。


「どうして、ここで私の父の話が出てくるんですか?」

「どうしても何も、全てが貴方の父親に繋がっているからですよ。貴方、父親の記憶がないのでしょう?」


 それは事実である。

 いや、そもそも、だ。


「父は……私が生まれる前に亡くなって……」


 その言葉通り、シリカの父親は彼女が生まれる前に事故で亡くなっている。ゆえに、彼女は自分の父親に会ったことがない。

 記憶がない以前に、会ったことすらないのだ。覚えているわけがない。


「ほう。なるほど。では、父親のことを母親から聞いたことはありますか?」


 奇妙な問い。

 だがしかし、シリカはその問いにすぐ答えることができなかった。

 そして、理解する。

 そういえば、自分は母親から父親に関してのことを聞いたことがない、と。


「な、何ですか」

「いえね。その反応からして、やはり父親のことは知らないようなので。しかし……ここまで徹底して父親のことを隠していたとは。まぁ、それも仕方のないことだとは思いますが。何せ、相手が相手ですしね」

「だから、それはどういう……」

「おかしいとは思いませんか? 母親が子供に父親のことを全く話さない、なんてことは。亡くなっているからと言って、それでも父親がどんな人物だったのか、何をやっていたのか、普通は話すはずだ。そうでしょう? けれど、貴方の母親はそれをしなかった。それは一体全体どういうことでしょうか」

「そ、れは……」


 ホプキンスの言葉に、シリカはまたもや即答できない。

 母親が父親のことを話さない理由。それは、それだけ不仲だったか、あるいは話せない何かしらの理由があるからかのどちらかだろう。

 けれど、妙な部分はまだある。


(あれ……私、お父さんのこと、お母さんに聞いたことあったっけ……?)


 シリカは、自分から父親のことを聞こうとしたことがなかったのだ。

 自分に父親がいないのは当たり前。そこまではいい。だが、どんな人物だったのか、何をしていたのか、母親との馴れ初めは何なのかなど、子供ならば当然聞きたいことは山のようにあるはず。

 だというのに、それを一度も聞かなかったというのは、奇妙と言わざるを得ない。


「しかし、貴方がそのことに疑問を抱かなかったのも無理はない。何せ、そういう風に催眠術をかけられていたのでしょう」

「催眠……?」


 突拍子もない発言に、流石のシリカも眉をひそめた。


「ええ。しかも、魔力を必要としない強力な催眠術を。魔術ではないがゆえに、他人にも催眠がかけられていることが分からない。それこそ、あの『楔の魔女』ナインですら、気づいていなかったはずだ」


 ナインは『楔の魔女』と呼ばれるほどの、【大魔女】だ。彼女にしてみれば、多くの魔術を使うことは当然のこと、その知識も豊富だろう。

 だが、それ以外のこととなれば、話は別。魔力を使わない、つまり魔術ではない催眠術を使えば、いくら彼女とて、それをすぐに把握することはできない。


「それだけ、貴方に父親のことを知ってほしくなかったのでしょう―――あの『紅の聖女』は」

「先生が……?」


 それは、つまり『紅の聖女』が、シリカに催眠をかけたということなのか。

 ますます意味が分からないと言わんばかりなシリカに対し、ホプキンスは続けて言う。


「貴方は知らなかったかもしれないが、魔女とは即ち、聖女候補が聖女の力ではなく、魔力をその身に宿すことで誕生する。無論、それは貴方とて例外ではない」

「そんな……でも、私は……」

「魔力を入れられた覚えがない、と。それはそうでしょう。それこそ、彼女が必死になって隠そうとした事実なのですから。貴方の魔力は、父親から注ぎ込まれたものだ。だが、その魔力はあまりにも強大で、異質なものだった。その力が、貴方には受け継がれている。そのことを、貴方には知られたくなかったのでしょう」


 だから、父親のことを話さず、また父親のことを聞かないよう催眠術をかけていた、と。そうホプキンスは語る。

 だが、それでは色々と矛盾点が出てきてしまう。


「先生が……あの『紅の聖女』が私に催眠術をかけたというのなら、それはおかしな話です。だって、先生とは母が亡くなった後に出会いました。なら……」

「小さい頃の貴方に、催眠術をかけるのは不可能である。確かにその指摘は当然のものです。ですが……それは、あくまで貴方の記憶が正しければ、の話ですが。催眠術とは記憶も操作できるもの。そして、使われた本人は、自分が催眠術にかかっているとは自覚できない。これは推測ですが、貴方と出会った際に、『紅の聖女』はすぐさま催眠術を行使したのではないでしょうか。そして、それによって、貴方の記憶の一部を書き換え、父親への疑問を抱くことがないようにした」

「そんなの……!」


 デタラメすぎる。

『紅の聖女』が自分の記憶を改竄し、父親への疑念を持たないようにした、などと。何をもっていっているのか。

 そもそも、だ。催眠術をかけられていたというのも、ホプキンスの予想にすぎない。

 仮説、推測。それらは証拠があって初めて立証することができる。無論、ここにそんなものは存在しない。

 しないのだが……。

 何故だろうか。

 今のシリカは、ホプキンスの言葉を真正面から否定することができなかった。


「考えてもみてください。貴方の魔力はあまりにも異質だ。その力で、貴方は魔女の弟子となり、今日まで人助けをしてきた。けれど、その一方で、こうは考えられませんか? それはあまりにも……あなたに都合が良い結果になっている、と」


 言われて。

 思わず、シリカは息をのんだ。


「貴方はこれまで、助けたいと思った人たちは軒並み助けることができた。それも、普通なら助けることなど不可能な者たちを。それは、貴方が魔女として魔力を行使し始めてから。そうですよね?」

「それは……」

「違う、とは言わせませんよ? 何せ、私もまたその場面をいくつか見てきましたから。絶対に助からない、絶対に救えない者たちを、助け、救ってきた。それも、貴方が思う通りに。しかし、しかしです。それはあまりにも都合が良すぎる。それはまるで……貴方の思うように現実が歪められているようではないですか」

「何が……言いたいんですか?」


 荒唐無稽な男の言葉はどこまでも不快で、何よりも危険だとシリカの中で何かが囁いている。

 けれども、だ。何故だろうか。

 心の片隅では、それを聞かなければならないという感情が確かにあったのだ。

 そして。


「つまりは、です。自分の都合のいい理想を現実のものとする……それこそが、貴方の力の正体であり、貴方の父親―――天から墜ちてきた男、『魔星』の力なのですよ」


 それがまるで真実であるかのように、ホプキンスは不敵な笑みを浮かべて言い放ったのだった。

最新話投稿です!!

面白い・続きが読みたいと思った方は、恐れ入りますが、感想・評価の方、よろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ