六話 危険②
「父親……?」
目の前にいる男が妙な言葉を連発してくるのは、これまでの会話の中でも承知済みだ。ゆえに、予想外な問いかけもすることは予想できていた。
だがしかし。
流石に、この場面で父親の話を振られるとは思っていなかった。
「どうして、ここで私の父の話が出てくるんですか?」
「どうしても何も、全てが貴方の父親に繋がっているからですよ。貴方、父親の記憶がないのでしょう?」
それは事実である。
いや、そもそも、だ。
「父は……私が生まれる前に亡くなって……」
その言葉通り、シリカの父親は彼女が生まれる前に事故で亡くなっている。ゆえに、彼女は自分の父親に会ったことがない。
記憶がない以前に、会ったことすらないのだ。覚えているわけがない。
「ほう。なるほど。では、父親のことを母親から聞いたことはありますか?」
奇妙な問い。
だがしかし、シリカはその問いにすぐ答えることができなかった。
そして、理解する。
そういえば、自分は母親から父親に関してのことを聞いたことがない、と。
「な、何ですか」
「いえね。その反応からして、やはり父親のことは知らないようなので。しかし……ここまで徹底して父親のことを隠していたとは。まぁ、それも仕方のないことだとは思いますが。何せ、相手が相手ですしね」
「だから、それはどういう……」
「おかしいとは思いませんか? 母親が子供に父親のことを全く話さない、なんてことは。亡くなっているからと言って、それでも父親がどんな人物だったのか、何をやっていたのか、普通は話すはずだ。そうでしょう? けれど、貴方の母親はそれをしなかった。それは一体全体どういうことでしょうか」
「そ、れは……」
ホプキンスの言葉に、シリカはまたもや即答できない。
母親が父親のことを話さない理由。それは、それだけ不仲だったか、あるいは話せない何かしらの理由があるからかのどちらかだろう。
けれど、妙な部分はまだある。
(あれ……私、お父さんのこと、お母さんに聞いたことあったっけ……?)
シリカは、自分から父親のことを聞こうとしたことがなかったのだ。
自分に父親がいないのは当たり前。そこまではいい。だが、どんな人物だったのか、何をしていたのか、母親との馴れ初めは何なのかなど、子供ならば当然聞きたいことは山のようにあるはず。
だというのに、それを一度も聞かなかったというのは、奇妙と言わざるを得ない。
「しかし、貴方がそのことに疑問を抱かなかったのも無理はない。何せ、そういう風に催眠術をかけられていたのでしょう」
「催眠……?」
突拍子もない発言に、流石のシリカも眉をひそめた。
「ええ。しかも、魔力を必要としない強力な催眠術を。魔術ではないがゆえに、他人にも催眠がかけられていることが分からない。それこそ、あの『楔の魔女』ナインですら、気づいていなかったはずだ」
ナインは『楔の魔女』と呼ばれるほどの、【大魔女】だ。彼女にしてみれば、多くの魔術を使うことは当然のこと、その知識も豊富だろう。
だが、それ以外のこととなれば、話は別。魔力を使わない、つまり魔術ではない催眠術を使えば、いくら彼女とて、それをすぐに把握することはできない。
「それだけ、貴方に父親のことを知ってほしくなかったのでしょう―――あの『紅の聖女』は」
「先生が……?」
それは、つまり『紅の聖女』が、シリカに催眠をかけたということなのか。
ますます意味が分からないと言わんばかりなシリカに対し、ホプキンスは続けて言う。
「貴方は知らなかったかもしれないが、魔女とは即ち、聖女候補が聖女の力ではなく、魔力をその身に宿すことで誕生する。無論、それは貴方とて例外ではない」
「そんな……でも、私は……」
「魔力を入れられた覚えがない、と。それはそうでしょう。それこそ、彼女が必死になって隠そうとした事実なのですから。貴方の魔力は、父親から注ぎ込まれたものだ。だが、その魔力はあまりにも強大で、異質なものだった。その力が、貴方には受け継がれている。そのことを、貴方には知られたくなかったのでしょう」
だから、父親のことを話さず、また父親のことを聞かないよう催眠術をかけていた、と。そうホプキンスは語る。
だが、それでは色々と矛盾点が出てきてしまう。
「先生が……あの『紅の聖女』が私に催眠術をかけたというのなら、それはおかしな話です。だって、先生とは母が亡くなった後に出会いました。なら……」
「小さい頃の貴方に、催眠術をかけるのは不可能である。確かにその指摘は当然のものです。ですが……それは、あくまで貴方の記憶が正しければ、の話ですが。催眠術とは記憶も操作できるもの。そして、使われた本人は、自分が催眠術にかかっているとは自覚できない。これは推測ですが、貴方と出会った際に、『紅の聖女』はすぐさま催眠術を行使したのではないでしょうか。そして、それによって、貴方の記憶の一部を書き換え、父親への疑問を抱くことがないようにした」
「そんなの……!」
デタラメすぎる。
『紅の聖女』が自分の記憶を改竄し、父親への疑念を持たないようにした、などと。何をもっていっているのか。
そもそも、だ。催眠術をかけられていたというのも、ホプキンスの予想にすぎない。
仮説、推測。それらは証拠があって初めて立証することができる。無論、ここにそんなものは存在しない。
しないのだが……。
何故だろうか。
今のシリカは、ホプキンスの言葉を真正面から否定することができなかった。
「考えてもみてください。貴方の魔力はあまりにも異質だ。その力で、貴方は魔女の弟子となり、今日まで人助けをしてきた。けれど、その一方で、こうは考えられませんか? それはあまりにも……あなたに都合が良い結果になっている、と」
言われて。
思わず、シリカは息をのんだ。
「貴方はこれまで、助けたいと思った人たちは軒並み助けることができた。それも、普通なら助けることなど不可能な者たちを。それは、貴方が魔女として魔力を行使し始めてから。そうですよね?」
「それは……」
「違う、とは言わせませんよ? 何せ、私もまたその場面をいくつか見てきましたから。絶対に助からない、絶対に救えない者たちを、助け、救ってきた。それも、貴方が思う通りに。しかし、しかしです。それはあまりにも都合が良すぎる。それはまるで……貴方の思うように現実が歪められているようではないですか」
「何が……言いたいんですか?」
荒唐無稽な男の言葉はどこまでも不快で、何よりも危険だとシリカの中で何かが囁いている。
けれども、だ。何故だろうか。
心の片隅では、それを聞かなければならないという感情が確かにあったのだ。
そして。
「つまりは、です。自分の都合のいい理想を現実のものとする……それこそが、貴方の力の正体であり、貴方の父親―――天から墜ちてきた男、『魔星』の力なのですよ」
それがまるで真実であるかのように、ホプキンスは不敵な笑みを浮かべて言い放ったのだった。
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