四話 黒衣の男④
ナインの魔術によって、辺り一面は更地となっていた。
いや、これは比喩や冗談などではなく、厳然たる事実である。
先ほどまで森だったはずのその場所は、何もない荒野と化していた。木々も草も何もかもが消失しており、残っているのは乾いた地面のみ。
これが【シドラ・ソ・パージド】の能力。
対象を一切合切、全て消し炭にする、殲滅の魔術である。
その結果、森と共に先ほどまでナインを追い詰めていた黒い戦士たちは跡形もなく、消え去っていた。
しかし、だ。
そんな魔術をまともに受けたというのに、未だナインの目的は果たされていない。
「ふ、ふふ……まさか、このような魔術を使用してくるとは」
ホプキンスはそんなこと言いながら、笑みを浮かべている……のであろうか。
何故、そこで疑問形なのかというと、それは今のホプキンスの姿に原因があった。
「あたり一帯を消滅……いや、殲滅する魔術。いやはや、流石は『楔の魔女』ナイン。警戒していたというのに、こんな様になってしまうとは」
こんな様、と彼が苦笑するのも無理はない。
ホプキンスの体は既にボロボロだ。顔の半分は無くなっており、両手も消し飛んでいる。辛うじて両足は残っているものの、出血の量が尋常ではない。腹部も焼けただれており、見るも無残な姿とはまさにこのことである。
殲滅の光。それは、あらゆるものを消し飛ばす代物。
そんなものを喰らって、未だ息をしているだけでも、ホプキンスの異常性がうかがえる。
「アレを使ったというのに、未だ生きているとはな。どうやって生き延びた?」
「簡単ですよ。ただ単純に耐え伸びた。それだけです。身体の頑丈さには自信がありましてね。それこそ、魔術による攻撃を無力化するよう施してあったのですが……どうやら、それも過信が過ぎたようです。おかげで、こちらはボロボロ。最早、この体もあと数分と持ちますまい」
それはつまり、自分の死がもうすぐ来ることを理解している、という口ぶり。
しかし、妙なことにホプキンスからは死に対する恐怖を感じない。そして、既に命をあきらめた、といった雰囲気も感じていなかった。
通常、人間が死を前にすれば、大方の者はそのどちらかに至るはず。だというのに、まるで自分の命など気にも留めていないような態度に、ナインは警戒せざるを得なかった。
「しかし……貴方がここまでするとは、よほど彼女のことを気に入っているらしい」
「さてな。ただ、アレはオレの一番弟子なのでな。その尻ぬぐいをするのは、当然だろう。世話がかかるし、面倒ごとばかり起こす故に、手がかかるがな。おまけにお人よしで、余計なことに首を突っ込む癖がある。何より手に負えないのは……」
「どんな逆境の中でも、あり得ない奇跡を達成してしまう」
その言葉に、ナインは顔をしかめる。
「知っていますとも。彼女のことはずっと探していましたからね。そこで一つ質問なのですが、貴方から見て、シリカ・アルバスとはどうですか?」
「どう、とは?」
「おかしいとは思いませんか? 長年、聖女の力と共にいたがゆえに、魔力が治癒に特化してしまった。ええ、確かにそういうのもあるかもしれません。ですが、それならば治癒そのものに特化すべきでしょう? なのに、彼女は治療不可の呪いを解き、グールや吸血鬼を人間に戻し、あまつさえ、絶対に不可能とされていた怨呪の解呪にも成功した」
「お前……どこまで……」
それは、あまりにも知りすぎた内容だった。
シリカのことを調べていたから、などという言葉で済まされるものではない。まるでそれは、その場面を見てきたかのような、そんな言い草だった。
けれど、ナインのそんな疑問など気にもせず、ホプキンスは続けて問う。
「そこで、改めて問います。貴方は、シリカ・アルバスの力が、本当に聖女の力のせいだけだとお思いですか?」
「……、」
疑問に思わなかった、と言えば嘘になる。
聖女の力と魔力。それらが長年、同居していたという例は他にない。ゆえに、シリカは特殊すぎるケースと言える。
だが……それでも、だ。
シリカの力は異様すぎる。
それは、今回の怨呪の件で、決定的になった。
あれは、どんな魔女でも、それこそ【大魔女】ですら解くことのできない代物。それを、聖女の力を宿していたからとか、馬鹿げた魔力量を持っているとか、そんなことで片付けて良い話ではない。
そして、だ。先ほどの口ぶりからして、ホプキンスはその謎について、何か知っている様子。それは間違いない。
「お前……何を知ってる?」
「全て、と格好よく答えたいところですが、そこまで詳細を知っているわけではありません。そして、残念なことに、私の知っていることを貴方にお教えする時間は、もうないようです」
それはつまり、ホプキンスの体が消失してしまうから……。
(いや……待てよ)
不意に、ナインの頭に何かがよぎる。
それは、先ほどの彼の言葉。
この体もあと数分と持ちますまい、と。
確かにホプキンスはそういった。
一見、もうすぐ死ぬと聞こえるが、しかし別の視点でみるのなら、それはまるで、体が一つだけではないようにも聞こえる。
「っ!? お前、まさか……」
「もうお気づきとは。もう少し、時間を稼げると思ったのですが……いや、それはうぬぼれが過ぎるというもの。『楔の魔女』ナインをこれだけの間、囮に釘付けできたのです。それだけで、僥倖というものでしょう」
ほとんどどんな表情をしているのか分からないが、ナインにははっきりとわかる。
今、ホプキンスは自分に向かって、勝ち誇ったような笑みを浮かべているのだと。
「それに……どうやら、本来の目的は、達成できたようですしね」
そんな言葉を言い終わったと同時。
遠くのどこかで、天に向かって、巨大な魔力が放出されたのだった。
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