一話 黒衣の男①
突然現れた男、ホプキンス。
そんな彼を前にして、シリカの身体は震えていた。
「っ、シリカ様。大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫……じゃ、ないかな、ちょっと……」
「馬鹿弟子」
「す、すみません、師匠。けど、何でか、その……震えが、止まらなくて……」
小刻みに動く手足。今まで、様々な危険な目にあってきたシリカだが、こんなことは初めてである。ましてや、人を前にして、震えが止まらないなど、今まで一度もない。
しかし、一方でナインには、その理由はしっかりと理解できていた。
「……お前。何者だ」
鋭い声音のナインの問い。
それに対し、ホプキンスは不敵な笑みを浮かべ続けながら言葉を返す。
「これはまた奇妙なことを。今先ほど、自己紹介したはずですが?」
「そういう意味ではないことくらい理解しているだろうが。お前の纏う、その気配は何だ。そんな禍々しい魔力、見たことがない」
「これはこれは。千年も生きている【大魔女】にして『楔の魔女』ナインにそんな評価を頂けるとは。光栄の至り」
「つまらん腹の探り合いは好かん。単刀直入に言う。お前は何だ。何が目的だ」
殺気のこもった眼光。恐らく、普通の人間ならば、それを見ただけで、身体が固まってしまうほどの代物。
しかし、それを前にしても、ホプキンスは飄々とした態度を崩さない。
「何者、と言われても、私は私、先ほども申したようにホプキンスという名前の、ただの人間ですよ」
「ハッ、よく言う。普通の人間が、そんな魔力を持つものか」
ホプキンスから纏う異様な魔力。それを一言で表現するのなら、どす黒い、といったところか。
色んなものがぐちゃぐちゃに混ざり合って、一つになった、まるで混沌そのもの。
シリカの魔力も異常だが、ホプキンスのそれは異形そのものだった。
「御尤も。しかし、それは貴方がたにも言えることでは? とくに、そこの元聖女殿ならば、尚更」
「それは、どういう……」
「いえいえ。その尋常ではない魔力量を持ちながら、精神を崩壊させていないどころか、完全に混ざり合っている。やはり、『魔星』が見出だし、魔力を注ぎ込んだだけのことはあるようだ」
「魔力を、注ぎ込む……?」
首を傾げるシリカ。
その反応を見て、ホプキンスは、まるで予想外と言わんばかりに目を細めた。
「おや。その反応は……成程。これは『楔の魔女』殿も人が悪い。彼女に魔女の成り立ちをお教えしていないとは。もしや、それは『紅の聖女』の入れ知恵でしょうか。全く、死後においてもその子を守ろうとする気概。天晴ですね」
一人勝手に喋りながら、納得するその姿は、奇妙そのものだった。
何が何だか分からないシリカにとっては、それはホプキンスへの不気味さをさらに増すようなもの。いや、シリカだけではない。ナインもスミレも、目の前の男の異常性に警戒していた。
「師匠、あの人は一体……魔女の成り立ちって……」
「……そのことについては後で話してやる。今は大人しくしていろ」
視線を合わせることなく、ナインは言い放つ。
その言葉と空気を前にして、シリカはそれ以上なにも言えなかった。
一方のナインは内心、憤慨していた。
頼まれていたこととはいえ、今まで隠してきたことを勝手にバラされたのだ。これで落ち着いていられる方が、無理というもの。
だが、その感情を抑えつつ、ナインは疑問を口にしていった。
「お前、この馬鹿弟子の関係者か?」
「ええ、そうです……と、言いたいところですが、私個人としては、彼女とは全く関係がありません。会うのもこれが初めてですしね。ただ……十年以上、ずっと探してはいました。何せ、この世で最も貴重かつ、美味な食材なのですから」
「何?」
奇妙かつ独特な言い回しを前に、ナインは眉を顰める。
「とはいえ、他人が作り出した食材、という点においては、若干気が引けますがね。今の私の行為は、言ってしまえば、ハイエナのそれと同じだ。いや、それ以上に悪辣か。一から作り上げ、下ごしらえをし、最終的には食べるはずだった存在がいなくなったから、自分がそれを食べようとしているのだから」
意味不明な言葉の羅列。それは最早、個人の特徴的な口調、などというレベルを超えていた。
そして、人間という生き物は自分が理解できない物に対して感じる感情は二つ。
一つは恐怖。もう一つは、不快だ。
「お前の言動は一から十まで意味が分からん。だが……危険であることは十二分に理解した」
「おやおや。結論を決めるには、少し早すぎませんかね? 貴方もまだ、知りたいことは色々とあるでしょうに」
「喧しい。経験上、そういう輩の話を聞いてロクなことになった覚えがない」
「おや。流石は千年も生きている人は言うことに説得力がありますね。ただ……ロクなことにならないとしても、知らなければならないことがある、とは思いませんか?」
「……、」
含みのある言い方。
恐らく、ホプキンスはシリカについて、何か重要なことを知っている。これは確定事項だ。何故、彼女があそこまでの魔力を持っているのか。先ほど言っていた『魔星』とは一体何なのか。それこそ、疑問は多数存在する。
が、今、この瞬間において、最も重要な問いかけはただ一つ。
「もう一つ、まだオレの問いに答えていないぞ。お前の目的は何だ」
「目的ですか。それはもう単純ですよ」
変わらない不気味な笑みを浮かべながら、ホプキンスは言い放つ。
「シリカ・アルバス。彼女を喰らいに来たんですよ。物理的に、ね」
それだけ聞けば、最早十分。
この瞬間、ホプキンスは完全にナインの敵として認識されたのだった。
新章突入!!
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