四十話 消え去った怨念①
「―――ようやくお目覚めか」
再び、誰かの膝の上で目を覚ますシリカ。ぼやけた視界がだんだんと明確になっていき、自分がナインの膝の上で寝ていることに気が付くのはそう時間はかからなかった。
「し、しょう……」
ゆっくりと上半身を起こすシリカ。
視界ははっきりとしていているが、体が鉛のように重く感じてしまい、うまく体が動かせない。これは、以前ナインに魔力の出力を上げてもらった時と同じ、否、それ以上のものだった。
「大丈夫ですか、シリカ様」
「だ、大丈夫だよ。ちょっと体が重いくらいで、後は全然平気だから」
「そうですか……ナイン様。シリカ様の容態は……」
「問題ない。診たところ、何かしらの精神攻撃をモロに受けた形跡があるが……それも命にかかわるほど、深刻なものにはなっていない」
その言葉を聞いて、スミレはひとまず安心したのは、大きな安堵の息を吐いていた。
「あはは。ごめんね、スミレ。心配させちゃって」
「全くです。突然倒れられた時は、本当に何が起こったのか、分からなくて……」
スミレの表情から、どれだけ自分が彼女に心配させてしまったのか、シリカは改めて理解する。
そして。
「色々と言いたいことがあるが……お前、一体何をした?」
親指を別の方向へ向けて言うナイン。
その方向へ目線をやると、そこにはパリスの体を診察しているゾフィーがいた。
そして、だ。
パリスの体から、あの異様な火傷がきれいさっぱり無くなっていたのだった。
「……ホントに私、解いちゃったんだ……」
「おいこら何一人で納得している。さっさと説明しろ。それとも何か? 目覚めの一発を尻に叩き込んでほしいのか?」
「は、はいっ!」
言われてシリカは今まであったことを説明した。
解呪の魔術を使ったと同時、怨呪の精神世界に囚われたこと。その中で、皇妃にあったこと。そして、皇妃がなぜあのような凶行に走ったのか。
そして、彼女がどうなったのか。
全てを話し終えると、ナインは呆れた顔で口を開いた。
「……はぁ。お前という人間を少しは理解しているつもりだったが、今回のでまたそれも考え直さなけばならんな。色々と」
「あははは……」
色々とはどういう意味なのか、気になって仕方がなかったシリカであったが、それはそれで怖いので何も問うことはしなかった。
そして、そのまま視線をフロイドの方へと向ける。
「……フロイド様。その、皇妃様から伝言を預かってます」
「伝言……?」
一拍、間を置き、シリカは最後の瞬間、皇妃が言った言葉をそのまま口にした。
「こんな母親でごめんなさいと。そして……いつまでも貴方のことを愛することを許して欲しい、と言っていました」
その言葉に、フロイドは大きく目を開いた。
かと思えば、次の瞬間、どこか悲し気な表情を浮かべながら、苦笑する。
「そうか……そうか」
フロイドは、それ以上何も言葉を続けなかった。
だが、その端的な言葉からにじみ出るものから、今、彼がどんな気持ちなのか、おおよそ察することはできる。
ゆえに、シリカは何も言わない。彼女だけではない。他の者たちも、フロイドに対して、何も言葉をかけず、そっとしていた。
そんな中、ゾフィーはというと、ナインの耳元で、小さく言う。
「(……ねぇ、ちょっとナイン。アンタの弟子、一体どうなっているのよ。怨呪を解呪したって、そんなの聞いたことないわよ。っていうか、もしかして、これって歴史上、初めて怨呪が解かれたってことじゃないの?)」
「(……かもしれんな)」
少なくとも、千年生きてきたナインであったが、怨呪を解いた者は誰一人として見たことがなかったし、また彼女自身も怨呪を解呪できたことは一度もなかった。
怨呪とは、決して解くことができない呪い。この世に死が存在するのと同じように、怨呪が解呪できないのは、世の理だと思っていた。
しかし、その前提が今、ここで崩れたのだ。
「(……ゾフィー。悪いが、このことは)」
「(ええ。分かってる。ここだけの話にしておいてあげる。今回、アンタの弟子のおかげで、あの子は助かったわけだし。けど……正直、これって結構面倒なことにならない?)」
「(……、)」
ゾフィーの言い分は尤もだった。
誰も解いたことがない怨呪。それを解呪できた、となれば、魔術の世界において、誰もが注目するはずだ。
今回はゾフィーや他の者たちが口を閉ざしていれば、その内容も広がることはないだろう。
が、それは一時しのぎでしかない。
シリカの性格からして、彼女は問題が目の前で起これば、それをどうにかして解決しようとするだろう。そのあり方を否定はしないし、無理やり変えようとは思っていない。が、それが原因で、彼女の力が世間に広まるのは、時間の問題だ。
元々、元聖女という肩書を持っているのだ。それを理由に何かしらの問題に巻き込まれるのはもはや確定事項のようなもの。
ゆえに、そこについてはもうあきらめていると言っていい。
ナインが重要に思っているのは、別の点。
(怨呪を本当に解くなどと……それは魔力が多いとか、性質がどうとかの問題なのか?)
魔力が多ければ、性質がどうにかなれば、解呪できるのであれば、怨呪はとっくの昔に誰か別の者がその解除方法を見つけているはずだ。
シリカは言った。皇妃は、十年溜まった怨念を全部使い果たし、それゆえに消滅したのだ、と。
(怨念が無くなれば、確かに怨呪の元が無くなり、消えるのは道理。しかし……そんな単純なことで解けるものなのか……?)
考えられない。それこそ、そんなことで消せるのなら、怨呪に対して、誰も苦労はしないはず。
恐らく、別の何かの要因があるはず。
そして、それはきっと、シリカだからこそのもの。
(弟子……お前は、一体……)
ここにきて、ナインは己の弟子に対し、疑問を大きくしたのだった。
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