三十五話 怨呪③
パリス皇子を助けたい。
その言葉に、ゾフィーは顔をしかめながら言い放つ。
「助けるですって? ハッ! 簡単に言わないでくれる!? そんなことできたらとっくの昔にやってるわよ」
尤もな意見である。
そも、ゾフィーとて魔女の一人。その彼女の力をもってしても、怨呪を解くことは叶わず、できることと言えば、迷宮を術式として利用した魔術で抑え込むことが関の山。
そんな呪いを、どうやって解呪するというのか。
「ちなみに、この皇子の怨呪解除の条件は何だ?」
シリカの言葉に即座に返答することはせず、ナインはゾフィーに対し問いを投げかける。
怨呪を解く方法としては、条件を達成することが唯一残された希望。その条件が難しいことはナインも重々承知している。が、どうにかすれば、それを達成できるのでは、と考えたのだが……。
「……生まれたばかりの赤子千人を自分自身の手で殺して、その生き血を一滴残らず全て飲み干す」
「それは……!!」
「何とも惨い……」
不可能、というより何とも悪辣な内容である。
本来なら呪いで動けなくなる人間に対し、赤子を千人自分の手で殺せ、というだけでもあり得ないというのに、その生き血を一滴残らず飲み干すなど、正気の沙汰ではない。
もしも、何らかの奇跡が起き、この全てを達成したとしても、恐らくパリスは体も心も壊れてしまうだろう。
だとすれば、助ける方法は解呪しかない。
だが、その解呪は絶対にできないようになっているのが怨呪という魔術だ。これは完全にお手上げ状態。流石のナインもどうすることもできない。
だというのに。
「いいだろう」
ナインは了承の言葉を口にする。
それに伴い、シリカはというと、予想外の答えに思わず口を半開きの状態にしてした。
「え……いいん、ですか?」
「何度も言わせるな。助けたいと言ったのはお前の方だ。やれるかどうかはさておき、やりたいのなら、やってみろ」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!!」
ナインの言葉が想定の範疇を超えていたのは、シリカだけではないようであり、ゾフィーもまた、ナインに待ったをかけ、その耳元で小さな声音で話し出す。
「(アンタ、本気で言ってる!? 怨呪の解呪が絶対にできないことくらい、アンタも分かってるでしょう!?)」
「(ああ理解している。そして、絶対に失敗することもな)」
即答だった。
そして、その言葉に対し、ゾフィーはますます意味が分からなくなっていた。
「(アンタ何考えてんの!? 失敗するって分かっててやらせるっていうの!?)」
「(そうだ。あれは一度言い出したら中々折れない。こちらが無理だ無駄だやめろと言っても、聞きはしない。そういう性格だ。故に、やらせてやって、その上で失敗させた方が本人も納得するだろう)」
これまでの経験上、ナインが何を言ったところで、シリカが止まることはないというのは明白。そんな聞き分けの良い弟子ならば、ナインもここまで苦労はしていないのだから。
そして、ならばこそ、実際に助けさせ、失敗させることの方が本人も納得できるはずだ。
「(納得するだろう、じゃないわよ!! そんなことのために怨呪の解呪なんてさせられるわけないでしょう!! 第一、もしものことがあったら、どうするのよ!!)」
呪いというのは、呪われている本人だけが危ないというわけではない。時に、その呪いを解こうとする者に対しても牙を剥くことがある。
無論、それはナインも承知の上だった。
「(お前の言い分も分かるが、その時はオレが何とかする。それに……万が一の可能性、というのは何も悪い方向のものだけではあるまい)」
普通ならば、ナインも怨呪の解呪など、させるべきではないというだろう。
だが、今までのシリカの、あり得ない結果をその目で見てきたナインの心の片隅には、もしかすれば、という可能性が存在していた。
(まぁ、流石に今回のこれは、無理だろうがな……)
などと心の中でつぶやく一方で、ふと考える。もしかすれば、今回もまた、自分の弟子が予想を超える何かをするのではないか、と。
『楔の魔女』ナインが、そんな風なことを思ってしまうほど、シリカの今までの行動は常識の範疇を超えていた。
治癒不能な呪いの解呪と治癒をしたことや、グールと化した者を人間に戻し吸血鬼すらも人間に戻したこと、そして様々な呪いを解いてきたことなど。それらの実績があるからこその信頼。
そう、つまるところ、ナインはどこかで期待しているのだ。
シリカならば、この弟子ならば、もしかすればやれるのではないか、と。
そして。
それがこそが、今回のナインにとっての、ある種間違いといえる判断だった。
「準備はいいか?」
「はい。大丈夫ですっ!」
「危険だと思ったらすぐに中止しろ。まぁ、その時はお前の尻をぶったたいてでも止めるがな」
「ぶ、物騒なこと言わないでください……」
「そう思うのなら、気を付けることだ」
言われながら、シリカは杖をパリスに向ける。
そして、大きく深呼吸をした後。
「【レミ・ファ・クリアド】―――ッ!」
シリカが唱えたのは、上級の解呪の魔術。それが今、彼女が使える最高の解呪の呪文である。
シリカの杖から放出される白い光。それらがパリスの体を覆いかぶさった。
その刹那。
まるで、世界から全ての光が消失したかのように、シリカの目の前は一瞬にして暗転したのだった。
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