三十四話 怨呪②
事の発端は、第三皇子パリスが生まれるという噂からだった。
当時、帝国の皇妃は既に二人の子を産んでいた。しかし、第二皇子に至っては、病によって七歳という若さで亡くなっている。
そのため、皇子は第一皇子のフロイドただ一人。そして、だからこそ、フロイド以外が次期皇帝になることはあり得ないとされていた。
けれど、そんな中、皇帝が側室を迎え入れ、そしてその側室が身籠った。
皇帝は側室のことを大のお気に入りとしており、王妃のことなど目もくれない毎日が続いたという。そして、そんな状況だからこそ、流れる噂があった。
皇帝は、側室から生まれてくるであろう第三皇子を、次期皇帝にすることを画策している、と。
その疑念が、疑問が、皇妃を狂気へと導いた。
このままいけば、自分の息子の立場が危ない。いいや、立場だけの話ではない。もしかすれば、何かしらの姦計によって、息子が殺されるかもしれない。
そんな強迫観念に陥った皇妃は一つの結論に至る。
第三皇子を排除する。
そのために彼女がとったのが、怨呪だった。
「……なんとも浅ましい考えだ。よりにもよって、怨呪に手を出すとは」
ゾフィーの話を聞いたナインの感想はそれだった。
「それだけ、当時の皇妃は追い詰められてたのよ。皇帝からの寵愛は全て側室のあの子……ミルダに注がれてたから。そのせいで、皇妃は彼女を恨むようになった。ミルダから聞いた話だと、毒を仕込まれたり、刺客を送られたりしてたそうよ。でも、それらが全く成功しなかったから、最期の手段を取った。それが」
「怨呪、ということですか」
シリカの言葉に、ゾフィーは首肯する。
「怨呪はやり方さえ知っていれば、簡単で確実だから。けど、その反動として術者が必ず死ぬってことまで考慮してたかは分からないけど」
「……確かに、母上は十年前に死んでいる。それもパリスがいなくなる少し前に。だが、だからと言って、あの母上が……母上が、そんなことを……」
未だにゾフィーの言葉を信じられないでいるフロイド。無理もない話だ。自分の母親が、腹違いの弟を殺そうとしてた、などと聞かされて、平然としていられるわけがない。むしろ、それは違うと思いたくなるのが普通である。
だが、現実は非情なものだ。
「その様子だと、本当に知らなかったようね。けど、これは事実よ。何せ、当時は色々と帝国の城に忍び込んで調べさせてもらったから。結果、皇妃が怨呪を使ってこの子を呪ったことをも知ることができたわ」
そして、それこそが、ゾフィーがシリカ達を信用しなかった大きな要因。
かつて、呪い殺そうとしてきた女の子供。それが唐突にやってきたとなれば、誰だって疑いたくなるものだ。
「なるほど。お前が第一皇子を信用できなかった理由は理解した。だが、疑問はまだいくつかある。まず第一に聞く。十年前、第三皇子を攫ったのはお前か?」
「ええ。そうよ」
あっさりと認めるゾフィー。
端的かつ、はっきりとした答えは、事の重大さとは裏腹に、清々しい返答だと思えてしまう。
「その理由は?」
「……頼まれたのよ。側室だったミルダに。あの子、というか、あの子の家系には、ちょっと縁があったっていうか……恩があったし」
どこか照れ臭そうに言うゾフィーだったが、その内容はこれまたとんでもないものだった。よりにもよって、母親である側室が、わざわざ魔女に連れ去るよう指示したとは。
けれど、一方で納得できる部分もある。そもそも、強力な魔女とはいえ、その正体を見られることなく、帝国の城から皇子を連れ出すことなど、できるわけがない。だが、それも内部に協力者がいたとなれば、話は別だろう。
「とにかく、ミルダに頼まれて、アタシはこの子を迷宮に連れてきた。ここなら、怨呪の効果を和らげられるしね」
「……成程。お前がさっき、まともな攻撃をしなかったのは、そういうことか」
「? 師匠、それはどういう……」
「怨呪は強力な魔術だ。そして、他人が解呪することはできない。が、それをある程度和らげることは可能だ。そのために、こいつは迷宮を術式として活用し、己の魔力で怨呪を軽減させているんだ」
つまり、今、この迷宮は第三皇子であるパリスのためにその構造を変化させられているというわけだ。加えて言うのなら、ゾフィーの魔力もそのために使われている。
だからこそ、先ほどの戦いもあっという間に決着がついたのだ。いくら強かろうが、その魔力を別のことに使いながら勝てるほど、ナインという魔女は甘くもないし、弱くもない。
「つまり、ここなら怨呪の効果が無くなるってことですか?」
「違う。正確には和らぐ、だ。怨呪をなめるな。たとえ、どれだけ効果を無効にしようとしたところで、決してその呪いは無くなることはない。症状を軽減させることはできてもな」
それだけ、怨呪という呪いは厄介であるがゆえに、最悪なのだ、とナインは言う。
しかし、ふとシリカは思う。
強力とはいえ、怨呪もまた、呪いの魔術であることには変わりない。
ならば……。
「師匠」
シリカは思う。自分が今、口にしようとしていることは、馬鹿なことなのかもしれない。あのナインですら、呪いは解けないと言った。それだけ危険で、強力な魔術なのだと、頭では理解している。
しかし、だ。
シリカには目の前で苦しんでいる者を放っておくことはできない。
ゆえに。
「私―――パリス皇子を助けたいです」
いつもの我儘が始まったのだった。
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