三十三話 怨呪①
一同の目の前に現れたのは、十歳前後の少年らしき子供。
らしき、という言葉を使ったのは、その容姿があまりにも整っていたため。少年というには、あまりにも小顔で中性的、加えて体つきも全体的に細い。
もしも女の子の恰好をさせても、絶対に誰にも気づかれないだろう、と確信して言える。
と、そこでシリカの頭に何かが横切った。
金髪、少年、十歳前後……。
それらの単語が繋がることで導き出される答え。
つまり。
「えっと……つまり、この子が、第三皇子のパリス様?」
「え、お姉ちゃん、何で僕の名前知ってるの?」
小首をかしげながら問いかける少年、もといパリス。
そんな彼のもとに
「ちょ、馬鹿アンタ何で奥から出てきたのよ!! 出てこないでって言ったでしょう!?」
「えっ、だってゾフィーが虐められてたから……」
「別に虐められてないから!!」
「え、でもゾフィー、動けなくされてるし……あ、そうか。そういうお遊びか」
「何でそうなるのっ!! っていうか、この状況でその言い方はやめなさい!! 変な意味に聞こえるでしょう!! というか、アンタ!! 本当に戻りなさい!! でないと……!!」
必死になって何かを言おうとするゾフィー。
しかし、そんな彼女を嘲るように、唐突にパリスの様子が変化する。
「うっ……うぅ……」
急に腹を抑えながら、その場にうずくまる彼を見て、ゾフィーの顔つきが真剣なものになった。
「っ!! ナイン、お願い、早くこれを解いて!!」
鬼気迫る口調。
それを感じてか、ナインはすぐさまゾフィーを捕えてた楔を消失させた。そして、自由になったゾフィーはすぐさまパリスのもとへと駆け寄る。
「くっ……症状が少し悪化してる。仕方ない。焼石に水程度のものだけど、治療しないと……」
そう言って、ゾフィーはパリスの上着を脱がせた。
そして。
「これは……っ!?」
思わず、目に入ってきた光景に、シリカは口を覆う。
パリスの体は火傷だらけだった。顔には一切ないが、服の下はそれこそ、火傷の痕がない場所がないくらい、ひどい有様。
しかも、だ。その火傷は、まるで生き物のように、動いていたのだ。
「……怨呪か」
「……ええ。そうよ」
眉をひそめるナイン。そして、腹立たしいと言わんばかりな表情で答えるゾフィー。
二人の態度から、パリスの体の火傷が、ただの傷ではないことが分かる。
「えっと……怨呪って何ですか?」
「呪いの魔術の中でも最悪な代物だ」
「最悪?」
最強とか最高ではなく、最悪。あのナインがそう表現するほどなのだから、その魔術はロクでもないことはすぐさま理解できた。
「本来、魔術は魔力を使い、発動する。が、怨呪は魔力以外に、怨念という感情をエネルギーとして発動する代物だ。これが他の呪いの魔術と違うところは、呪いの効果が非常に強力な面も無論あるが、何より、呪われた本人以外、絶対に解くことができない、という点だ」
奇妙な言い回しだった。
絶対に呪いが解けない、というわけではなく、呪われた本人以外解くことができない。それは一体如何なる意味なのか。
「それはつまり、解呪できないってことですか?」
「いいや、違う。呪いを解くことはできる。怨呪は、特定の行動を達成すれば、解呪することが可能だ。だが……その内容は、あまりにも苛烈かつ、非常に困難なものが多い。というか、ほとんどが達成不可能な内容だ」
「たとえば、どんな?」
「返り血を浴びながら、人間を一万人殺せ、といった内容とか、だな」
「っ!? そんなの……」
「ああ。そんなことはほぼ不可能だ。とりわけ、呪いを受けた人間は、激しい痛みを伴うもの。そんな状態で何か行動すること自体が無理難題だ。しかし、怨呪を解くための内容は、それくらい厳しいものがほとんどだ」
それは最早、詐欺同然の内容だ、と思ったのはシリカだけではないだろう。
「解く方法はあるが、それが限りなく不可能に近い呪い。まったくもって、質が悪い。そして、それは使用者にも言えることだ」
「使用者って、つまりは呪いを仕掛けた方ってことですか?」
「ああ。怨呪の最も特筆すべき点は誰でもできる、という点だ。ほとんどの人間は、魔女や魔術師でなくとも、多少の魔力は持っている。無論、それは極わずかなものだ。だが、そんな僅かな量の魔力でも、怨念と組み合わせれば、たとえ魔術の才能がなくても、発動することは可能だ」
相手を確実に苦しめるという割に、あまりにも発動条件が緩すぎる。
けれど、発動することは簡単ではあるが、それが即ち、何の代償もいらない、ということには繋がらない。
「だが、反動として怨呪を使った人間は、ほぼ確実に死ぬ。まぁ、多少の例外は存在するが、それでも大きな代償を支払うこととなる。恐らく、この小僧を呪った奴も、最早死んでいるだろうよ」
「……ええ。ナインの言う通り、この子は生まれたその瞬間に、怨呪をかけられたのよ。十年前、この子が生まれることを何よりも恐れ、憎んだ奴にね。ま、そいつも怨呪の反動のせいで、死んだんだけど」
「十年前…………」
「フロイドさん……?」
ナイン達の言葉を聞いて、フロイドは口を押えながら、考え込んでいた。
まるで、そんなはずはない、と自分に言い聞かせるように。
そして、それを確認するための言葉を口にする。
「待ってくれ。待ってくれ、まさか……パリスを呪った人間っていうのは……」
「ようやく理解できた?」
しかし、真実というのは残酷なもの。
フロイドの問いに、ゾフィーは苛立ちを隠さないまま、はっきりと言い放つ。
「そうよ。この子を呪ったのは他でもない―――第一皇子、アンタの母親よ」
それは、フロイドが一番受け入れたくない事実であった。
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