三十二話 魔女ゾフィー②
そうして、魔女と魔女の激しい戦いが幕を開けた。
……と、どこぞの物語ならばそんな文言から始まるのだろうが、現実は違う。
どれだけ強い者同士だろうと、どれだけ力がある者同士だろうと、その戦いが何時間も続く、というのは稀だ。
逆に言えば、だ。
勝負がほんの一瞬、刹那の時間で決まることが、よくあることである。
「……本当に数分で決着が付いたな」
フロイドの言葉通り、戦いは数分程度のものだった。
しかし、たった数分、というにはあまりにも濃すぎる戦いでもあった。
荒れ狂う風、どこからともなく降り注ぐ雷、四方八方から出現し、相手を延々と追いかける火炎玉……ありとあらゆる魔術が行使され、互いにぶつかり合っていったのは、まさしく嵐そのもの。おかげで、地面のあらゆるところが抉れている。
加えて、ナインが使用した楔も、あちこちに突き刺さっていた。
そんな中。
「くっそぉぉぉっ!! 何でアタシの領域なのに、アタシが負けるのよぉ……」
などと言いながら、泣いているのは、一人の少女。
服の端の部分を何か所も貫かれ、地面に倒れ伏している、というか拘束されている。
長い銀髪を後ろで結んでおり、涙ぐんでいる瞳は深紅に染まっている。服は、肌が必要以上に露出しているが、これは戦闘による負傷からのものではなく、最初から布面積が少ない服であるがゆえのもの。
そんな姿を見て、シリカは思う。
(師匠もそうだけど、魔女って露出が高い服を着る決まりでもあるのかな……あっ、でもティアニアさんは違ってたから……二人が、そういう趣味、なのかな……?)
既に一緒にいる期間がそれなりなせいか、最早疑問に思うこともなくなっていたが、ナインの服は、かなりきわどいものだ。その見た目の年齢にあまりにもそぐわない、露出の高い衣装。へそだの、肩だの、太ももだの、そんなものは見えて当然とばかりのそれは、シリカにとっては、少々刺激が強い代物。今でこそ慣れたが、改めて見ると、自分の師の服装がとんでもないものなのだな、と再認識する。
などとシリカが考えていると、ナインは溜まりにたまった溜息を吐きながら、言葉を紡ぐ。
「当然だろうが。オレ相手にも殺さずにどうにかしようとしていたのが丸わかりだ」
「うぐぐ……」
「あれで、殺さないようにしてたって……」
正直信じられない。それがシリカ達の見解である。
それほどまでに、先ほどの戦いは苛烈だった。短時間ではあるものの、魔女同士の対決は、それこそ、普通の魔術師など付け入る隙がないほどのもの。一瞬でも気を緩めれば、即座に相手の攻撃を受けてしまう。そんな攻防だったのだ。
「さて。そろそろ、話を聞かせてもらおうか」
「ふん……言ったはずよ。言わせたいなら、力づくでどうぞ。何なら、拷問でもする?」
その言葉に、ナインの表情に苛立ちが募った。
「おい、いい加減にしろよ。お前、本当にどうしたんだ。確かにお前が他人を信じないようになったのは知っているし、理解もしている。だが、ここまで強情になる理由は何だ?」
問いかけるナイン。
だが、一方のゾフィーは、そんなナインをじっと見つめていた。まるで、何かを観察するかのように。
そして、しばらくの沈黙の後、鼻を鳴らし、口を開く。
「その反応……そう。そうね。どうやらアンタは何も知らないようね。ええ、まぁ分かってはいたけど。アンタがアタシを騙そうとしないってことも、何となく理解してたし。アンタには世話になったこともあったし、それなりの付き合いもあったからね。それくらいは分かるわ」
けれど。
「でも、そいつがいるってことが、アタシに疑問を抱かせる。あの帝国の、それも第一皇子がここに来たってことが、何よりの不安材料なのよ」
などと言うゾフィーの視線の先。
そこにいたのは、フロイドだった。
「……俺様?」
と、自らに指をさすフロイド。
よくよく考えてみてほしい。かつて対立した帝国が、数週間前、千人規模の人数で攻めこんできており、さらにはその皇子がここまでやってきたとしよう。
これで、怪しくないわけがない。
「あー……その、何だ。アンタと帝国の間で色々あったのは理解している。加えて言うのなら、先日、ウチの騎士団がアンタのところに押し寄せたのもな。そういうのも含めて、帝国の人間が信じられないのは分かるがよ。ちょっとはこっちの話を聞いてくれねぇか?」
「話? 話ですって……? よくもまぁ、ぬけぬけとそんなことを言えたものね。流石は帝国の皇子様。そういうところは、時代が変わっても相変わらずのようね」
説得を試みるフロイドだったが、どうやら逆効果になってしまったようだ。
ならば、と今度はシリカが前に出る。
「あ、あの、ゾフィーさん」
「何!? っていうか、アンタ誰!?」
大声での対応にシリカは一瞬、身震いしてしまう。
が、その言葉は何も間違っていない。何せ、シリカは未だに自己紹介すらまともにしていなかったのだから。
「私は師匠の弟子で、シリカって言います」
「弟子? あっそ……………………え、ちょっと待って。もう一度言って」
「あ、名前はシリカって言います」
「そうじゃなくて……アンタ、弟子って言ったわよね。それって、もしかして、この金髪ロリの?」
「はい。そうです」
その言葉に、ゾフィーは何度も何度もシリカとナインのことを交互に見ていく。
「……うっそ。信じられない。この頑固者に弟子ができるなんて……」
「ああ。オレも未だに自分でも信じられん。というか、信じたくない」
「師匠、その言い草はあんまりです……」
「喧しい。反論があるのなら、まともな魔力の調整ができるくらいには成長しろ」
ばっさり言われてしまうシリカ。その言葉に、未だ反論できないがゆえに、哀しくなってしまう。
が、今はそれは置いておく。
「そ、それでですね。そちらにも色々と事情があると思います。けど、私たちのこと、信用してもらえませんか? そして、できればそちらの事情も聞かせてください。私たちは、別に貴方を倒しに来たとか、そういうんじゃないんです。ただ、ここにいるっていう皇子のことについて、貴方から話を……」
と、シリカが自分たちがここに来た経緯を話そうとしていた、その時。
「こ、こらーっ。ゾフィーを虐めるなぁ!!」
刹那。
洞窟内で、この場に似つかわしくない声が響き渡ったのだった。
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