五話 弟子入り初日①
『お母さんっ! 私、大きくなったら魔女になるっ!』
かつて、シリカはそんなことを何の疑問も持たないまま、口にしていた。
今思えば、周りの女の子達がお嫁さんになる、と言っていた中ではかなり変わっていた夢だと言える。実際、かつてのシリカは周囲から、ちょっと変わった女の子として認識されていた。
けれど、そんな彼女の話を聞きながら、母親は微笑む。
『ふふ。いい夢ね。シリカなら、きっと立派な魔女になれるわ』
そんな言葉を口にしながら、彼女はいつもシリカの頭を優しく撫でていた。
シリカの父親は、彼女が生まれる前に事故で亡くなっており、母親が女手一つで育ててくれた。そして、シリカが魔女になろうと思ったのも、母が毎日のように、魔女が出てくる絵本を読んでくれたおかげでもある。
故に、今のシリカがあるのは、ひとえに母の存在が大きい。
『シリカ。いつか絶対、魔女になってね。お母さん、いつまでも応援してるから』
自分を産み、夢を持つきっかけを与えてくれた母に報いるためにも、シリカ・アルバスは魔女を目指しているのだった。
「……ふぁ。よく寝た」
むくり、と上半身を起こしながら、周りを見渡す。
見慣れない部屋。あるのは、ベットと机と本棚のみ。本棚にも、一切本が置かれておらず、あまりにも殺風景な状態だ。その割には、埃がちらほらと見当たることから、あまり使われていない場所であることは明白だった。
そんな部屋を、窓から朝日が照らしている。
「そっか……私、魔女の弟子になったんだった」
そこでようやく昨日の出来事を思い出す。
自己紹介の後、シリカは唐突に眠気に襲われた。ナイン曰く、妨害を施してある森の中を何時間も迷い、挙句無理やりたどり着いた影響、だという。そのため、シリカは空いている客室を宛てがわれ、部屋についた途端、一気に眠ってしまったのだ。
徐々に眠気が無くなり、視界もはっきりしていく中、シリカは窓の外を見つめる。
(今日から私は聖女じゃなくて、魔女の弟子なんだ)
夢にまで見た魔女、その弟子になった。
それは嬉しい事実ではあるが、しかし浮かれてばかりもいられない。
聖女であった自分には、魔女の世界は未知そのもの。分からないことも、知らなければならないことも山のようにあるだろう。
しかし、だ。彼女はその前に、『楔の魔女』ナインの弟子である。
ならば、まずやるべきことは、決まっていた。
*
「―――で、これは一体どういうことだ?」
朝一番、ナインが口にしたのは、そんな一言だった。
「あっ、おはようございます、師匠。すみません、ちょっと待ってくださいね。もう少しで朝食ができるので」
そう言いながら、エプロンを着たシリカは調理場で料理を続けていた。
「いや、そうではなくて……何でお前が朝食を作ってるんだ」
「? なぜって、私は師匠の弟子ですから。教え子が師の世話をするのは当然じゃないですか」
さも当然と言わんばかりのシリカ。
しかし、彼女にとっては、本当にそれが自然なこと。かつて、聖女の見習いであった時は、先生である『紅の聖女』の身の回りの世話を一切全て引き受けていた。
故に、師である者に朝食をつくる、というのは彼女の中では弟子として『当然の仕事』なのである。
料理を終えたシリカは、調理場のすぐ隣にあるリビング、その中央にある机の上に、朝食を並べていった。
そして、全ての工程を終えた彼女は、椅子を引き、ナインに向かって言う。
「はい。どうぞ座ってください」
「……、」
誘われるものの、ナインはしかめっ面をしながら、シリカを睨む。
確かに、弟子が師匠の世話をする、というのは一般的な考え方かもしれない。技術を学びたいと言っているのだ。その返礼として、周りの世話をする、というのは尤もなことだと言えるだろう。
しかし、しかし、だ。常識的に考えて欲しい。昨日いきなりやってきた人間が、教えてもいないのに勝手に調理場に立ち、食材を使い、朝食を作っているこの状況。
はっきり言おう。普通ではない。
別段、勝手なことをされたことを怒っているわけではなく、ただそのあまりにも順応し過ぎな行動に困惑してしまった。
これで何も思うな、という方が無理がある。
「えっと……何か問題ありましたか? はっ、まさか師匠、トマトが嫌いでしたか!?」
「阿呆。そんなことではないわ。目の前にいる非常識な弟子を前に呆れているだけだ」
けれど、あまりにも斜め上な言動と態度に、ナインは思わずため息を吐いた。
「……はぁ。まぁいい」
まるで根負けしたと言わんばかりな態度を示しながら、ナインは席につく。
並べられている朝食は至ってシンプル。
出来立てのクロワッサンに、熱々のコーンスープ、切り分けられた野菜類。特にこれといって、珍しい料理ではない。
ないのだが……。
(何だこれは……何故か、妙に美味しそうに思えるのは)
ナイン自身は、食にそこまでの拘りはない。しかし、そんな彼女にでも、目の前の料理が美味しそうであることは、すぐに理解できた。
知っている料理であり、知っている見た目、知っている匂い。だというのに、何故か食欲をそそられてしまうことに違和感を覚えながらも、ナインは料理に手をつけた。
「――――――っ」
刹那、口の中で晩餐会が開かれる。
スープを、野菜を、クロワッサンを口に入れる度に手が次へ次へと動いてしまう。それは最早、彼女の意識に関係なく、勝手に運び込まれていくのだ。
そして、気づいた時には、もう既に朝食は全て皿の上から消え去っていた。
「ど、どうでしかたか?」
「………………………………うまかった」
観念したかのような、小さな声でナインは呟く。
「お前、もしや料理人を目指していた時期でもあるのか?」
「え? いやいや、そんなことないですよ。ただ、聖女見習いだった頃の先生が、美食家で。下手な料理を出してるとぼっこぼこにされましたから」
「ぼっこぼこって……」
「あ、あと家事全般も覚えさせられましたね。『貴様は聖女の才覚はない。故に、それ以外のモノを叩き込んでやる』って言われまして。いやぁ、最初は大変でした。家事は小さい頃からある程度できてたんですけど、先生は何事も徹底してましたから。ちょっとでもできてなかったら、怒りの鉄拳が振るわれたので」
今でも思い出す、地獄の日々。母親と二人暮らしだったシリカは、家事にはある程度自信があった。けれど、その一切合切を叩きおられ、身も心もボロボロにされてしまった。
が、それでもめげずに努力し、最終的には『紅の聖女』に文句が言われないようになったのだ。
「なので、家事全般は任せてください!」
「お前はオレの使用人にでもなりにきたのか……」
自信満々な口調で言い放つシリカに、ナインは思わず頭を抱える。
魔女の弟子になりきたというより、家政婦志望者のような内容なのは、なぜなのだろうか。
全くもって、先行き不安である。
八話目投稿です!!
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