二十三話 弟子の条件③
ミーシャを攫った魔術師との戦いは、呆気なく終わった。
たった一撃。本当に決着は一瞬だった。しかし、そのおかげで、余計な犠牲を出さずに済んだので、結果オーライと言えるだろう。
無論、もっと詳しい話を聞いたり、生け捕りにした方が良かったのかもしれないが、ナイン達からしてみれば、シタールから聞きたい話など、それほど重要なことではない。
大事なのは、ミーシャ、そして体を乗っ取られていたレナルドを如何にして助けるかというもの。
あのまま、だらだらと戦っていれば、きっと二人を人質にしていたはずだ。いや、レナルドにしてみれば、体を乗っ取っている時点で、最早人質にしているようなもの。
だからこそ、ナインは一瞬で片を付ける方法を取ったのだった。
そして現在。
「……よし。後遺症はどちらもない。魔術的にも何かしらの呪いがかけられている痕跡もないしな」
「では」
「ああ。二人とも、何の問題もない状態だ」
その言葉を聞いて、カリムは安堵の息を漏らす。
今、ナイン達がいるのは、カリムが用意した宿屋、その一室を使って、ナインはミーシャとレナルドを魔術的に診察していたのだった。
「男の方は、体を乗っ取られていたせいで、意識が奥底に落とされていたようだが、それも数日寝ていれば目が覚めるだろう。そっちの婚約者については、誘拐された際、睡眠の魔術をかけられた痕跡があるが、それも既に解いてある。直に意識を取り戻すだろうさ」
魔術師は追い払ったものの、何かしらの呪いをかけられている可能性も含めて調べたものの、その心配は無用だったらしい。
「『楔の魔女』殿。今回もまた、貴女に助けられてしまいました。本当に、ありがとうございます……」
「……いや。今回のことに限っては、オレの方に原因がある。むしろ、こっちが迷惑をかけた」
魔術師……シタールの目的は、ナインを森の中から出し、会うことだった。そのために、カリムの婚約者であるミーシャを利用し、部下であるレナルドの体まで乗っ取ったのだ。流石のナインも、無関係、とは言えなかった。
「しかし、魔女というのも大変なようで。弟子になるために、こんなことをしでかす輩がいるとは……」
カリムに対し、今回の件は「ナインを捕まえるためにたまたまミーシャを利用した」という内容で伝えている。
流石に、惚れ薬の件はミーシャ自身が伏せているため、ナイン達がそれを口にすることはできなかった。
「ああ。魔術師、特に魔女になろうとする連中は、どこか頭がおかしい連中ばかりだからな。普通とか常識とか、そういう範疇で考えるだけ、無駄だ」
今回のシタールの行動が、いい例だ。
弟子になるために、関係ない他人に迷惑をかけている。しかも、その点については一切反省せず、悪びることもしない。まるで、そんなことなどどうでもいい、と言わんばかりな態度。
本当にロクでもない奴だったと、ナインは改めて思った。
「でも、師匠。あの人は、あれで良かったんですか?」
「そうですね……今回の事で、何かまた妙なことをしてくるのでは……」
不安な表情を見せる二人に対し、ナインは鼻で笑って返す。
「その時はその時だ。言っただろうが。こういうことは、珍しくはない。またちょっかいを出してくるのなら、今度こそ、叩き潰す。それだけだ」
そう。彼女にとって、こんなことは日常茶飯事。故に、一々気にすることはしない。ただ、もう一度余計なことをしてくるのなら、今度こそ、徹底的に払うのみ。
だがしかし。
ナインがシタールに対し、何かをするという未来は永遠に来ないのであった。
*
「―――か、はぁ、はぁ……」
ベットの上で意識を取り戻したシタールはそのまま勢いよく、上半身を起こす。
ここは、彼女が隠れ家として使っている廃村、その家の一つだ。周りはほこりまみれ。はっきり言って、人が住めるような場所ではない。
だが、今の彼女にとって、そんなことはどうでもよかった。
「くそっ。何で【ケアド】なんかで、ボクの魔術が解かれるんだ……!! 一体何なんだよ、アイツは……!!」
その疑問は不思議なことではなかった。
【ケアド】は治癒の魔術。それで、憑依の魔術が解かれるなど、誰も予想などできない。だからこそ、その意表を突いた作戦により、シタールはこうしてなすすべもなく、一方的に追い払われたわけだ。
しかし、それは逆に、追い払われただけであり、それ以外のことはされていないという意味でもある。
「舐めやがって……ボクなんか、殺す価値もないってこと? ふん。その舐めた態度が仇になったね。この程度でボクはあきらめない。きっと次こそは……」
「次こそは、か……面白いことを言う。まるで、自分に次があるような言い方だ」
刹那、シタールは声がした方へと視線を向ける。
そこにいたのは、黒衣の男。
眼鏡をかけた漆黒の男は、シタールの方を見て、不敵な笑みを浮かべていた。
「お前は―――がっ!?」
と、言葉が途中で止まる。
その原因は、男がシタールの顔面をわしづかみにしたせいであった。
必死に抵抗するシタールであったが、そんな彼女をあざけわらうかのように、男はびくともしない。
「全く。これだから最近の魔術師はダメなんだ。もっと慎重かつ狡猾にふるまわなければ、すぐに足元をすくわれる。それが、魔術の世界だというのに」
「あ、が、あ……っ!?」
「とはいえ、だ。君に『楔の魔女』の情報を与えたのは、まぁある意味正解だったんだろう。おかげで、『彼女』への手掛かりをつかむことができたんだから」
「何を、言って……」
「君が理解する必要性はどこにもない。君はただ、見たもの、感じたもの、思ったこと、それら全てを私に食べさせてくれればいい。これは、それだけの単純な話さ」
言うと同時、男の瞳が赤く染まる。
それを見て、シタールは悟る。これは、明らかにまずい、と。
けれど、もう何もかもが遅すぎた。
「では―――イタダキマス」
男がそんな言葉を口にした次の瞬間。
廃墟と化した家の中に、真っ赤な血しぶきが飛び散ったのだった。
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