二十二話 弟子の条件②
「……え?」
どうやら、シタールによって、ナインの返答は彼女にとって、思ってもみなかったものだったようだ。
「あれ? おかしいな。ボク、耳が悪くなったのかな。今、気色悪いって聞こえた気が……」
「聞こえていないのならもう一度言ってやる。お前のような奴を弟子にするつもりはない。気色悪いにもほどがある」
言葉は先ほどとそう変わらない。だが、口調の方はだいぶ怒気が加わっていることを、シリカは察していた。
というか……なぜだろう。ナインの周りから、妙な空気が漂っているように見えるのは。
「こんな馬鹿げたことをしておいて、弟子にしてくれだと? 舐め腐っているにも程がある。そも、お前の行動そのものが、弟子にしてくれという態度ではないだろうが」
まさにその通りである。
もしも弟子にしてほしいというその一点が目的なのなら、それこそ、直接頼み込むのが常道というか、当たり前の行為。
だというのに、人の体を乗っ取ったり、人を攫ったりなど、シタールの行動は意味不明なものでしかなかった。
「それは……こうでもしなければ、君と会うことができないからだよ」
「……、」
「君の居場所はとっくの前に調べていたさ。けど、何度行っても、君の家にはたどり着けなかった。そして、後から知ったのさ。君は、自分が認めた者以外の者を決して近づけさせないようにしている。中でも、弟子をとらないが故に、それを目的としている者はどんな人間であろうと、絶対に到達できないようにしている、とね」
その言葉で、シリカは以前ナインが言っていたことを思い出す。
彼女は、自分が認めた者以外を
「で、でも、師匠の下にはいろんな人が来ますよね? それこそ、ミーシャさんとか……」
「それは、彼女の力を心の底から欲している者を、彼女は認めているからだよ。邪念や姦計などない。本当に『楔の魔女』ナインの力がどうしても必要な人間。そういう者に関しては、彼女は門を開いている。そんなことも分からないの?」
苛立ちを最早隠すことなく言い放つシタール。ここで、流石のシリカも理解する。彼女は今、自分に敵意を向けているのだと。
そして、その理由が分からない程、シリカはおろかではなかった。
「本当に、むかつくよ。何で君みたいな奴が、あの『楔の魔女』の弟子になっているんだ。魔術を知る者なら、誰もが憧れ、誰もが尊敬している彼女の弟子。そこには、ボクがいるはずだった。そのはずなのに、何でキミみたいな、魔術をロクに知らなそうな奴が、そこにいるんだっ」
ぶつけられた言葉に、シリカは何も言えない。
結局、シタールが腹を立てているのは、自分がなりたかった『楔の魔女』の弟子にシリカがいるからだ。誰もが望んでいるその地位に、シリカはいる。そう考えれば、彼女を疎ましく思う者がいるのも当然と言えるだろう。しかも、魔術を最近知った初心者が弟子になったというのなら、尚更。
その気持ちは、確かに一定の理解はできる。
だが。
「―――言いたいことはそれだけか?」
冷たい端的な言葉が、ナインの口から放たれた。
その口調は、どこまでも呆れたものであり、一方でどこまでも苛立つものでもあった。
「ああ全く。魔術師って連中はいつもいつもこうだ。世の中、自分の想い通りになると勘違いしている。そして、それが少しでも外れたら、すぐに癇癪を起しやすい。魔術という、超常的な力を持っているが故の間違った自信というのは、いつの時代も変わらないな」
「な、なにを言って……」
「分からないか? ようは、お前が何をどう思っていようと、どうでもいいということだ。オレはお前を弟子にするつもりなど、さらさらない。そもそも、弟子をとることなど、元からしていないのだからな」
「でも、でもそいつは弟子してるじゃあないかっ!」
「こいつを弟子にしているのは色々と事情があるからだ……まぁ、とはいえ、お前がこいつと同じ境遇にいたとしても、弟子にすることはなかっただろうがな」
確かに、シリカは国王の【誓約】があったからこそ、ナインの弟子になれた。だが、重要なのは、そこから先。彼女が、今までナインの弟子で居続けられたことが、大事なのだ。
「こいつは最初から自分の足で、オレのところにやってきた。そして、弟子にしてくれと直接頼み込んできた。普通なら、それくらい当たり前のことはできて当然だが……お前は、それすらまともにできていない」
何より。
「こいつは一度も他人を利用したり、傷つけようとはしてこなかった。むしろ、他人が利用されることに怒り、傷けられることを悲しんできた。そして、自分ができることを常に全力でやっている。本当に、馬鹿で、阿呆で、どうしようもないお人よしだ」
だが。
「そんなこいつだからこそ、オレの弟子でいられるんだよ。お前のような奴など、絶対に弟子にとることはない。自分の力を見せるため? ばかばかしい。この程度のことをして、一体何になるというのだ? 褒められるとでも思ったか? 凄い才能だ、オレの弟子にしてやろう、と? だとすれば、お前の頭は、この馬鹿弟子よりも、とんだお花畑らしい」
自分の思い通りになるのが自然の理と言わんばかりのシタールに対し、ナインは本当に怒りと共にあきれ果てていた。
「そんなお前にせめてもの情けに、オレ自らが相手になってやろう……と思ったが、ここに至っては、それすら面倒だ。故に―――お前を退けるのはオレではない。馬鹿弟子っ!」
「はいっ」
言われ、瞬時にナインの前に立つシリカ。
そして、杖を構え、言い放つ。
「【ケアド】ッ!」
瞬間、シリカの杖から放たれた【ケアド】の光が、魔術師を襲う。
刹那、シタールは思った。
何故、ここで【ケアド】なのか、と。
【ケアド】はただの治癒の魔術。それを自分にかけたところで、何の意味もないはずなのに。
そう思うのが当然。
そう解釈するのが当たり前。
ゆえに、相手は隙だらけとなり、【ケアド】をまともに受けてしまう。
それがたとえ、元の状態に戻すことに特化した【ケアド】であったとしても。
「う、が、あああああああああああああああああああああああっ!?」
意識が遠のく。いいや、正確には、精神がこの体から離れようとしていた。
そんな状態になっても、シタールは未だに、自分に起こっていることを理解しきれていなかった。しかし、それも仕方のないこと。 誰だって、【ケアド】によって、憑依の魔術を解除されるなど、想いもしないのだから。
しかし、それでも彼女にも分かっていることがある。
それは、自分が馬鹿にしていたシリカに、負けているという事実。
そして。
「―――ではな。しがない魔術師。これに懲りて、もう二度とオレ達にちょっかいを出すなよ」
それが、彼女が聞いたナインの最後の言葉であり、次の瞬間、シタールの視界は真っ暗になったのだった。
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