二十一話 弟子の条件①
不気味な笑みを浮かべるレナルド。
シリカは、彼に会うのは、これで三度目だ。しかし、以前の二回とは、明らかに雰囲気が違う。確かに、レナルドは仏頂面で鋭い眼光を放っていた。が、今の彼はそんなどころではない。こちらを見る視線も浮かべる笑みも、何もかもが異様に思えてしまう。
そして、先ほどの言葉。
「初めまして、か……成程。その言葉で、確信した」
杖の先端を向けて、ナインは言い放つ。
「お前、レナルド・バルマンではないな?」
「―――ふ、ふふふ。流石は『楔の魔女』ナイン。これくらいのことはお見通しってわけか」
その言葉を聞き、レナルドではない誰かは、さらに深い笑みを浮かべる。
と同時、深々と頭を下げ、言葉を続ける。
「改めまして。ボクはシタール。しがない魔術師だよ」
魔術師……シタールはその強面とは思えない程軽い口調で自己紹介をした。
と、そこへシリカの言葉が介入する。
「ミーシャさんはどこですか?」
「……彼女なら小屋の中だよ。安心していい。別に危害は加えちゃいない。ちょっと眠ってもらっているだけだ」
淡々と答えるシタール。が、その言葉にはどこか苛立ちが隠せていない。まるで、邪魔ものを見る目が、シリカへと向けられていた。
そのことは、シリカも勿論、スミレやナインも理解している。
が、敢えてそこを無視しながら、ナインは問いを嘆けた。
「お前の目的は何だ? その女、というわけではあるまい?」
「そうだね。彼女を利用したのは、つまるところ、君をおびき寄せるためだったから」
やはり、ナインの予想通りの目論見であった。
ナインの魔力が目的なのか、あるいは彼女を倒して名声を手に入れるのが目的なのか……どんな理由があるにせよ、人さらいまでやっているのだ。ロクなことではないのは目に見えている。
そして。
「ボクはね、君の弟子になりにきたんだ」
「……何だと?」
あまりにも突拍子もなさすぎる言葉に、ナインはおろか、シリカやスミレまで困惑してしまう。ロクでもないことだとは思っていた。
だが、ナインの弟子になるために、領主の婚約者を攫うなど、何を考えているのか。
しかし、そんな彼女らのことをよそに、目の前の魔術師は語りだす。
「【大魔女】の中でも古株である『楔の魔女』。君は一切の弟子を取ることをしなかった。けど、そんな君が、弟子をとったって話を聞いてね。なら、ボクも弟子にしてもらおうって思ったんだ。ああ、安心していいよ。今はこの男の体を使ってるけど、ボクはれっきとした女だから」
あっけらかんとシタールは話していく。その態度は、人さらいの態度とは到底思えない。
いや、彼女の中ではミーシャを攫ったことはさほど重要なことではないのだろう。肝心なのは、ナインと会うこと。そして、弟子入りをすること。そのためだけに、こんなことをしでかしたのだから。
「でも、それなら……」
そう。弟子になるのなら、こんなことをしでかす必要性など全くない。
そんなシリカの言葉を察してか、ナインが彼女の代わりに言い放つ。
「なぜ、こんなことをしでかした?」
「君にボクの力を見てもらうためだよ。そうすれば、ボクの才能を見せることができるからね」
「ハッ。人の体を乗っ取り、人を攫うことが、お前の才能だとでも?」
「ひどいなぁ。でも、最初に会った時は、ボクのこと、気づいていなかったでしょ?」
「ふん……まぁ、その点に関しては、認めよう。気を抜いていたとはいえ、気づかなかったのは事実だ」
確かに、ナインは二度も会っていたというのにシタールの存在を全く感知していなかった。恐らくは、体を乗っ取っていた際、ナイン達に会う時は、細心の注意を払い、体の奥底に身を潜めていたのだろう。
だが、理由はどうであれ、ナインが彼女に気づかなかったのは覆しようがないことだった。
「加えて一つ聞く。あの女に、オレのことを教えたのはお前か」
「そうだよ。彼女、婚約者との仲に対して、色々と困っていたから、惚れ薬のことと君のことをそれとなく教えたんだ。そしたら、案の定、君のとこへと向かった。けどまぁ、誤算だったのは、自分に惚れ薬を使おうと思ってたことかな。アレは、ちょっとひいたなぁ」
流石のシタールも、ミーシャが惚れ薬を自分に使うということは、予想外だったのだろう。だが、別段それは重要なことではない。大事なのは、ミーシャとナインに接点を持たせること。そして、それによって、ミーシャをナインをおびき寄せる餌にすることだ。
「本物のレナルドさんは、どうしたの?」
「どうしたのって。見たまんまさ。別に殺しちゃいない。体を乗っ取っただけ。最初は給仕の体に入ってたんだけど、この男、すぐにボクのことに気づいてね。それで、問い詰めてきたから、逆に返り討ちにしたってわけ―――それで? どう? ボクのこと、弟子にしてくれるよね?」
未だ、そんなことを口にするシタール。どうやら、彼女の中では、自分のしでかしたことの重大性を理解していないような節があった。
そして何より、彼女の中ではナインの弟子になることは決定事項であるようだった。
ゆえに。
「そうか。ならばオレの答えはただ一つ」
ナインは敢えて、当然の言葉を告げる。
「誰がお前のような奴を弟子にとるか、気色悪い」
そんな当たり前の答えを前にして、シタールは目を丸くさせていたのだった。
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