十七話 温泉②
「全く。風呂場で『あの』程度で大声を出すとは。それでもお前はオレの調停者か」
「あはは……面目ない」
乾いた声でそんなことを言いつつ、ロマはどっと疲れた顔をしていた。
シリカ達は今、宿泊している宿に帰ってきていた。宿、とは言っても、ただの宿ではない。イリアース家の当主が用意した、最高級の宿屋である。そのためか、泊まる部屋とは別に小部屋を用意され、そこで夕食を取るようになっていた。
「でもー、ほんとびっくりしたのよ。まさか、露天風呂でヤモリに出くわすなんて、想いもしなかったもの」
「だとしても、あんな間抜けな声で叫ぶ奴があるか。まぁ、貸し切り状態だった故に他の連中には見られなかったからいいものの」
「いやー、ほんとそれ。もしもイケメンや可愛い男の子にあんな醜態さらしてたら、ワタシ、絶望してたと思うわ……まぁ、それ以上に貸し切りだったせいで、超絶イケメンと麗しいショタとの出会いがなかったことの方がショックだったけど!」
その反応を見て、ナインは思う。
本当に貸し切りでよかった、と。
「でもよかった。何事もなくて。私、てっきりロマさんに何かあったのかとびっくりしましたよ」
「ごめんねぇ、シリカちゃん。心配させちゃって。ほら、ここはワタシの奢りだから、じゃんじゃん食べていいわよ!!」
と言いつつ、メニューボードを差し出すロマ。それによって、シリカ達は、どれにしようかと話し合っていた
その時である。
「―――失礼。お邪魔する」
唐突に声をかけてきたのは、一人の青年。
年齢は二十代前半、といったところか。高身長であり、長い黒髪を後ろで束ね、瞳もその髪と同じ黒。身に纏う服装も清潔感溢れる黒一色であり、この状況には明らかに場違いであった。
加えて、何より顔がすこぶる良い。
そして、そんなイケメンにロマが反応しないわけがない……と誰もが思っていたら、彼は以外な反応を示した。
「あら。誰かと思えば、貴方がこんなところに来るなんて」
「お久しぶりです、調停者殿。先日は世話になった」
「いえいえ。こちらも仕事だから、むしろ、貴方のような爽やかイケメンに頼られるのは、ワタシにとってご褒美よ」
「あ、あはは……それはどうも」
苦笑いを浮かべる青年。
話の内容から察するに、どうやら二人は知り合いのようだった。
「あの、ロマさん。こちらの方は?」
気になったシリカは、思わずロマに問いを投げかける。が、それに応対したのは、ロマではなく、青年の方だった。
「これは申し遅れた。私はカリム・イリアース。この領地の領主であり、イリアース家の当主をしているものだ」
イリアース家、当主。
その二つの単語で、シリカは無論、他の二人も全てを理解した。
目の前にいるのが、先日、指輪の一件を依頼し、かつその礼として一同をこの場所へと招いた張本人。
考えてみれば、おかしな話ではない。カリムはシリカ達をここへ誘ってきたのだ。ならば、本人が来ても何ら不思議なことではない。
だが、しかし、まさかこんな場面で遭遇するとは、誰が予想できようか。
「それで、彼女たちが?」
「ええ。貴方が連れてきてほしいと言った、『楔の魔女』とその弟子ちゃんよ」
ロマが言うと、カリムは視線を移す。
そして―――そのまま、シリカの方を向いて、頭を下げた。
「『楔の魔女』殿。この度は、こちらの依頼を受けてくださり、まこと感謝に尽きない。あの指輪には、色々と困らされていた。しかし、貴方のおかげでようやくそれからも解放された。本当に、何とお礼を言っていいのやら」
と感謝の言葉を口にする。
その様子を見て、流石にまずいと思ったシリカは、気まずそうに口を開いた。
「あ、あの~、すみません。『楔の魔女』は私のことじゃなくて、その、隣のこの人のことで……」
「?」
言われ、シリカの隣を見るカリム。
そして、その視線の先には不愛想な顔をしたナインがいた。
「……もしや、その子が?」
「残念ながら、こんな子供が、『楔の魔女』をやっている。ま、信じるかどうかは、そちらの勝手だがな」
その言葉に、カリムは困惑しつつも、慌てて謝罪の言葉を述べた。
「こ、これは失礼をっ。まさか、あの『楔の魔女』殿がこのような姿だとは存じ上げず……」
「構わん。そういう勘違いをされてもおかしくないと自覚はしている」
「そうよ、当主様。誰だって、初見でこんなチンチクリンが『楔の魔女』だなんて思えるはずないもの。悪いのは、こーんな詐欺みたいな姿をしている、この金髪ロリなんだから」
「お前にだけは言われたくないわ、変態神父」
どちらも黙っていれば、美少女と美男子ではある一方で、口を開けば、その第一印象をぶち壊してしまうという意味では、二人には類似点があると言える。
「―――カリム様。挨拶のほうは済みましたか?」
刹那、カリムの後ろから女性の声が聞こえてきた。
そこにいたのは、金髪の美女。カリムとは反対に白を基調とした服装であり、手首や指、耳にまで小さいけれど、高級そうな装飾品を身に着けていた。
肌も白く、目も少し鋭いものの、整った顔立ちをしている。
そんな女性を前にして、シリカはある違和感を覚えていた。
(あれ? この人どこかで……さっきのこの声も聞き覚えがあるような……)
疑念が頭に浮かぶシリカをよそに、カリムは口を開く。
「ああ。今、自己紹介をしていたところだ。皆さん、ご紹介する。こちらが、私の婚約者」
「ミーシャ・アムライです。どうぞ、お見知りおきを」
女性……ミーシャの言葉を聞き、シリカは確信する。
その声が、ナインに惚れ薬を頼んできた、『ライネ』のものであるということを。
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