十二話 大魔女①
ある日の午後。
シリカは、森の中にいた。
「ふーふふん、ふーふふん、ふ、ふ、ふーんっ」
鼻歌を歌いながら、シリカは薬草を採っていく。
ナインの家がある森は、いくつもの薬草が生えている。それこそ、通常では手に入れるのが困難であり、一束で家が買えてしまうほどの高額なものもあるほどだ。普通なら、考えられない状態と言える。薬草だけではない。この森にある植物は、珍しいものが多い。
その理由としては、ナイン曰く、ここの大地の流れが集中しているから、というものらしい。
『大地の流れ?』
『ああ。正確には、大地に流れる魔力の流れ、だがな。人間が魔力を持つように、この世界にも魔力はあふれている。それも人間の血のように、大地には魔力が流れているんだ。その中でも魔力の流れが集まる場所では、生命力が強くなる。結果、ありえない動植物が生息することがある』
そして、この森もその一つだという。
そして、そういう場所ほど、魔術に必要な材料がよく手に入るらしい。
『大地の流れ、それが集まる場所は、人里離れた場所がほとんどだ。そして、魔女はそういう場所に住み着くことが多い。魔女が人里離れた辺境にいるのは、そのためだ』
言われて、シリカは納得した。
確かに、シリカが読んでいた本の中でも、魔女は人の少ない森や山奥、洞窟の中で住んでいるのがほとんどだ。その理由が、大地の流れに関連していることは知らなかったが、これで少し合点もいく。
「さて、と。これくらいで十分かな。そろそろ戻らないと、師匠また怒るだろうし」
などと言いつつ、帰路につこうとするシリカ。
しかし、そこでふと気づく。
森の中にいた動物たちのざわめきが、一切聞こえないことに。
この森には、ナインの魔術によって、魔獣が一切存在しない。加えて、魔獣除けもしてあり、森の外から魔獣がやってくる、ということは絶対にないのだという。
一方で、普通の野生動物は生息している。兎や猪から、熊や狼まで。とはいっても、何故か全ておとなしい性格をしており、シリカも何度か熊に遭遇したが、襲ってくる気配は微塵もなかった。
そして。
その動物たちの気配が、今、全くしないのだ。
「―――あら。この森で彼女以外の人間と会うなんて珍しい」
そこにいたのは、少女らしき人物だった。
らしき、という言葉をつけたのには、無論理由がある。
背丈はナインよりも少し高いといったところか。黒のドレス、というより喪服姿であり、反して髪は黄金ともいえる金髪のツインテール。瞳の色は薔薇のように赤く、片手には黒い傘を手にしていた。
そこまででも結構珍しい姿ではあるが、一番の奇妙な点は、彼女が背負っているもの。
それは黒く大きな箱。大きさは少女の背丈よりも高く、表面には十字架の文様が中心にあり、まわりの縁には、見たこともない言語が彫られている。
ようするに、少女は棺を背負っていたのだった。
ここまで突拍子もない容姿と荷物を見て、目の前にいるのがただの少女だとは誰も言えないだろう。
「どうしたのかしら。こちらをジロジロとみて。何か、気になることでも?」
「え、いや、気になることというか、気になるところしかないというか……すみません。ちょっと見惚れてました」
事実である。
ナインの時もそうだったが、目の前にいる少女も目が離せないほどの美しさをもっていた。ナインの場合を凛々しいというのなら、こちらの少女は気品があるお嬢様、それを極限まで高めた感じだろうか。
シリカの言葉に、少女は面食らったかのように一瞬だけ目を丸めると、不敵な笑みを零した。
「ふふふ。面白い子ね、貴方。そして、素直なことは良いことです。そういうの、嫌いではないわ」
「は、はぁ……」
褒められているのか、馬鹿にされているのか、よく分からない言葉に、シリカは曖昧な言葉を返すしかなかった。
「えっと、その、私はシリカというんですけど、貴方は一体―――」
と、そこで少女は人差し指を口に当て、シリカの言葉を止める。
「人の名前を聞く時に自分の名を口にするのは当然。むしろ、褒められるべきところよ。けれど、この場合賢明な判断とは言えないわね。もしも、わたくしが悪い魔術師なら、どうするつもりだったのかしら? この森にいるということは、貴方、ナインの身内なのでしょう? なら、そういうところには気を付けなさい」
「す、すみません……」
条件反射的に謝るシリカ。
そして、今の発言から分かることは二つ。
一つは、目の前にいる少女が、ナインの知り合いであるということ。
そして、もう一つは……。
「もしかして、貴方も魔術師なんですか?」
「まぁ、そういう見方もできるわね。さて……もしよろしければ、ナインの元まで案内してくれるかしら」
「は、はい」
言われ、返事をしながら、シリカは少女を案内する。
そして、数分後。
玄関を開けると、魔術の本を読んでいたナインが、本を閉じながら、言い放つ。
「おい馬鹿弟子。薬草を採りにいくだけに、いつまで時間を―――」
刹那、言葉が止まる。
「久しぶりね。ナイン。元気にしてた?」
笑みを浮かべる少女。
反して、ナインは苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべ、シリカに言う。
「……お前、なんてものを連れてきているんだ」
「あらやだ。そんな言い草しないでちょうだいな。折角久々に会いに来たというのに」
二人の反応からして、どうやら知り合いという予測は当たっていたらしい。
しかし、どんな関係性なのかを理解していないシリカは思わずナインに問いを投げかける。
「あの、師匠。この方は一体……」
「……そいつは『棺の魔女』ティアニア。……オレと同じ、【大魔女】だ」
刹那。
シリカは言葉を失いつつ、驚きの顔になったのだった。
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