十一話 魅惑の薬④
数日後。
ライネは、鋭い眼光の護衛と共にシリカ達のところへやってきていた。
「これが、惚れ薬ですか……?」
言いながら、手にしたのは小瓶に入った桃色の液体。透き通った色合いのそれは、確かに惚れ薬らしい妖艶さを醸し出していた。
「ああ。とは言っても、まだ完成形ではない。これにあとは、好きになる対象の一部を入れれば、完成だ。それで? 例のものは持ってきたんだろうな」
「は、はい。こちらに」
言われ、ライネは懐から包みを取り出す。机の上でそれを開くと、中にあったのは少々の短い黒髪。それこそが、ナインがライネに持ってくるよう言っていたものだた。
「あの方の髪の毛ですが……これで大丈夫なのですか?」
「ああ。これが、本当に相手のモノなら、な。確認のために聞くが、これは本当にお前の相手の髪の毛なんだな?」
「ええ。それは間違いありませんわ。断言します」
「そうか……ならば、これを後は薬に混ぜ合わせるだけで、完成だ。少し待ってろ。この髪の毛を粉末状にして、混ぜ合わせてくる」
そう言って、ナインは一度奥へと引っ込んでいった。
そんな中、残されたシリカは、ライネに対し、問いを投げかける。
「あの、ライネさん。今更こんなこと聞くのは野暮って分かってるんですけど……本当にいいんですか? 自分に惚れ薬を使うだなんて」
「ええ。構いません。もう既に決めたことですから」
きっぱりと。
それはもう何の迷いもなく、仮面の女性は言い放つ。
「以前、お話ししたように、これがおかしな話であることくらいは自覚があります。そも、私という人間はまともではないのでしょう。幼い頃から、周りの女性たちが恋よ愛よと談笑している間、ずっと本を読んでいるような変わり者。だというのに、自分が実際結婚することが決まれば、人に恋をすること、異性を愛することが、どのようなものなのか、知りたくなった。そのために薬を使おうとしている。ええ、自分で言っておいてなんですが、頭がおかしいとしか言いようがありません」
ですが。
「だからこそ、知りたいのです。人に恋をするということが、どういうものなのか。そうすればきっと……」
その後の言葉は続かなかった。
言葉が詰まったかのような彼女に対し、シリカは思わず首を傾げる。
「ライネさん……?」
「……いえ。すみません。なんでもありませんわ」
優しげな言葉。しかし、その実、どこかはぐらかされたかのように感じたのは、シリカの気のせいだろうか。
何にしろ、これ以上の追及は無駄だと思ったシリカは続けて問いを投げかけることはしなかった。
そうして数分後。
小瓶を持ったナインが、戻ってきた。
「―――さて。これで惚れ薬は完成だ。では使い方について、簡単に説明するぞ」
言われ、ライネは小さく頷いた。
「とはいっても、使い方は単純。これを飲めば、それだけで相手のことを意識するようになる。本来惚れ薬とは相手に無意識に自分へ好意を向けるようにするもの。故に、中には意識してしまえば、効力が無くなってしまうものもあるが、これはそういうことがないよう、強力に作っている。とは言っても、催眠や洗脳とは違い、自分の意識が完全になくなったりすることはない。あくまで、『相手を意識する』という認識を強めるものだ」
「そ、そうですか。分かりました……」
ナインの説明を聞きながら、ライネはまじまじと小瓶を見つめている。
「ちなみに効力の方はどれくらい持つのでしょう?」
「永久的だ。時間が経って効果が切れるということはない。十年経とうが二十年経とうがな」
短時間しか効果がないものをライネが欲していないことくらいはナインにも理解できた。それ故の事前の配慮。
しかし、だ。
「だが、それは逆に言ってしまえば、一度飲めば、永遠に続いてしまうということでもある。故に、もしも薬の効果を消したいと思った時は、オレのところに来ると言い。そうすれば、惚れ薬の効果を消してやる」
こういう薬を使用した後、「やっぱりやめたい」という輩が出るのをナインはよく知っている。そのため、その対策もちゃんと考えていた。
「そこまで考えてくださるとは……」
「別に、お前のためではない。後からクレームを言われるのが癪なだけだ。どんな仕事であろうが、一度受けたのなら、きちんと最期までやり通す。それがオレのやり方だ」
その言葉通り、シリカはナインがこの薬を作るのにどれだけ苦慮していたのか、よく知っている。そして、手抜かりが一切ないことも。
「感謝しますわ、『楔の魔女』様。この御恩は一生忘れません」
「ふん。感謝されるいわれはない。オレは仕事でそれを作ったまでだ。そら、満足したならとっとと帰れ。もしも何か問題があれば、またウチに来い」
「はい。それでは失礼致します」
そう言うと、ライネは惚れ薬の小瓶を懐にしまい、一礼した。そして、お付きの護衛の男と一緒にナインの家から去っていったのだった。
仮面の女性がいなくなってしばらくした後、不意にシリカは口を開く。
「……師匠。これでよかったんですかね」
「何がだ?」
「いや、だって、その、何ていうか、やっぱり薬で無理やり恋をしようとするのって、どうなのかなって思って」
「まぁ、その疑問は尤もだが、本人がそれでいいと言っていたんだ。オレ達が口を挟む理由はどこにもない。それによく言うだろう? 恋なんてものは、人それぞれだ、と」
それを言われると、シリカは何も返せない。
そもそも、彼女自身、恋がどういうものなのか、知らないのだ。そんな自分が、正しいだの間違いだのと、とやかく言うのは筋違いであるし、説得力もない。
ゆえに、あれもまた、一つの恋の有り様なのだと割り切るしかなかった。
けれども、だ。だからこそ、一つの疑問が頭をよぎる。
(私も……いつか、恋が何なのか、わかる時が来るのかな)
未だ知らない恋という代物。
それをシリカが理解する日は、果たしていつのことになるのやら。
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