三話 元聖女の弟子入り③
「―――ぉぉぉおおおおおおおおお、がっ!?」
ようやく落下から解放されたシリカだったが、その代償は地面との激突だった。しかも顔面。普通なら、即死である。
しかし、当の本人であるシリカは顔を抑えるだけで、特に目立った外傷はなかった。
「痛たた……うう。死ぬかと思った……一瞬、天国にいる先生の姿が見えたし」
無理やり聖女にされたなど、色々と妙な人生を送ってきたシリカではあるが、逆さ吊りにされて、その状態から落とされ、挙句顔から地面にぶつかる、なんて出来事は今回が初めてである。
直撃する瞬間、走馬灯らしきモノが頭をよぎったのだから、相当だ。
「にしても、ここは一体……」
頭に手を当てながら、周りを見渡す。
そこは、真っ暗な地下室……などではない。
まず見えるのは草原。どこまでも続いているそれは、風によって静かに靡いていた。上に視線をやると、そこにはまごうことなき青空が広がっており、小さな雲がゆっくりと流れている。
どこからどう見ても野外。しかし、シリカは先ほど、床にあいた穴に落とされたはずである。ならば、必然的にここは屋内であるはず。
一体全体、どうなっているのか。
「実験場だ」
などと、何の前触れもなく声がしたかと思って隣を見ると、そこには先程の少女が、身の丈程の長い杖を持ちながら立っていた。
「うぉわっ!? び、びっくりした。っていうか、今どこから……」
「ここはオレの家だ。転移くらいは簡単にできる」
「そ、そうなんですか……あ、っていうことは、やっぱりここは家の中なんですか?」
シリカの疑問に、少女は頷く。
「ああ。魔術の実験には事故がつきものだからな。家の中で、万が一のことがあってはたまったものではない。だから、こうして実験場をなん部屋も作っている」
「部屋って……ここ、どう見ても平原ですよね? 空もあるし、風だってふいてるし……」
「擬似空間だ。空間を捻じ曲げて、本来なら有り得ない場所を作り出している」
「じゃあ、空も風も全部偽物……?」
「そういうことだ」
言われるものの、シリカはそれをすぐには鵜呑みにできなかった。彼女の目の前に広がっている光景。それらが全て作り物と言われても、正直実感がまるでなく、どう見ても偽物とは思えない。
草に触れ、地面に手をつく。感触から匂いまで、本物そっくり。空を見上げても、やはりさっきと同じように青空と雲がそこにはあり、こちらも実物そのものだった。
「すごい……やっぱり、魔女って凄いんですね!?」
「ふん。世辞はいい。この程度のモノなら、腕のある魔術師にでもできる。特に、お前は王宮にいたのだろう? なら、それこそ腕の立つ魔術師がいただろうに」
「ええと、まぁそうなんですけど、生憎と私、魔術師の知り合いとかいなくて……というより、王宮の知り合いもそんなにいなかったっていうか……全くいなかったというか……」
「? お前、聖女だったのだろう? なら、その手のツテで魔術師と交流を持ったりしなかったのか?」
王宮には、それこそ腕利きの魔術師がいる。ここまで再現できるかどうかさておき、疑似空間を作れる魔術師ならば、いてもおかしくはないはずだ。
いや、そもそも、だ。少女は一つ、疑問に思っていた。
この少女、魔女になりたいと思っている割に、魔術に対しての知識が乏しすぎるのではないか?
しかし、その疑問の答えは、すぐに分かった。
「その……なんていうか、私、最弱聖女って呼ばれるほど、無能でして。そんな私と交流を持とうとすると、世間体が悪いということで、私の周りには、あんまり人が寄ってこなかったんですよ。それこそ、話し相手が国王様しかいないくらいで……」
「……、」
「それに、私、最弱って言われてても、一応聖女だったんで、魔術について勉強するより、聖女の修行の方をずっと優先してたんです。だから、魔術の知識は疎いどころか、魔術を見たのだって、数回程度しかなかったんです。だから、こうして魔術をまじまじと見るなんて、初めてで、何というか、とても興奮してます!」
微笑を浮かべながら、そんなことを言い放つシリカ。
笑みを浮かべてはいるものの、言葉の端々から感じるものは、どこか暗いものを感じさていた。
そんな彼女の言葉を聞き、少女は少しの間沈黙を保っていたかと思うと、鼻を鳴らして、口を開く。
「……ふん。この程度のことで、一々興奮されては困る。これからお前は、魔女の弟子になるのだからな。それよりも。そら、さっさと測定を始めるぞ」
言い終わると同時、少女は身の丈程の杖の先で、地面を二回叩いた。刹那、どこからともなく水晶が現れ、少女の左手に収まった。
「これは……?」
「魔力測定器の水晶だ。触れた者の魔力量を光の輝きで判別することができる。魔力量が多ければ多いほど、光の輝きが大きくなる、という仕組みになっている」
「へぇ~」
「まずはこれでお前の魔力を測定する。どれだけの魔力を持っているか、それを自覚しなければ、話にならんからな」
「自覚……?」
「いいから、さっさと触れ。それだけでお前の魔力を測定することができる」
妙な言い回しに疑問を持ったものの、少女に急かされながら、シリカは水晶に己の手を置いた。すると、水晶が徐々に輝きだす。
そう思った刹那。
輝きは眩い閃光となり、次の瞬間、魔力測定器の水晶は爆発したのだった。
六話目投稿です!!
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