七話 呪いの指輪⑦
アルバの魂が逝ったあと、彼の体はナインの手によって焼却された。本来ならば、どこかに埋葬すべきなのだろうが、それでは同じことの繰り返し。故に、もう二度と同じことが起きないよう、彼の体は燃やされたのだった。
湖がある森に関しても、ルーネの力で徐々に毒気を消していくという話である。
こうして、指輪の問題、ひいてはルーネが抱えていた湖の問題はどちらも一度に解決する形となった。
だというのに、シリカの表情には陰りがちらついていた。
「……、」
無言。
帰路についてからというもの、シリカの言葉数は明らかに減っている。常にあれだけ騒いでいる少女が、沈黙を続けるというのは、一種の恐怖すら覚えてしまう。
そんな彼女を見て、ナインは思わず、溜息を吐いた。
「はぁ……おい。いつまで落ち込んでいるつもりだ」
「え……、あ、す、すみません」
謝罪の言葉を口にするも、心ここにあらずといった状態は続いたまま。
ナインとて、その原因が何なのかは理解しているつもりだ。確かに、人の死を見た後に、平然としていろ、というのはあまりにも無体な話だろう。しかも、その死を自分が手助けしたとなれば、尚更。
けれど、それを考慮した上で、ナインは敢えて言う。
「全く……あの連中も言っていただろう。あの男の死に、お前が悲しむ必要も、責任を感じることもない。あれは、あの男が決めたことだ。お前が手を貸さずとも、いずれあれはああなっていた。むしろ、心残りを消せてやったのだ。それだけでも、あれはマシな死に方だっただろうよ」
「マシな死に方って……」
「事実だ。あれも言っていただろう? 必要以上に、長寿になろうとすれば、ロクな目に合わないことが多いものだ。ま、オレが言えた義理ではないがな」
苦笑するナイン。それは千年以上生きているがゆえの、自嘲だろうか。
しかし、そんな師の言葉を受けても、シリカの顔色は未だ晴れない。
「でも、その……私がもっと力を扱えてたら、アルバさんの魂を体に戻すことだってできたはずで、そしたら、あの人が死ぬこともなかったのに……」
その言葉を口にしたとたん、ナインの足が止まった。それと同時に、シリカもまたその場で止まる。どうしたのだろうか、と心の中で疑問を吐露していると、ナインは振り返り、弟子に向かって言い放つ。
「おい馬鹿弟子。ちょっとしゃがんでみろ」
「? どうしてですか?」
「いいから。ほらさっさとしろ」
奇妙な申し出に違和感を感じつつも、シリカはナインに言われた通り、彼女の前にしゃがみこんだ。
刹那。
ナインの小さな手がシリカの胸倉を掴み、そのまま彼女の顔面の近くまで強く引っ張られた。
「お前―――あまり調子こいたことをぬかすなよ」
その言葉を言われた瞬間、シリカは全身から汗が噴き出たのを理解した。
怖い。素直にそう感じてしまう。今まで何度も何度もナインには叱られてきたし、怒鳴られてもきた。だが、静かに放たれたその一言は、これまでのどの言葉より、重く、そして恐怖を帯びている。
それから理解できることはただ一つ。
今、目の前にいる魔女の怒りに、シリカは触れたということだ。
「人を助けたい。人を救いたい。その気持ちに対し、とやかく言うつもりはない。お前の生き方だ。好きにすればいい。だが……あの男の結末は、あの男が望んだものだ。それをお前の価値観で、否定することだけは許さん。自分がもっと力を扱えてたら? 阿呆が。お前がどれだけの力をつけようとも、あれの結果は決して覆らなかった」
シリカの魔力は異様だ。しかし、彼女はそれを未だ全て完璧に使いこなせてはいない。もしも、完全に掌握することができれば、きっと今よりももっと多くの魔術を使うことができるだろう。
しかし、だ。
もしもそうなったとしても、きっと彼女はアルバを生かすことなどできなかったはずだ。
力云々の話ではない。アルバ自身が、それを望んでいないのだから。
「よく覚えておけ。生かすことだけが、救いになるとは限らん。時には死こそが、相手の助けになることもある。それを肝に銘じておけ」
「師匠……」
真剣な眼差しは、どこまでも本気であり、シリカは何も反論することができなかった。
硬直する弟子を見て、ナインは我に返ったかのように、その手を放し、踵を返した。
「……下らんことを言ったな。まぁ、要するに終わったことをいつまでも引きずるなということだ。さっさと忘れろ、とは言わん。だが、そのことに気を取られてしまっては、ロクなことにはならんぞ」
「……はい」
ナインの言葉は、何も間違っていない。どこまでも正しい。魔女としてだけではなく、それは人として当たり前のことだろう。他人の生死を己の価値観のみでどうこうしようなどと、おこがましいにも程があるというもの。本人が死を望んでいるのなら、それを尊重するべき。何ら不思議なことではない。
だが、しかし。
「師匠。それでも、私、助けられる人は、助けたいと思ってます」
「……、」
「死ぬことが、その人が望んでいることだとしても、きっとそれが正解なんだってみんなが言っても、私は助けられるのなら、救うことができるのなら、きっと手を差し伸べます。余計なお世話でも、くだらない正義感でも、何でも構いません。ただ……生きることを、諦めてほしくないんです。生きていれば、きっといいことがあるって、私は信じてますから」
今の時代は世知辛い。それこそ、自殺したい人間は山のように存在するだろう。いや、それ以前に死ななければならない事情を持った人間も、きっといるはずだ。それこそ、ナインが言うように、死が救いになるような、そんな人間が。
だが、それでもあえてシリカは言う。
もしも死がその人間のためになることであったとしても、助けられるというのなら、助けを求めているのなら、自分は全力をもって、助けるのだと。
それが、シリカ・アルバスの有り様であり、生き方なのだから。
「ふん。お前は本当に、どうしようもなく、大馬鹿だ。そんな生き方をしていては、この先絶対にロクな目に合わないだろうよ」
「うーん……まぁ、そうですね。それはもう仕方ないかなって割り切ってます!」
「割り切るな。そして元気よく答えるな。ああ本当に、面倒な弟子だ……」
「面倒な弟子で、すみませんね。お詫びとして、今日は師匠の好きな料理作りますよ。何がいいです?」
「…………オムライス」
はーいっ、と軽く返事を返すシリカ。
そんな彼女の顔には、既に陰りはなく、明るい笑みをしていたのだった。
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