四話 呪いの指輪④
「ほう。オンディーヌか」
「オンディーヌ……?」
ここにきて聞きなれぬ単語に、シリカは首を傾げた。
「湖などにいる水の精霊だ。通称、湖の乙女。ウッドマンと同じく、力のある湖などに住んでいて、そこを守っている」
精霊、とナインは言った。言われてみれば、確かにどことなく雰囲気がウッドマンであったクルストンと同じようなものを感じる。
加えて、水でできた体など、まさしく水の精霊そのものだと言えるだろう。
「しかし、まさかこんな魔獣が大量にいる湖にいるとは、予想外だ」
「? そうなんですか?」
「ああ。精霊にとって、魔獣が放つ毒気は、猛毒だ。下手をすれば致命傷になりかねない。だというのに、ここまで汚されずに済んでいるとは。よほど力のある精霊らしい」
確か、クルストンの時もそんなことを言っていた、とシリカは思い出す。
ここに来るまで多くの魔獣をナインは屠ってきた。その数は尋常ではなく、故にここには魔獣の毒素が多く充満している。
そんな中で、目の前にいるオンディーヌがこうして存在していることが普通ではないといういことを、シリカは改めて理解した。
「あら、よくご存じで。もしかして、そちらは魔女様でございますか?」
「まぁな」
『しかも、ただの魔女じゃあねぇぜ。こいつは、かの有名な「楔の魔女」様だ!!』
と、シリカの手の中で大声を出すアルバ。
そんな彼、というか指輪を見ながら、オンディーヌことルーネは目を丸くさせながら、口を開く。
「……その野蛮かつ汚らしい声は、もしかして、アルバなのですか?」
『おうとも! お前の大事な大事なアルバだっ!! いやぁ久しぶりだなぁ』
アルバの言葉を聞き、ルーネは少しの間沈黙する。
そして、手で口元を隠しながら、続けて言う。
「……これは驚きでございます。もうとっくの昔に死んでいると思っていたのに、まさかそのような姿になってまで生き延びているとは。しぶとさだけは、相変わらずのようで」
『かかっ!! 言ってくれるじゃねぇか! そっちこそ、その毒舌っぷりが相変わらずで安心したぜ』
「お黙りなさい。私が毒を吐くのはあなたにだけです……それよりも、先ほどの言葉は聞き捨てなりません。本当なのですか? この方が、かの有名な『楔の魔女』様だというのは」
『ああ。本当だ。事実、ここに来るまで、森の魔獣どもを一方的に蹂躙してたからなぁ。おかげで連中、最後には尻尾撒いて逃げてったぜ』
「……確かに、少し前から魔獣たちの動きがおかしかったのは事実ですが……」
そう言って、ルーネは視線をナインの方へと移す。
「本当にあなたが、あの『楔の魔女』様なのですか……?」
「ああ。一応、そう名乗っているな。ま、信じられないのも無理はない。そういう展開は、いつものことだしな」
ナインの自嘲じみた言葉に、しかし湖の乙女は首を横に振る。
「……いえ。その体から感じ取れる魔力、そしてその小さな身からは考えられない程の空気で分かります。失礼しました、『楔の魔女』様。まさか、貴方のような方にお会いできるとは、感激の至りでございます」
「ふん。世辞はいらん」
「世辞などと、とんでもございません。貴方の噂は兼ねがね耳にしておりますゆえ。しかし、だからこそ解せない。何故、貴方様のような方が、そこの下種とともに行動を……?」
『はっ、下種とは飛んだ言われようだ! こちとら、お前のために助っ人を用意したっていうのによぉ!!』
「助っ人……?」
これまた初耳である。
「アルバさん。どういうことですか?」
『どうもこうもねぇ。お前さんたち来てもらったのは、ここの湖の浄化をしてもらいたくて来てもらったんだよ』
「……そんな話は、全く聞いていないんだが?」
『ああ、今言ったからな』
「……、」
『え……ちょ、何故に無言? そして何故に片手に魔力を貯めてるの? って、ちょ、待った待った!!
悪かった! 悪かったって!! でもよぉ、こんな魔獣の多い湖の浄化をしてくれだなんて頼んでも断られると思ったんだよ!! けど、俺がこの指輪から出ていくためには、この湖の浄化が必要なんだよ!!』
「意味が分からん。湖の浄化と、お前が指輪から出ていくことへの関係性がどこにあるという?」
ナインの言う通りである。
湖の浄化をすれば、アルバが指輪から出ていくことができる……全くもって理解不能だ。一体、どこに因果関係があるというのか。
と、シリカが思っていると、ルーネがどこか気まずそうに言葉を紡ぐ。
「いえ、それがあるのでございます、魔女様。何故なら、この湖は……」
刹那、変化が起こる。
まず、起こったのは湖からの水しぶき。その中心には、何か不気味かつ大きな影があった。その姿は、すぐに視認することができた。
そこにあったのは、巨大な肉の塊。全長十メートルと言ったところか。形としては、人の姿をしているものの、人間と呼ぶにはあまりにも不出来な代物。目もなければ、口もなく、耳もなければ、鼻もない。両手の指らしきものも、ただの触手でしかなく、見れば見るほど、人間のようで、人間ではない何かにしか見えなかった。
「な、何ですかあれぇ!!」
思わず、声を上げるシリカ。これまで、色々な精霊やら魔獣やらを見てきたが、目の前にあるそれは、その中でも一等、拒否反応を起こすものだった。
はっきり言って、気持ち悪い。
だが、もっと信じられなかったのは。
『あー……嬢ちゃん。とても言いにくいんだが……アレな、俺の体なんだわ』
そんな、とんでも発言をぶちかましたアルバの方であった。
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