二話 呪いの指輪②
「えっと―――つまり、あなたは先代イリアース家の当主に封印された魔術師ってこと?」
『ああ、そういうことだ、嬢ちゃん』
シリカの問いに、指輪は答える。
魔女の弟子になってからというもの、普通とは違ったものを多く見てきたシリカだが、指輪が喋る、などという事態に未だ戸惑いを隠せていない。
『ちょいとあそこの領地で悪さをしてたら、先代の当主とやりあってな。まぁ、お互いボロボロになったんだが、あと一歩のところで体をぶっ壊された挙句、魂をこの指輪に封印されちまったんだよ。おかげで、今はこの有様だ』
「……人の魂をモノに封印する、という魔術は確かに存在する。が……それを呪いの指輪と呼称するのはどういうことだ?」
確かに、おかしな話である。
魔術師の魂を封印している指輪、というのは分かった。だが、それが呪いの指輪と言われるのは何故なのか。
「もしかして、この人? が魔術を使って指輪をつけた人を呪っているとか……」
「ああうん。そこは大丈夫。そういう害はないから。ただ……こいつ、人の目を憚らずにいつもいつも、あることないこと喋りまくって、煩いのなんの。でも、この指輪は当主の証だから、本来なら常に持っていなくちゃいけないの。おかげで、現当主はちょっとしたノイローゼ状態。教会に頼み込むくらいには、追い詰められていたわ」
「それで、呪いの指輪……」
確かに、よくよく考えてみれば、自分勝手に喋る指輪と常に一緒にいるということは、他人とずっと一緒にいると同義。しかも、その他人が自由気ままに喋っていれば、ノイローゼにもなるというもの。それこそ、ある意味呪いの指輪と言えるだろう。
「前当主は、自分の魔力でこいつの魂を抑え込んでいたんだけど、今の当主には魔術の才がなくてね。だから、こいつに勝手されてるわけ」
「なるほど。それで? オレはこいつを取り除けばいいのか?」
「ええ。できればそうして欲しいのだけれど……」
『ちょ、おいこら神父!! 話が違うだろうが!! 俺を湖まで連れていける奴を紹介するって話だっただろうが!』
「湖?」
全くの予想外の単語に、シリカは思わず首を捻る。
「ええ。こいつ、とある湖まで連れて行ってくれたら、指輪から出ていくって言ってね。でもその湖には強力な魔獣が多く生息していて、冒険者や騎士じゃあ絶対に立ち入れないの」
「ああ、それで師匠のもとにやってきた、と。あっ、でもその人の魂は封印されてるんですよね? だったら自力で指輪から出ていくのは……」
「そこは大丈夫。封印と言っても、前当主が死んだ時に、その効力はほとんど切れているの。今はこいつが、自力で指輪にとりついてる状態ってわけ。だから、こいつがその気になれば、さっさと指輪から出ていけるんだけど……」
「何を悠長なことを言っている。そんなことをせずとも、さっさと追い出せばいいだろうが」
「それができれば苦労はしないわよ。腕のある魔術師に何人か解呪を頼んだけど、てんでダメ。こいつ、指輪から追い出されないよう、何重にも魔術をしかけてあるの。まぁ、それに全力使ってるせいか、喋る以外だと、何の害もないんだけど」
『はははっ! 俺をそこらの魔術師程度と思うなよ。俺を指輪から出そうなんて、そんなことできるやつは存在しねぇよ!! それこそ、こんなちんちくりんにどうこうできると思うなよ!!』
自身たっぷりな男の言葉。
その言葉にいち早く反応したのは、ナインであった。
「―――ほう? なら、どれほどのものか試してやろうか」
『ん……え、何。何で右手に魔力貯めてんの? ちょ、もしかして俺、めっちゃピンチ? って、待った待ったちょい待った!! 冗談です、今の冗談!! 俺そんなに強くないからね? ちょっと可愛い女の子達の前で調子乗りたかっただけだから!!』
「安心しろ。痛みは一瞬だ」
『痛みって何!? いや、解呪とか取り除くとか、そういうのじゃないよね!? 完全に指輪ごと破壊しようとしてるよね!?』
ガタガタと震える指輪。そんな彼の姿を見たシリカは、ナインを止めに入った。
「師匠。ダメですよ。その指輪は大切なものなんですから」
「喧しい。別に本気で壊そうなどとは思っておらん。ただ、さっさと面倒ごとを終わらせようとしただけだ」
ナインとて、貴族に代々伝わる指輪を壊そうなど本気で思ってはいない。
「でも、師匠。この人、その湖に連れて行ったら出ていくって言ってるんですから。なら……」
「却下だ。そんな面倒なことをせずとも、魂をモノから取り除くことくらい、すぐにできる。一々変なことに関わる理由など、オレにはない」
その言葉に、シリカは反論できなかった。
ナインが言っていることは何も間違っていない。依頼は指輪にいる魔術師を取り除くこと。それを自力でできるのであれば、わざわざ湖まで赴く必要はどこにもない。
しかし……。
『いやいや、そこを何とか頼むよ!! 俺も別にずっとこのままでいたいってわけじゃねぇんだ!! ただ、あの湖に行かなくちゃいけねぇんだよ!!』
「それは何故だ?」
『そ、そいつは……今は、ちょっと言えねぇけど。でもよ!! ちゃんと湖に行ったら、この指輪から出ていくから!!』
必死で頼み込んでくる魔術師。
それに呼応するかのように、シリカも口を開く。
「師匠。ここまで言ってるんだから、連れて行ってあげましょう? ね?」
「……はぁ」
シリカの言葉に、ナインはしぶしぶと言わんばかりな溜息を吐いた。
そして。
「……すぐに出る。お前は支度の準備をしておけ」
「っ、はい!」
言うと、シリカは自らの部屋へと向かっていった。
そんな彼女たちのやりとりを見ながら、ロマは一言。
「何だかんだで、優しいのね、アナタ」
「喧しい」
神父の言葉に、ナインはただ一言、面倒くさそうに返したのだった。
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