一話 呪いの指輪①
――――誰しも、譲れない一線というものがある。
誇り、誓い、信念……有り様は様々。しかし、全てに言えることがあるとすれば、決して曲げることができない、ということだ。
そのためならば、人は時に争うこともあるし、命を懸けることもある。
無論……それが、どんなに下らない理由であっても。
「だから、何度も言わせるな。目玉焼きを半熟にさせるなど、言語道断だ」
「それなら、こちらも何度でも言います。目玉焼きは半熟だからこそいいんです」
バチバチと視線をぶつけ合う師匠と弟子。
どちらも互いの主張を曲げるつもりはなく、その瞳は真剣そのもの。
……だというのに、内容が全くもってどうでもいいことなのは、どういうわけなのだろうか。
「いいか。目玉焼きは固焼きこそが至高。しっかりとした弾力と歯ごたえ。一方で半熟は折角の黄身がすぐに割れてしまう」
「いいえ。目玉焼きは半熟がいいんです。黄身の部分を一気に食べるもよし、黄身と白身を混ぜ合わせて食べるもよし。二つの食べ方があるですから」
「ハッ、黄身と白身を混ぜ合わせるだと? 邪道もいいところだな。そんなんだから、お前はいつまでたっても半人前なんだ。いや、半熟前だと言ったほうがいいか?」
「師匠こそ。卵料理の全部を半熟にしたいとは言いませんが、目玉焼きは卵だけの料理。折角の黄身を固くするなんて、勿体ない。固くするなら、頭だけにしてください」
シリカは基本、色々と意見や反論はするものの、口が悪くなることは少ない。そんな彼女がこうまで攻撃的になるというのは、本当に珍しいことである。
それだけ、目玉焼きにかける情熱がある、ということなのだろうが……これは、誰がどうみても阿呆らしい光景である。
「あらあら。何をそんなに言い合ってるのかと思えば」
ふと、聞き知った声がしたかと思って振り返れば、そこには壁に寄り掛かったロマがいた。その表情に、どこか呆れが混ざっていたのは、恐らくシリカの気のせいではないだろう。
「あっ、ロマさんっ。おはようございます!」
「おはよう、シリカちゃん」
挨拶を交わす二人。
一方のナインはというと、目を細めながら、不機嫌な声を漏らす。
「……おい。何を普通に入ってきている。ノックぐらいしろ」
「したわよ。何度も何度も。だっていうのに、アナタたち、ワタシに気づかずヒートアップしてるから、勝手に上がらせてもらっただけ。文句ある?」
「大有りだ。朝からお前の顔を見るだけで、今日のやる気の全てが失せる」
「いや、そういうの本人前にして堂々と言うのやめてくれる? 地味に傷つくから、ホント」
容赦ないナインの言葉に、ロマは溜息を吐く。
「会って早々嫌味をぶつけてくるなんて、失礼しちゃうわ」
「当然だ。お前がここに来たということは、また仕事の話だろう? この間、二つほど解決したというのに、まだオレを働かせるつもりか」
「そういう契約でしょ。文句言わないの。大体、アナタはね……」
と愚痴を口にしようとしたその時。
「―――シリカ様。お待たせして申し訳ありません。パンの方が先ほど出来上がりました」
ふと、一人の少女が、奥の部屋からやってきた。
それは、ロマにとって見知らぬ少女。肌の露出が少なく、ところどころに包帯が巻かれている。その隙間から見える肌は焼けており、紫色の髪をしていた。その髪によって、左目が覆われており、片目しか見えない状態である。
もう一度言う。ロマは、この少女に面識がない。
だというのに、少女はロマの方を見て、微笑みを浮かべた。
「これはロマ様。いらっしゃっていたのですね」
「えっと……どちら様?」
「ああ、これは失礼しました、ロマ様。私です。スミレですよ」
言われ、数秒の間、ロマは無言状態だった。
そして、理解する。
先ほどからの少女の口調や言葉が、スミレのものであるということに。
「あらヤダ。スミレちゃん、人間の姿になれるようになったのね!」
「ええ。ナイン様が『課題』として、家で人になれる練習をさせてくださったので……とは言っても、完全というわけではありませんが」
言いながら、包帯を少しだけその中身を見せてくる。
そこにあったのは、竜の鱗。恐らくではあるが、包帯がしている場所は、未だ人の肌にすることができない状態なのだろう。故に、包帯で隠している、と。恐らく、片目を隠しているのもそれと同様だろう。
しかし。
「いやいや、十分よ十分! 滅茶苦茶かわいいじゃない! うんうん。そういう姿も、ワタシ、嫌いじゃないわ! むしろ好きよ!」
「あ、ありがとうございます……」
「おいこら。弟子の使い魔にまで色目を使うな、この色情魔が」
「誰が色情魔よ。ワタシはね、可愛いものを可愛いと言ってるだけ。それのどこか悪いことなのよ……まぁ、できることならお持ち帰りしたい気持ちが全くないとは言わないけど」
「本音が漏れてるぞ、クソ神父」
それでも神父か、と言いたげなナイン。シリカとスミレも、どこか反応に困ったような苦笑を浮かべていた。
「あっ、ロマさん。朝食はまだですか? よかったら一緒に食べません?」
「あら。いいの? じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかしら」
「では、シリカ様。お皿と料理の追加を持ってきますね」
「うん。お願いね」
言われ、一礼をしながらスミレは奥の部屋へと戻っていく。
「……それで? 今日の仕事は何だ」
「あらあら直球ね。朝食を食べた後でもいいんじゃない?」
「喧しい。気を持たせるな。そんな状態で飯を食ったら、うまいものもまずく感じるだろうが」
「む、それもそうね。じゃあ、先に言っちゃいましょ。今回、アナタたちに頼みたいのは、ある指輪の呪いを解いてほしいのよ」
「指輪の呪い、ですか……?」
「ええ。勿論、ただの指輪じゃないのよ? イリアース家っていう辺境貴族、その当主に代々伝わる由緒正しき指輪よ。それで、その辺境貴族から直々に頼まれてね。この指輪に宿っている奴を、何とかしてくれってね」
宿っている奴……? とシリカがロマの言葉に首を傾げる。
ロマは懐から小さな布を取り出し、その中から指輪を取り出す。銀色の指輪であり、通常宝石が埋め込まれている場所が円形状になっており、まるで判子の形をしていた。
そして、その指輪が机の上に転がされたその瞬間。
『―――ったく、いってぇな!! もうちょい丁重に扱えってんだ!!』
ガラの悪い男の声が、指輪から聞こえてきたのであった。
二章開始です!!
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