二話 元聖女の弟子入り②
女、いや少女の声だ。
だんだんと正常になっていく視界に見えたのは、一つの小さな光。人の手にすっぽりと入る水晶のような光る球体が徐々にこちらへと向かってきていた。
そして、眼前に球体が来たところで、ようやく気付く。
それが、水晶ではなく、本当に光る球体であること、そしてそれを持っている少女のことを。
いや、より正しく言うのなら。
「美少女……いや、美幼女?」
「人の顔を見るなりその口ぶり。どうやら筋金入りの失礼なやつと見た。それから、美幼女とは何だ。背丈が小さいことは事実だが、幼女と呼ばれるほどのものではないはずだが」
とはいうものの、目の前にいるのはどう見ても十二、三歳くらいの少女である。
大きな三角帽子をかぶっており、そこからはみ出ている金髪は少しくせっ毛のようだった。背丈は低く、三角帽子の高さを合わせてもシリカの肩にも及ばない。奇妙な文様が入ったローブを身に纏っているが、何故か前が解放的な仕様になっており、中身が見え見えの状態。中着も太ももまでしかなく、そこから下の生足が丸見えである。
正直、年齢にそぐわわない、結構ハレンチな仕様の服装に、シリカは思わず見とれてしまっていた。
(うわ、何か可愛いんだけど、ちょっとエロい……いやいやいやいや、そんなことはどうでもよくて!)
心の声をかき消すかのように首を左右に振りつつ、シリカは問いを投げかける。
「えっと……まさかとは思うんだけど……貴女がこの森の魔女?」
「ああそうだが」
即答である。
もしかして、という程度のはずが、予想外の的中にシリカは言葉を失っていた。
「ふん。信じられないという顔だな。まぁ、いつものことだ。気にはしないし、信じないならそれでもいい。こちらとしては、どうでもいい事柄だ」
言うと、少女は指を鳴らす。それと同時に暗闇から椅子がひとりでにやってきて、少女の後ろで止まった。その椅子に座りながら、少女は続けて言う。
「さて。そちらの質問には答えた。よって、今度はこっちの質問に答えてもらおうか。お前、何者だ? まさか、森に迷った通りすがり、なんて言うつもりはないだろうな?」
「何者って言われても……」
「ああ、気をつけろ。その蔦は、嘘を見抜く魔術が施されていてな。もしもそれに捕まった状態で嘘をつくと、全身に電気が迸るようになっている」
「えっ!?」
明かされた仕様に、思わず妙な声が出てしまった。
あまり歓迎されないだろうというのは、ここに来るまでに予想はしていた。しかし、流石にここまでの仕打ちをされると、誰が思えるだろうか。
けれど、ならばこそ、この状況下ではっきりと己の言葉を口にするべきだろう。
「私は、その……弟子志望者ですっ」
「…………は?」
「だから、弟子志望者です。魔女になりたくて、貴方の弟子になりにきましたっ」
迷いのない言葉。はっきりとした自分の意思を乗せて、シリカは言い放つ。
その言葉を、少女は鼻で笑いながら口を開いた。
「ハッ、何を馬鹿なことを。そんな分かり切った嘘が通用するわけ……」
と言葉を零す少女だったか、そこでようやく気付く。
どう見ても、蔦から電流が流れていないということを。
そして、それが意味するところは、ただ一つ。
「……嘘じゃない、だと? いやいや待て。そんなことあり得るはずが……」
「本当ですって! 国王様からの紹介状もあります!」
「紹介状だと?」
「は、はい、ほらこれ……!!」
逆さ状態のままで、懐から取り出したのは例の紹介状。それを見た少女は怪訝そうな顔つきになりながらも、シリカから受け取り、中身を確認した。
「……確かに、これはあの国王の字だな」
どうやら魔女と国王が知り合いであるのは間違いないようだった。
「……………………、」
無言で紹介状を読む少女。時間が立つにつれて、眉間にしわが寄っていっていた。好感を持っている、という様子ではないのは見ていればわかる。
しかし、それ以上に、シリカは思う。
いつまで自分はこのままの格好なのだろう、と。
流石に放置され過ぎると、頭に血が上ってしまうのだが……などと心の中で呟いていると、読み終わった少女が口を開いた。
「…………最近、巷で聞いたのだが、聖女の代替わりがあったそうだな。しかも、入れ替わった元聖女は十代後半だとか。まさか……その聖女がお前だと?」
「はい。そうですけど……」
答える。そして、電気は流れない。
シリカにとっては当たり前の結果だが、目の前にいる少女にとっては予想外だったらしい。目を見開き、大きなため息をついた後、見た目とはそぐわない口調で言葉を漏らす。
「チッ、あのクソ国王……面倒なモノを」
「面倒なモノって……」
あんまりな言い草である。
しかし、考えてみれば、確かにいきなりやってきて弟子にしてください、というのは面倒以外の何者でもないだろう。
「はぁ……まぁいい。事情は分かった。で? お前はオレの弟子になりにきた、ということでいいんだな?」
「は、はいそうです!!」
「そうか。分かった」
「…………へっ?」
端的な言葉に、思わず奇妙な声が出てしまった。
しかし、先程からの態度や表情からして、「面倒事はごめんだ」と言われるかと思っていたシリカからしてみれば、意外な返答でしかなかった。
「い、いいんですか?」
「ああ。一応、お前には魔女になる『資質』があるからな。それに、あの国王の紹介だ。一方的には断れん。業腹だがな」
心底嫌そうな口調ではあったが、しかしシリカは気にしない。今の彼女には、魔女の弟子になれるという事実が何よりも優っているのだから。
「ありがとうございます!」
「……ふん。礼など言われる筋合いはない。オレは弟子にしてやると言っただけだ。ついてこれなければ即座に切り捨てる。時間を無駄にしたくないのでな。故に、逃げたければいつでも逃げても構わん。いいな?」
「はいっ!! 私、頑張って立派な魔女になります!」
少女の辛辣な言葉に、シリカは全く動じていない。というか、まるで会話が成立していなかった。だが、それ以上に弟子になれたことがなにより嬉しいというのは、少女にもわかる。
だからこそ、余計にどんな反応をすればいいのか、分からなかった。
「……では、まずは適性検査を行う」
その言葉と同時に、少女は踵を鳴らす。すると、シリカが吊るされている真下の床が開き、人がひとりすっぽりと入る幅の穴が出現した。
しかし、幅は人ひとり分ではあるが、深さは分からない。室内が暗闇に包まれているせいか、奥底が全く見えない状態だ。しかし、穴の底から聞こえてくる音、そして出てくる風から、かなり深いことだけは理解できた。
「え……? あの、何で床が開いたんですか? っていうか、この状況ってまさか……」
「適性検査は色々と面倒なのでな。ここではできん。故に、場所を変える。ああ、移動は少々手荒になるが、気にするな。運が悪ければ、死ぬだけだ」
「今さらりととんでもないこと言いませんでした!? というか、やっぱりこれって……!!」
「ではな、我が弟子。先に行って待っていろ」
言い終わる刹那、足元に絡まっていた蔦が一瞬にして離れていく。
シリカは、蔦によって、逆さ状態にされていた。
そして、その蔦から解放されたという事実が意味するのは、ただ一つ。
「ぎゃあああああああああああああああああああああっ!!」
汚い絶叫をあげながら、シリカは暗い穴の奥底へと落ちていったのだった。
五話目投稿です!!
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