四十六話 魔女の資質②
ナインは、紅茶を飲みつつ、続けて言う。
「魔女の素質自体、魔女たちくらいしか知らないことであり、口外していないからな。あの馬鹿弟子が知らなかったのは問題ない。だが、それを隠せとはどういうことだ?」
「それは……」
口ごもる国王。
それを見て、ナインは一つの仮説を言葉にする。
「……アレの魔力に関係することか」
その一言に、国王は小さく頷いた。
「……魔女とは本来、聖女候補が聖女の力ではなく、魔力を取り込むことでなる存在。つまり、彼女の無限大ともいえる魔力は、生まれた時からではなく、誰かが故意的に彼女の中に注ぎ込んだものだ」
そう。聖女候補は、本来魔力を所持していない。何せ、聖女の力を受け継ぐ可能性があるのだ。それを邪魔する魔力など、あっても邪魔になるだけ。
つまりは、だ。シリカは聖女の力を失った時から、魔女になっていたということ。
そしてもう一つ重要な事柄。
それは、シリカの魔力も、元々彼女が持っていたものではない、ということだ。
「あの馬鹿弟子は、魔術の知識どころか、自分が魔力を持っていることさえ知らなかった。それは、お前の差し金か?」
「まぁね。色々と手を尽くして、魔術や魔女に関することを与えないようにしてきた。魔女の成り方もしらないって設定を通しながらね。それもこれも、全ては彼女に魔女の成り立ちを知られないようにするためだ。彼女自身、自分が誰に魔力を注ぎ込まれたのか、覚えていない。けれど、きっと魔女の資質について知れば、彼女はそれが一体誰なのか、知りたいと思うだろう。だが、それはダメだ。それは、できるだけ阻止してほしいと言われているんでね」
「……『紅の聖女』か」
返答はない。
だが、真剣なその視線と表情だけで、ナインはすぐに正解であると理解する。
「やはりそうか。『紅の聖女』があの馬鹿弟子を聖女に選んだのは、アレを助けるためだな?」
「……、」
「魔力は強い力だ。だが、強すぎるが故に、時に暴走し、時に人を死に至らす。生まれ持った魔力ならまだしも、幼い頃に誰かから無理やり魔力を注ぎ込まれれば、普通なら死んでいる。それを阻止するために、聖女の力を使って、魔力を相殺していた、というわけか」
あれだけの魔力を持っていれば、聖女ならば気配だけで理解できるはず。それこそ、『紅の聖女』と呼ばれるほどの実力者ならば、知らなかったわけがない。
だというのに、彼女はシリカに聖女の力を譲渡した。それはつまり、知ったうえでのこととしか思えない。
その理由が、つまりところ、シリカを助けるためだった、というわけだ。
「ああ。とは言っても、シリカ君の魔力は彼女の予想よりも遥かに強く、多かった。おかげで、彼女、言ってたよ。『期待はしてなかったが、まさか本当に聖女の力をほとんど相殺されるとは』って。本当なら、シリカ君を本気で立派な聖女として育てるつもりだったらしくてね。その時の彼女は、がっくりとしてたよ」
国王は『紅の聖女』と幼馴染であり、だからこそ、あれほどまでに落ち込んでいた彼女をみたことがなかった。
「それで? あれにあんな魔力を注ぎ込んだ奴は、誰なんだ?」
「分からない。シリカ君の魔力については、『紅の聖女』は一切教えてくれなかったんだ。誰が何の目的であんなことをしたのか。どれだけ問い詰めても、詳細は最後の最後まで聞かせてはくれなかった。何かの【誓約】なのか、それとも誰かとの約束なのか。今となっても分からないままだ。ただ……」
「ただ?」
「彼女が一度だけ言っていたことがある。『アレの宿命は、既に終わらせた。アレはもう、何にもとらわれることはない』、と」
それはつまり、シリカは何かしらの運命にとらわれるはずだったが、『紅の聖女』がそれを解決し、自由にした、ということか。
たったそれだけの言葉では、理解できるのはそこまでだ。
「『紅の聖女』は……エルノ・キルヒアイゼンは、不愛想な奴でね。いつもムスっとした顔をしていて、笑顔なんてほとんど見せない。だが、そんなアレがただ一つ、常に心配していたのが、シリカ君のことだ」
紅茶のカップを置き、腕を組みながら、国王は天井を見上げ、続ける。
「シリカ君は、ここに来た時、ほとんど死んでいるのにも等しかった。唯一の肉親であった母親を失い、仕方なかったとはいえ、無理やり聖女にさせられ、挙句そのせいで魔女になりたいという夢すら奪われた。加えて、聖女としての力もロクに使えないということで、周りからは陰で『最弱聖女』と罵られていた。そのせいで、彼女は笑うことはおろか、喋ることさえロクにできていなかった」
「まさか……」
国王が言う内容を、ナインは信じられなかった。
あの天真爛漫というか、猪突猛進というか、はっきり言って馬鹿としか言えないシリカが、そんな状態になっていたなどとは。
「そんなシリカ君を見て、エルノはずっと何とかしてやりたいと思っていた。そして、彼女は聖女としてではなく、女としてあの子を育て始めた。いずれシリカ君は聖女の地位を下される。それが分かっていたからこそ、彼女は家事や料理を徹底的に叩き込んでいった。鉄拳を叩き込むほど、容赦なくね。そのせいで、シリカ君が何度泣いたことか」
言われてナインは思い出す。シリカが、『何かできていなかったら、先生にボッコボコにされた』と言っていたことを。
あれは冗談などではなく、どうやら本当だったらしい。
「けど、面倒なのは、エルノの方でね。いつもいつも余に色々と相談しに来ていたよ。『やっぱりやりすぎているのか』とか『自分はアレに嫌われているのか』とか。いや、あれだけのことしといて今更? と、何度も思ったよ……」
その言葉だけで、『紅の聖女』が面倒臭い奴であることは、ナインも理解できた。
「でもね……エルノが本気でシリカ君のことを大事にしていたのは本当だ。それをずっと、余は見てきた。そして、最後に彼女は言ったよ。『あとはどうか、アレの好きなように生きさせてやってほしい』と」
「それで、オレのところに弟子入りをさせたわけか」
「そういうことだ」
魔女になりたい……かつて、少女はそう願っていた。
そして、それを叶えてやってほしいという幼馴染の最後の望みをかなえるため、国王は【誓約】まで使って、ナインにシリカを弟子入りさせたのだ。
「だが、それは少々矛盾していないか? 魔女の弟子になれば、嫌でも魔女の資質については、知ることになるぞ?」
「それは承知している。だからこそ、君にはできるだけ、それを知られないようにしてほしいんだ。無論、いつまでも、とはいかないだろう。それはきっと、エルノだって分かっている。ただ、あの子が一人でやっていけるようになるまで。どんな真実が待っていても、大丈夫になるまでは、どうか知られないようにしてやってはくれないか」
頼む、と頭を下げる国王。
その姿に、ナインは溜息を吐く。
「……はぁ。いいだろう。できるだけの配慮はしてやる」
「すまないな」
「ふん。別に構わん。とはいえ……そこまで心配しているのなら、自分のところにおいておけばいいだろうに」
その言葉に、国王は首を横に振った。
「余は国王だ。この国を背負って生きていかなければならない。故に、あの子のためにやれることはほとんどない」
それが国王という地位にいる者の責務であり、存在理由だから。
「だが、それでも知りたいことがある。どうか、正直に教えてほしい。彼女は……シリカ・アルバスは、今どう生きている?」
切実な問い。
それは、幼馴染が大事に育ててきた少女の事柄だからだろう。だが、一方でナインには、それがまるで父親が娘を心配するような、そんな顔にも見えていた。
そして。
「ふん。心配せずとも、あの馬鹿弟子は、毎日喧しいくらい、笑いながら生きているよ」
「そうか……それは良かった」
ナインの言葉に、安堵するその姿は、やはり父親というべき雰囲気があったのだった。
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