四十三話 後始末②
「う~……」
宿のベットに横になっていたシリカは体のだるさに唸っていた。
いや、この場合、原因は気だるさ以外にもあるのだが。
「大丈夫ですか、シリカ様」
隣で桶に入った水で布を濡らしていたセシリアが、布を絞りながら問いかける。
「うん……体のだるさはだいぶマシになったんだけどね……ただ」
「ただ?」
「その……後輩の子に看病されていること自体に罪悪感というか、自分の情けなさを改めて思い知らされて……」
言いながら、シリカは苦笑いを浮かべた。
今回の事件は、シリカの魔術によって、街の人間は皆、元に戻った。それは良かったのだが、魔術の反動で、シリカはこの有様。三日たったというのに、未だまともに動けず、セシリアに看病してもらっている状態だ。
あれだけ大見得きっていたというのに、今では後輩に面倒をかけていることに、心が痛む。
しかし。
「情けないだなんて、とんでもない。今回の件は、シリカ様がいなかったら、どうなっていたことか。街の人々が元に戻れたのも、わたしやナイン様が街の皆を手にかけずに済んだのも、シリカ様のおかげなんですから。もっと胸を張ってください」
「そう、かな……」
「はい。そうです。だから、何度でも言わせてください……ありがとうございました」
それは、どこにでもある感謝の言葉。
けれど、何故だろうか。
その言葉を受けた直後、シリカはなんとも表現しづらい感情に包まれる。恥ずかしいとか、嬉しいとか、恐れ多いとか、そういう諸々が混ざったものである。
「そういえば、ナイン様はどこに行ったのでしょうか。教会の方に会って一度戻られてから、姿を見てない気がするのですが……」
「あ、師匠なら、ちょっと王都に行くっていってたよ」
「王都に……?」
「うん。まぁ、王都には直通の転移の魔術を設定してあるから、それを使ってすぐに行って戻ってくるって言ってたけど……」
簡単に言葉にしているものの、転移の魔術とは、そもそもかなり高度な技術が必要であり、それこそ限られた魔術師や魔女にしか扱えない代物。
それを、「ちょっと行ってくる」的なノリで使える時点で、ナインの常識外れさが感じられる。
「しかし、王都に一体何の用事で行かれたのでしょうか」
「えーっと確か……後始末をしに行くって」
後始末。
それがどういう意味であるのかを二人が知るのは、少しあとの話だった。
*
シリカ達が談笑をしていたほぼ同時刻。
城ではとある事柄について、会議がなされていた。
「―――以上のことから、自分は、聖女セシリア・ラインバートの査問会を具申したいと思います」
一人の男の提案に、一同はざわめく。
当然だ。聖女はつい先日、世代交代をしたばかり。その聖女を呼び出し、審問会にかけるなど、前代未聞どころではない。
そして、当然の如く、国王はその意見に訝しんだ。
「……本気か、ジェダル」
「私はいたって本気です。先ほども述べたように、最近の聖女様の行動には目に余るものが多い。巷でも噂になるほどに」
その噂については、国王は無論、城に勤める者も知っていた。そして、その内容が聖女としてふさわしいものではないことも。
「本来、噂程度のことで査問会を開くなど言語道断。それは承知しております。しかし、しかしです。聖女様のこととなれば、話は別です。聖女はこの国の御旗と同じであり、皆の標。だというのに、先代は『最弱聖女』とまで呼ばれるほどの無能であり、聖女としての責務を全うできなかった。おかげで国民の聖女への信仰が崩れてしまった。それを回復されるための聖女交代だったというのに、その新たな聖女に妙な汚点があっては、また同じことの繰り返し。二代に渡って、聖女が問題を抱えているなど、あってはならないことです」
「……、」
その言葉に、国王の拳に力が入る。
しかし、そんなことなど見えていないジェダルは話を続けていった。
「無論、噂が真実ではないこともありましょう。しかし、それを有耶無耶にしたままにするべきではない。故に」
「それをこの場において、明らかにする、と。そういうことか」
「はい。もしも聖女様が潔白であるのなら、この場に馳せ参じて。全てを詳らかにしてくれるはずでしょう」
その言葉に、頷く者たちがちらほらといる。どうやら、ジェダルの言葉に賛同する者もいるようだった。
事実、彼が言っていることは、そこまで間違っているとは言えない。噂が流れていることは明らかであり、その所在を確かめるために、本人を呼ぶという行為自体に否を唱える理由はどこにもなかった。加えて、これは聖女の案件。ジェダルが言ったように、聖女とはこの国によって重要な存在だ。それについて、過敏になってもなんらおかしなことはない。
無論、そんなものは表向きの話であることは、国王も理解している。
この中にはセシリアが聖女になったことに不満を持っている者も少なくない。そんな中、聖女を追い詰める機会がやってきたのだ。それをみすみす見過ごさないだろう。査問会を開けば、何かしらの妨害やら嫌がらせをしてくるのは目に見えていた。
かと言って、この場で国王がただ却下すれば、それはそれで問題になってしまう。
(さて。どうしたものか……)
面倒な問題に唸る国王。
が、その時。
「―――全く。ここはいつ来ても下らん話で盛り上がっているな」
唐突にこの場に似合わない声が響く。
それは、少女の声であり、一同は再びざわめき始める。が、それは、奇妙な声がしたから、というだけではない。驚いた表情を浮かべる者もいれば、まるで全身の血を抜き取られたかのような青ざめた顔をする者もいた。
カツカツ、と足音を鳴らしながら、やってきたのはやはり一人の少女。
いや、少女の姿をした魔女。
そう、そこにいたのは。
「貴様は……」
「久しいな。国王。息災で何よりだ」
不敵な笑みを浮かべたナインが、そこに立っていたのだった。
四十六話目投稿です!!
面白い・続きが読みたいと思った方は、恐れ入りますが、感想・評価の方、よろしくお願い致します。
それだけで、作者に元気が湧きます。励みになります。そして、もっと構ってほしい愚かな作者が続きを書こうとします。
なので、みんなで馬鹿な作者に餌をやりましょう!!
今後とも、何卒よろしくお願い致します。