四十話 元聖女の我儘③
それは、少し前まで遡る。
『やることは単純だ。馬鹿弟子の魔術で奴らを元に戻す』
提案された作戦は、言葉通り、単純なものであった。
けれど、それに対し、セシリアが待ったをかける。
『し、しかしナイン様。グールを元に戻すことは……』
『ああ。普通ならできん。それはオレがさっき言ったとおりだ。根本から変わってしまったものを治すことなど不可能』
だが。
『逆に言えば、根本から変えられる力を持つ者がやるというのなら、話は違う』
ナインは、親指でシリカを示しながら、続けて言う。
『この馬鹿は、以前、使い魔と契約した際、その特性を変化させたことがある。特性とは、いわばその者にとっての根本であり、根源。それを変質させてしまうほどの力ならば、グールを元に戻すことも可能かもしれん』
そんなことは不可能だ、と魔術に知識がある者ならば、誰もが言うだろう。
だが、そんな常識をシリカは事実覆している。加えて言うのなら、吸血鬼も、人間をグールに変える、という無理を可能としている。ならば、その逆が絶対にできない、という法則もどこにもありはしない。
『しかし、グールを一体一体人間に戻す、なんて方法はとれん。そんなことをやれば、確実にあの吸血鬼が邪魔しに入るだろう。故に、やるなら一気に、それこそ街全体のグールを一発で元に戻すほかない。……だが、そのためには、こいつの魔力の出力を上げる必要がある』
『魔力の出力?』
『そのままの意味だ。お前の魔力は無限大だが、一度に出せる魔力量は限られている。今のままでは街全体に影響を及ぼすようなことはできん。だから、無理やりその出力を上げる』
目の前に大量の水があったとして、人間はそれを一瞬で摂取することはできない。何事にも限度というものは存在する。
無論、それは無限大の魔力を持つシリカも例外ではなかった。
だからこそ、一度に放出できる魔力量を増やすのだとナインは言う。
『だが、それは言ってしまえば、体に穴を開けるような行為。出力を上げた直後は激痛が体を蝕む。本来ならば、出力量を上げた後、徐々に慣れさせていくべきものだ。でなければ、思った以上に魔力が放出され、最悪の場合、体内にある魔力が全て流れ出てしまい、死ぬこともある』
だからこそ、ナインは今までシリカにこの処置を施してこなかった。
そもそも、魔力の出力量は年数によって多くもなる。故に、徐々にその量を増やしていくのが自然な流れであるため、これはある意味邪道ともとれる方法だ。
『正直なところ、この作戦に確証はない。うまく魔力の出力が上がり、魔術が街全体で発動できたとしても、グールが人間に戻るという保証はどこにもない。何せ、初めての試みだからな。それでも、やるのか?』
『はい』
死ぬかもしれない、とナインは確かに言った。
だというのに、シリカの答えはこれまた迷いのないものであった。
『やります。やらせてください。そこに、少しでも希望があるのなら、私はそれにかけてみたいです』
そして現在。
シリカは街の中心にある教会の中へとやってきていた。
「……ちょっと、これは……きつい、なぁ……」
汗を大量にかきながら、シリカは呟く。
少し動けば身体に雷が走ったかのような痛みが駆け巡る。それは、魔力の出力を無理やり上げた後遺症だった。幸いにも、これは一時的なものであり、数時間もすれば痛みは治まる。
が、その数時間を待つ余裕は、今のシリカ達にはなかった。
「ふぅ……」
息を吐きながら、心を整える。
現在、セシリアが囮になって、グール達を引き寄せてくれている。そして先ほど、シリカの魔力の出力を上げたナインも、ユーリッドのもとへと向かった。
二人とも、敵の目を引くために、頑張ってくれている。特に、セシリアは無数ともいえるグールを一人で相手にしているのだ。
「みんなが……私の、我儘に付き合ってくれてるんだから……こんなので、へばってられないよね……」
笑みを浮かべ、自分に言い聞かせながら、シリカは杖を構えた。
そして、魔力を杖の先へと集中させていく。
刹那。
「ぐっ、が、あぁ――――――っ!?」
迸る激痛。視界がぐらつき、体が倒れそうになるも、何とか踏ん張り、体勢を直した。
痛い、痛い、痛い。
その感情で思考が埋め尽くされそうになる。杖を構え、魔力を集中させただけだというのに、頭が割れるかのような感覚に陥っていた。
苦痛という湖に全身をつからせているかのような状態。
けれど。
そんな状況でも、シリカは杖を構え続け、魔力を集中させていた。
痛いのは本当だし、苦しいのだって事実だ。
けれども。
それ以上に、今、シリカが最も怖いこと。それは、自分がここで倒れてしまうこと。そして、自分を信じてくれた二人を裏切ること。
それだけは。
それだけは。
絶対に、やりたくない―――!!
「―――【レミ・ファ・ケアド】ッ!!」
そうして。
シリカの強い感情と共に放たれた魔術は、街全体を覆いつくしたのだった。
*
「これは……」
目の前で起こっている光景に、セシリアは思わずそんな言葉を零した。
先ほど、白い光のようなもので、街全体が包まれたかと思ったら、その瞬間からグール達の動きがピタリと止まったのだ。そして、光が止んだとともに、次々と倒れていっていた。
先ほどの光が、シリカの放った魔術であることは間違いない。そして、それが原因でグール達が倒れていったのも理解できる。
だから、セシリアが驚いたのは、その次の出来事。
「うぅ……あれ? おれたちは何を……」
「え……? なんであたし、こんなところにいるの……?」
「っていうか、なーんか頭痛てぇなぁ……」
倒れていた街の人々は、ゆっくりとではあるが、目を覚まし、各々に自分の状況に首を傾げていた。
そう。それはどこからどう見ても、グールのそれではない。思考した、心を持った人間の行動、仕草、言葉。
その有り様を見て、セシリアは確信した。
「やったのですね、シリカ様……」
己の先達がやり遂げたと理解しながら、セシリアは口元を緩ませ、そんな言葉を呟いたのだった。
四十三話目投稿です!!
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