三十九話 元聖女の我儘②
奇妙だ、とユーリッドは思っていた。
「……、」
今、彼女は街の北部にある噴水広場にいる。その噴水には、魔術によってセシリアの姿が映っており、街の人間に対し、一人で孤軍奮闘していた。
聖女の力があれば、グールになった街の人間を殺すことは他愛ない。しかし、彼女の立場と性格上、それができない、という点をついたユーリッドの作戦は、ある意味成功しているといえる。現に、彼女は殺さず、加減しながら戦っている。だが、無数のグールに対し、それはあまりにも暴挙。加えて、根本の解決にならない。
いくら聖女が怪物的強さを持っていたとしても、いつか必ず体力の限界がやってくる。
そこを狙い、徹底的に体も心も凌辱した上で、惨めに殺す。
今のところ、それが可能になりそうなのだが……。
「んー……なんで一人なのかしらねぇ」
問題なのは、そこである。
聖女以外の二人が先ほどから見当たらない。どこかで隠れているのか、はたまた逃げ出す算段でも整えているのか。もしかすれば、聖女が囮になってその隙に街の外へ逃げ出す、という作戦とも思ったが、どうにもそうではないらしい。
だからこそ。
「―――どういうつもりなのかしらぁ?」
だからこそ、ユーリッドは唐突に自分の目の前にやってきた少女に問いを投げかける。
「どうもこうもない。相手をしにやってきたのだ。感謝しろ」
「感謝、感謝ねぇ……まぁ、確かに探す手間が省けたのは嬉しいけれど、でもねぇ……」
何故今になってやったきたのか。理解できない行動に、不審を募らせるユーリッドだったが、そこで一つの答えにたどり着く。
「ああ、つまりこういうこと? あの聖女を囮にして、街の人間を私から遠ざけ、その隙に私を殺す、と。そういう作戦だったのかしら?」
「だとしたらどうする?」
「うふふ。何ともかわいらしい作戦だと思って」
確かに、聖女が目立った行動をすれば、それに伴いグールたちはそちらへと向かう。そうなれば、ユーリッドは一人になるわけであり、ある意味無防備ともいえる。
だが、それはあまりにも杜撰な作戦だと言えるだろう。
もしも、グールたちとともに、ユーリッドがセシリアを追いかけていたら? もしもユーリッドがグールを何体が残していたら? 少し考えるだけでも問題が出てくる。
そしてこの作戦の最大の問題点は他にあった。
「でも、忘れたの? 私は吸血鬼。不老不死の存在。永遠を生き続ける者を、殺せるとでも?」
そう。吸血鬼とはどれだけ致命傷を受けても再生する能力を持つ種族。その治癒能力は、ドラゴンのそれと匹敵するほど。
故に、ただの人間では吸血鬼を倒すことはできない。
「ハッ! バカバカしい。吸血鬼は不老不死ではない。不老長寿なだけだ。確かに頑丈な体と傷ついても即座に治癒する再生能力を持ち合わせているが、その程度で不死などと。笑わせてくれる。加えて、だ。本当に不死だったとしても、問題はない。オレにとって、不死殺しなど、そう珍しくもないのでな」
「ふーん……まぁそうね。貴女、強そうだもの。でもいいの? 私を殺せば、それはつまり……」
「グールになった連中も死ぬ、だろう? そんなものは承知の上だ。というか、だ。何故オレが知りもしない赤の他人の生死を気遣わなくてはいけない?」
さも当然と言わんばかりの口調。
そんなナインの言葉に、ユーリッドは笑みを浮かべた。
「あははっ。ええ、そうね。そうよね。普通はそう。他人のことなんてどうでもいい。それが人間の正しき在り方。なのに、それがいけないことだなんて言う輩が大勢いて、ほんと困った時代よね」
結局、みんな自分が一番大事なのだ。
なのに、他人のことを思え、他人のことを考えろ。そんな矛盾した考えを押し付けてくる人々、そして社会をユーリッドは嫌悪していた。
だから、彼女は自分に正直に生きている。自分のために他人を殺し、糧としてきた。そして今も、自分の願いのために、行動しているのだ。
そして、そんなユーリッドの言葉を、ナインは敢えて否定はしない。
「確かにな。人間とは、所詮自分が第一。当然だ。それが生き物の本能というもの。何事も、自分あってのことであり、その己を犠牲にしてしまえば、元も子もない」
千年以上生きてきたナインにとって、人間がどれだけ醜く、身勝手な存在なのかは今更言われるまでもないこと。
他者を殺し、他者を裏切り、他人を蹴落とす。そんな連中が多くいるのが人間という種だ。時に生きるために、時に快楽のために。それぞれ、その時々によって理由は違うかもしれないが、しかし人間が人間を犠牲にすることなど、珍しくもない話だ。
けれど。
「だが、時にそんな理屈を平気で覆す馬鹿がいる。他人のために、命を張るような馬鹿がな。そして、不運なことに、オレの弟子はそういった馬鹿でな。しかも一度やると言い出したら曲げない頭の固さも持ち合わせている。本当に困った弟子だ」
苦笑を漏らしつつ、ナインは言う。
「しかし、そういう馬鹿が、時にはとんでもないことをしでかすこともある。それこそ、奇跡と呼ばれるようなことをな」
その言葉に、その態度に、ユーリッドは不快になっていくとともに、一つの違和感を覚えていた。
何かが足りない、と。
だが、先ほどあった時とナインの姿は変わっておらず、また持っている杖も同じ。彼女自身が変わった、というわけではない。
などと考えているうちに、ようやく理解した。
「……そういえば、貴女。もう一人はどうしたの?」
「今更だな。気づくのが遅い。そして……それこそが、お前の敗因だ」
刹那。
白い光が、赤い夜に支配されていた街を包み込んだのだった。
四十二話目投稿です!!
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