三十七話 異変③
目の前で起こったことに、シリカは驚きを隠せない。
ユーリッドが放った一振り。それは、あっという間に間合いをつめ、さらには強風を纏った一撃であり、食らえばただでは済まないのは目に見えていた。
そして。
そんな一撃を、セシリアは、たった指二本で受け止めていたのだった。
「相手を間違えないでください。貴女の目的はわたしなのでしょう? ならば、相手になってさしあげます」
剣を振り払ったと同時、ユーリッドは地面を蹴り、後退する。
一方のセシリアはというと、シリカとナインの前に立つ。
「……シリカ様。ナイン様。この者は、わたしに相手をさせてください」
「セシリアちゃん、でも……」
「構わん。やってみろ」
「師匠!」
ナインの言葉に、シリカは思わず声を上げた。
「奴の目的はこの小娘だ。ならば、本人に決着をつけさせても問題はあるまい。それに、だ。こいつは聖女だ。お前は、自分の後輩を信じてやることができないのか?」
言われ、シリカは反論することができなかった。
師の言うことは正しいし、本人もやる気になっている。ならば、ここで口を挟むというのは余計なお世話というものだろう。
「……セシリアちゃん! その人の剣に気を付けて! それ、傷を治せなくする能力があるから!」
せめてもの助力として、シリカはユーリッドの剣について口にした。
それを聞き、セシリアは笑みを浮かべる。
「ご忠告、感謝します。しかし、ご安心を。ようは―――当たらなければいい。それだけのことですから」
拳を握り、構える聖女。
そんな彼女に対し、ユーリッドは不敵な笑みを浮かべる。
「ふ、ふふふ。言ってくれますねぇ。それが口だけでないことを、祈りますよ―――っ!!」
そこから先は、まるで嵐だった。
荒ぶる刃。しかし、それをセシリアはいともたやすく回避していく。いや、回避だけではない。刀身を躱しつつ、隙を見ては、ユーリッドに己の拳や蹴りを叩き込んでいく。
「私の刃を軽く受け流すなんて。口だけではないようですねぇ」
「そういう貴女は、そこまで大したことがないようで」
「く、ふふ。言ってくれますねぇ!!」
笑いながら、凶刃が振るわれる。
しかし、ユーリッドの刃はセシリアにかすり傷一つつけることができていなかった。
普通なら、ありえない状況である。
単純に考えてほしい。相手は大剣。それに比べて、セシリアは得物がない状況。使えるのは、己の身体のみ。戦闘において、得物があるなしは大きな差。
だというのに、対等に渡り合えているのは何故なのか。
「流石は鬼才天才を生むラインバート家の者、といったところでしょうか。加えて、貴女のその力。聖女の力の一つである【神の力】ですね? 己の身体能力を最大限に高めるという力」
聖女の力には、いくつかの分類が存在する。
そして、今、セシリアが使用しているのは【神の力】という能力。
その名の如く、神の如き身体能力を持つことができるといわれている。その実態は、ユーリッドが言ったように己の身体能力を高めるという単純な力。
しかし、単純だからこそ、使い勝手が良い。加えて、セシリアはラインバート家の人間。武術においては、幼い頃から叩き込まれ、彼女も常軌を逸した存在である。
そんなセシリアに【神の力】が合わさった結果が、この状況であった。
「全く、聖女というのは誰もかれも化け物揃いですねぇ。これじゃあ、折角いろんな精霊や魔獣を殺して強くした私の剣が当たらないじゃないですかぁ」
などと言うものの、ユーリッドの剣技もかなりのものである。当然だ。彼女は今まで、精霊や魔獣を殺してその剣を強くさせてきたのだから。それこそ、猛毒を持つドラゴンを一方的に屠るほどに。
この状況は、そんな彼女すらも素手で対処できるセシリアが強すぎるだけのこと。
だがしかし、セシリアの表情はどこか曇っていた。
「よくもまぁのうのうと……化け物と言いたいのはこちらの方ですよ。さっきから骨を折るくらいの一撃を何度も叩き込んでいるのに、平然としているなんて」
「そりゃあ、そうですよぉ。骨を折られてた程度でどうこうなるような体のつくりなんて、してませんから」
さも当然かの如く言い切るユーリッド。それだけで、彼女が常識の範疇外にいる存在であることが、よくわかった。
「でも、このままじゃあ、わたし負けちゃうかもしれません。だから……趣向をちょっと変更させてもらいますね?」
言い終わると同時に、指なりが聞こえた。
すると、唐突に先ほどまで時が停止していたように微動だにしていなかった街の人々が次々と集まってくる。
「これは、もしかして……」
「全員、操られている……!?」
「……いや。操られているだけじゃない。これは……」
周りを見渡し、まるで確信したかのように舌打ちをした後、ナインは断言する。
「なるほど。お前、吸血鬼か」
「あら、察しがいいのね」
あっけらかんと。
ユーリッドは己の正体を認めたのだった。
「吸血鬼って、あの吸血鬼ですか!?」
「ああ。とうの昔に滅んだとされる種族だ。まさか、まだ生き残りがいるとはな……しかし、奴がお前の言っていた鮮血教団の幹部であるのなら、ある意味納得だ」
吸血鬼。それは、他の生物の血を取り込むことで、己の力を高める存在。それにより、永劫の時すらも生きることができると言われている。
かつて、とある戦いでほとんどが殺され、最早絶滅したと言われ、今では存在しないとさえ言われているほどだ。
ある意味、血を崇拝し、他人の血を摂取し続けていた鮮血教団の中にいてもおかしくはないだろう。
「し、師匠。彼女が吸血鬼なのと、この状況は一体どういう関係が……?」
「聞いたことがあるだろう。吸血鬼に噛まれた者は、下僕であるグールになると。こいつらは、全員、奴に噛まれたグールだ」
「えぇ!? で、でもさっきまで普通に喋ったり、食事してたりして……」
「そういう風に操っていたんだろう。恐らく、本人たちは自分がグールであることすら、気づいていないだろう」
人数からして、恐らくは街の全員がグールとなっている状態だ。けれど、シリカ達がやってきた時、彼女はおろか、ナインですら、その違和感に気づくことができなかった。それだけ巧妙に仕組まれていたということだろう。
「……どういうつもりです?」
「どう、と仰られても。見たままです。聖女様には、グールたちによって殺されてもらいます。ああ、もちろん、殺してもらっても構いませんよ? 元人間であるグールを、何の罪もない者たちを躊躇なく殺せるというのなら」
「っ!? 貴女……!!」
「そうそう! そういう顔が見たかったの。力はあるけれど、問題を解決することができない。どうしようもならない状況。そうなった時に出る苦悶の表情。たまらないわぁ……!」
だから。
「もっともっと、その顔を見せて頂戴。それが私にとって、貴女を殺した時の、最高のスパイスになるのだから!」
狂ったような表情で、ユーリッドは笑みを浮かべるのだった。
四十話目投稿です!!
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