三十六話 異変②
静寂が、そこにはあった。
ここは料亭。夕食を食べに来ている人でごった返している。そのため、どこからともなく会話は聞こえてくるはずだし、怒鳴り声が飛び交うことだってある場所だ。
だというのに。
まるで、虫の子一匹もいなくなったかのような静けさで包まれている。
もっと詳しく言うのなら、シリカ達以外の人間、全員の動きが停止していた。
「師匠……これ、は……」
「全く、面倒なことに巻き込まれたらしい。藪をつついたら蛇が出てきた、というわけか」
舌打ちをしながら、ナインは睨みつけながら周りを見渡す。
「シリカ様、外をっ」
言われ、シリカは窓の外を見た。
そこにあったのは、これまた奇妙な夜空。
「空が真っ赤……月まで赤いよね。というか、今日って満月だったっけ?」
空と月。そのどちらも深紅に染められいる。それはまるで、血でべっとりと塗りたくられた天井のようなものだった。
「……とりあえず、外に出るぞ。どうやら、オレ達が出てくるのを待ってるらしいからな」
ナインの言葉に従い、一同は店の外へと出た。
そして。
「―――こんばんわ、皆さん。いい夜ね」
まるで、こちらを待ち構えていたかのように、料亭の前に一人の女が立っていた。
女、というより少女と言った方が正しいか。背丈は大体は百五十といったところか。短い桃色の髪をしており、目の下には大きなクマがあった。そして、背中には、身の丈以上の大剣を背負っている。
(この人……)
見覚えのある顔にはっとするシリカをよそに、ナインは唐突に切り出した。
「余計なおしゃべりをするつもりはない。単刀直入にきく。オレ達に何の用だ?」
「あら、本当に単刀直入ねぇ。話を切り出すのなら、もっと別の言葉もあると思うのだけれど……まぁ、そういうの、嫌いじゃあないわ。それにしても……何の用、ねぇ。私は別に、貴方たち三人に用があるわけじゃないの。用があるのは、そこの聖女にだけ」
「わたしに……?」
指をさされたセシリアは怪訝な顔つきになる。
「貴女、どこかでわたしとお会いになったことでも?」
「いいえいいえ。これが初めてですよぉ、聖女様。そして―――顔を合わせるのも、最後になると思いますけど」
不気味な笑みを浮かべ続ける少女。
その顔を見ながら、シリカはナインに言う。
「師匠……あの人、スミレを襲った人です」
「ああ。分かっている。あの変態神父が持っていた似顔絵にそっくりだ。つまり、お前が最近、魔獣やら精霊やらをかたっぱしから襲っている女だな?」
「あらあら? わたしのこと、ご存じで? それは嬉しいことで」
「お前の目的は聖女の殺害か」
「そこまで知っていらっしゃるとは。しかし不思議ですねぇ。そのことを誰かに喋ったつもりはないのですが。というか、聞いた者は全員ぶち殺しているはずなので、知っているわけがないはず……」
んー、と人差し指を顎に当てながら、考え込む。しかし、それも長くは続かず、両手を合わせ、不気味なほどにこやかな表情で言い放つ。
「まぁいいでしょう。ここで全員、切り刻んでしまえば、いいのですから」
その瞬間、シリカ達に送られたのは、確かな殺気。笑みを浮かべているというのに、その瞳は全く笑っていないことから、目の前にいる存在が異様なものである、というのは流石のシリカでも理解できた。
「待ちなさいっ。貴女の目的はわたしとのことですが、先ほど貴女は今日初めてわたしと会ったといった。だというのに、何故わたしを狙うのですかっ。わたしが聖女だからですか?」
「なぁんだ。分かってるじゃないですか。そう。貴女が聖女だから。それ以外の理由なんてありません」
セシリアが聖女だから、殺す。そう彼女は確かに口にした。
昨日、セシリアは言っていた。聖女に対して、よからぬことを考える者は多くいる。故に、命を狙われることだって珍しくない。故に、この状況も聖女からしてみれば、考えらえるものだといえよう。
だが……。
「聖女、聖女、聖女。ああなんて忌々しい。私たちを無残に殺した存在を、どうして許しておけましょうか。私たちはただ、高貴な存在になろうとしただけなのに。そのために、多くの血が必要だった。それだけ。たったそれだけなのに、何故皆殺しにあわなければならなかったのでしょうか」
殺気、殺気、殺気。
放たれるそれらは、まるで鋭利な刃物そのもの。言葉一つ一つに込められる恨みつらみが、セシリアだけではなく、シリカにまで襲い掛かる。
「許せません。許しません。だから、私は決めたのです。聖女を殺すと。必ず殺すと。どんな手を使っても、どんな方法を用いてでも、絶対に殺すと。それが、たとえ『あの女』でなくとも、それが、たとえ私たちを殺した、あの―――『紅の聖女』でなくとも」
少女の口から出てくる言葉。
その言葉に、シリカはある種のデジャヴを感じた。
より正確には、どこかで聞いたような、そんな感覚。
血、高貴な存在、皆殺し、そして『紅の聖女』。
それらの要因を持ちながら、聖女に対し、ここまでの恨みを持つ存在と言えば……、
「まさか……貴女は、鮮血教団の人……?」
「っ!? まぁまぁまぁまぁ。その名をご存じだとは、本当に嬉しい限りです」
シリカの疑問。それに対し、少女は目を見開き、喜々としていた。
「鮮血教団……?」
「先生……『紅の聖女』が壊滅させた邪教の一つです。血を命の源と考え、より高度な存在になるためには、高度な血を飲めばいいと考える人たちが集まってたと聞きました。そして……大勢の人を無残に殺し、その血を飲んでいたことも」
その事実を前に、ナインとセシリアはまゆをひそめた。
しかし、一方の少女はというと、気に入らないのか、むすっとした表情となっていた。
「無残に殺しただなんて、とんでもない。私たちがより素晴らしい存在になるための、贄になってもらっただけです。そして、それらは彼らにとっても幸せなこと。何せ、私たちの一部となり、糧となったんですもの。これ以上の幸福はないでしょう?」
「ああ。もういい。お前がロクでもない奴だというのはよく分かった。そして、お前とこれ以上喋ることがないこともな」
付き合いきれんと言わんばかりな口調で、ナインは言い放つ。
「そうですか? 私としては、もっともっと喋っていたいのですが……しかし、そうですね。余計なおしゃべりを続けてしまってやるべきことを逃してしまう、なんて失態はおかしたくありませんもの」
言うと、少女は背中の大剣を手に取り、切っ先をこちらへと向ける。
そして。
「では、改めて自己紹介を。私は鮮血教団、幹部が一人・ユーリッド。さぁ―――ざっくばらんと切り刻んで差し上げます」
刹那、巨大な刃が、シリカ達を襲ったのだった。
三十九話目投稿です!!
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