三十四話 聖女を選んだのは②
セシリアを次の聖女に推薦したのは、自分である。
確かに今、シリカはそう言い切った。
一瞬、聞き間違いかとも思ったが、しかしあまりにもはっきりと言われ、聞こえてしまったがために、否定することができない。
ゆえに、セシリアは驚き、目を丸くさせる他なかった。
「そう…………なの、ですか……?」
「うん。私って聖女になってから、何にもできなかったでしょ? だから、一年経った時に聖女を引退してほしいって言われてね。で、その時国王様に『悪いんだけど、次の聖女を決めるの手伝ってくれない?』ってお願いされたの」
一年で引退宣告をされるとは、流石のシリカも驚いた。
が、しかし、結果も功績も上げていないのならば、それも仕方ないだろう。ましてや、聖女である立場なら、尚の事。
けれども、だ。あまりにも短い期間とはいえ、シリカも聖女であった身。自分の後継者は、自分で決めるべきだと考え、国王の提案に乗ったのだ。
そして、見つけ出したのが、セシリアである。
「候補の人を色々と調べた結果、私は貴女なら、聖女を任せられるって思ったんだ。誠実で真っすぐで、他人のことを思いやれる人だってことも知ってる。貴女が道が分からないおばあさんに道を教えてあげたことや、泣いている子供にお菓子を買ってあげたこと、小さな痴話げんかが原因で、別れそうになっていた夫婦の仲裁をしてこともね」
「え、ちょっと待ってください。前半はいいとして、後半部分についてはどうして知ってるんですか」
あまりにも細かい内容。それは、まるで自分の目で見てきたかのような言い草である。
そして、その疑問は的中していた。
「だから言ったでしょ? 色々と調べたって。でも、資料だけじゃその人がどんな人間なのか、分からないでしょ? だから、変装してちょっと貴女を追跡してたの」
言われ、再び目を見開くセシリア。
成程。確かに、次の聖女を選ぶ際、文字だけの資料では不安が残る。だから、自分の目で確かめる、というのは当然と言えば当然だ。
「全く気づきませんでした……」
「まぁね。そこは私、気づかれないよう頑張ったから!! ……とはいっても、何度か守衛の人に肩を掴まれたりはしたけど」
そう言われれば、とセシリアの中で記憶がよみがえる。
聖女に選ばれる前の事。なぜか、自分の周りで、守衛の人間が誰かを捕まえていたことが、何度かあった。
それがシリカであり、自分を見ていたとは、予想もしなかったが。
「……まさか、シリカ様にストーキングされていたとは」
「うぐっ。否定したいけど、行動だけ見ると確かにそういわれても仕方ないから、何も言えない……」
セシリアのことを知るために、気づかれないよう後をつけていた。必要なことだったとはいえ、どう考えても、ストーキング以外の何物でもない。
「でも、おかげでセシリアちゃんのこと、色々と分かったし、結果オーライだったよ。もちろん、貴女を選んだ理由は他にもあるよ? 家柄とか、あ、あと容姿とか!」
「……家柄は分かりますが、何故容姿?」
「容姿は重要だよ!! 私、先生に『もしも聖女になりたいのであれば、貴様はもう少し容姿を整える心構えをしろ』って何度も言われたんだから!!」
聖女とは、言ってしまえば偶像である。故に、その容姿については、より気を使わなければならない。事実、歴代の聖女は一部を除いて、美女ぞろいであった。
そして、セシリアはそれすらも軽くクリアするほどの美貌の持ち主である。
「性格が良くて、家柄も良くて、容姿も良い。これ以上の聖女候補はいないって、私は確信してた。だから、国王様に自信をもって貴女を推薦することができた」
その判断は、今も間違っていないとシリカは思っている。
「……わたしは、ずっとシリカ様に恨まれているとばかり思っていました」
「えっ!?」
唐突なカミングアウトに、シリカは思わず、声を上げた。
「聖女の力、そして地位を奪い、貴女に成り代わって聖女となった。貴女からしてみれば、何もかも奪った女。貴女を城から追放したのと同然の行いをしてしまった。だから、きっと嫌われているんだな、と」
確かに、はたから見れば、そう捉える者もいるだろう。実際、事情を知らない者であれば、シリカは突然聖女の地位と力を奪われ、城から追い出された。そういう構図に見えてしまう。
しかし、事実は違う。
「いやいやいやいや。私がセシリアちゃんのこと恨むなんてとんでもないっ!! むしろ、それを言うなら、私だってセシリアちゃんに嫌われてると思ってたよ。だって、私がふがいないばかりに、貴女に色々と押しつける形になっちゃったわけだし。それに、私、聖女としては全くダメダメだったから、こんなのを先輩だと思うだなんて、ほんと屈辱なんじゃないかと……」
自分よりも才能がない人間を先輩と呼ばなければならない。それはきっと、屈辱以外の何物でもないだろう。
加えて、自分の実力が足りないせいで、他人に聖女の力と地位を譲ったくせに、自分は昔から夢見ていた魔女になろうとしている。
うん……改めて考えてみると、本当にロクでもない奴だ。
「屈辱だなんて、そんな……というか、わたしもシリカ様のことを嫌ってなんていませんよ」
「そ、そう? ……なら良かった。セシリアちゃんが、私のこと、嫌いじゃなくて」
正直なところ、シリカはそこが不安で不安で仕方なかった。
今回、セシリアに例の件を伝えに来たのも、実のところ、罪悪感からのものもあった。聖女として、全てを押し付けてしまった彼女が狙われている。それを放っておくことは、シリカには無理だったのだ。
しかし、セシリアは自分のことをよく思っていない。だから、シリカが手紙を出したところで読んでくれないだろうし、もしも読んだとしても信じては貰えないだろう。だから、直接会いに来たのだ。
けれど、それはどうやらいらぬ心配だったらしい。
「……セシリアちゃん。私、聖女としてはダメダメだったけど、それでも人を見る目だけはあると思ってるの。そして、その上で言わせてもらう。貴女は大丈夫だよ。私とは違う。私みたいな落ちこぼれなんかじゃない。皆が期待してるし、それだけの実力もある。だから、大丈夫だよ」
「シリカ様……」
「誰だって失敗するし、恥をかくこともある。けど、人間それを何度も繰り返して、成長するものなんだよ。だから、一々落ち込んでちゃダメだよ。これ、先輩からのアドバイス。あ、あと一つ言っておくとね、一人でなんでもかんでもやろうとすると、絶対にいつか無理がくる。だから、誰でもいいから、たまには他人に頼ってみて。その……もしよければだけど、私も手伝うから」
それは先輩として、そして全てを押し付けてしまった者として。
自分で役に立てることなら、してあげたいと、シリカは心から思っていたのだった。
「……な、なんてね! 私からのアドバイスなんて、何の説得力ないと思うけど……」
乾いた笑い声をあげながら言うシリカに対し、セシリアは首を横に振った。
そして。
「いいえ……いいえ。そんなことありません。……ありがとうございます、シリカ様」
今までシリカが見たこともない笑みを浮かべながら、そんなことを口にしたのだった。
三十七話目投稿です!!
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